25 覚悟を決めた魔王様
先ほど見たアルベルトの姿が目に焼き付いて離れない。
「レイナさん」
魔王に心配そうに名前を呼ばれて、レイナはようやく我に返った。
「顔色が悪いですよ。……やっぱり見せないほうが良かった」
「いえ、私が知りたいとお願いしたので」
魔王は『知らなくて良いです、見なくて良いです』と言ってくれたが、レイナはアルベルトの末路を見なければいけないと思った。
アルベルトは、『レイナのことを諦めようと思ったんだ』と言っていた。でも、魔王と契約しレイナが永遠にも等しい生を受けたことで暴走してしまった。
(確かにきっかけは私だったのかもしれない。でも、それだけとは思えないわ)
その証拠に、レイナに好意を持ち振られた護衛騎士やマーガレット、先生たちはそれぞれに新しい人生を歩んでいる。
護衛騎士は、アルベルトの暴走を止められなかった罪に問われたが、レイナの救出に力を貸したことと、マーガレットの口添えで処刑は免れた。
その後、騎士を剥奪され辺境に飛ばされたが、彼は全てを受け入れて己の未熟さを詫び、王都から去って行った。
マーガレットはというと、王弟であることを世間に公表し、正式に王族に名を連ね、今は王位継承者になっている。女装をやめた彼は『天使のように美しい美少年が現れた』と社交界を賑わせているらしい。
天才魔術師と呼ばれる先生は、近々、同僚の先生と職場結婚するそうだ。
レイナはというと、アルベルトと将軍が起こした事件の後始末でそれぞれが慌ただしくしている中、気がつけば、魔王と結婚して王妃に収まっていた。
魔王が無理やり、ではなく、あの場に居合せ、魔王の強さを目の当たりにした四大公爵家当主たちが、『とにかく魔王様と婚姻を! 我が国と早急に同盟を!』と押し進めたのだ。
(私は別にかまわないけど……)
あまりに急だったために、目の前の魔王が自分の夫ということにまだ馴染めないでいる。
しかし、馴染めなくても、レイナは王妃としてやるべきことは、しっかりとやりたかった。
(本当ならこんなことを言わず、いつもニコニコと笑っていればいいのにね)
それができない自分は可愛げがないと思う。それでも王妃に求められるものは可愛さではないとレイナは教えられてきた。
「シュクリオ様」
「はい?」
「話は変わりますが、今回の将軍の謀反の件、他の魔族の数人は事前に知っていたとのこと。魔族は実力重視の個人主義だと聞きますが、これからは報告させるべきですわ」
「そうですね! そうしましょう」
「シュクリオ様、ちゃんと考えてください」
「僕はちゃんと考えていますよ?」
ニコニコと微笑む魔王は、いつもレイナの意見を全面的に受け入れてしまう。
「シュクリオ様は、私に甘すぎです」
「そうでしょうか?」
「そうですわ」
「だって、レイナさんの言うことが、いつも正しいので」
「正しくありません。私だって間違います」
「じゃあ、間違っていると思ったら僕がとめますね」
「はい、魔王様が間違っていたら私がとめますので、お互いにとめ合いましょう」
魔王は「嬉しいです」と呟いた。
「レイナさんがいてくれるおかげで、僕はなんとか魔王ができています」
そんなことを言われると、レイナの性格上、もっともっと魔王の役に立ちたくなってしまう。
(やりすぎは良くないわ。シュクリオ様に任せることはお任せしないと……)
そんなことをレイナが考えていると、魔王が「少し良いですか?」と言った。
「はい」
魔王についていくと、魔王はレイナの部屋に向かっているようだった。ちなみに、ここらへん一帯の部屋は、全てレイナのための部屋だ。衣裳部屋、寝室、ティールームなどなど、それぞれに豪華な部屋が割り当てられている。
その中の一つの部屋の前で魔王は立ち止まった。扉の前には、魔王城に仕える魔族のメイド二人が控えていて、レイナが来ると恭しく頭を下げたあとに扉を開いた。
甘い花の香りがした。見ると、部屋中に花が飾られ、床には花びらが敷き詰められている。戸惑いながらもレイナが部屋に入ると、そのあとに魔王が続いた。
二人が部屋に入ると扉は静かに閉められる。
「……これは?」
レイナが驚いて魔王を振り返ると、魔王は忠誠を誓う騎士のように床に片膝をついていた。
「レイナさん、愛しています。どうか私と結婚してください」
レイナは『もう結婚していますけど?』と思ったが、魔王は緊張で顔を強張らせ真っ赤にしながら、一輪のバラをレイナに差し出している。
(きっと、プロポーズをやり直してくれているのね)
以前、トラの姿の神獣に『こんな、ついでのようなプロポーズなんてひどい。ロマンチックの欠片もない』と言われたことを、今まで気にしていたのかもしれない。
(本当に、可愛い方)
レイナは魔王が差し出した一輪のバラを受け取った。
「私も魔王シュクリオ様を愛しています。どうか末永くお側にいさせてください」
魔王が顔をクシャっとさせながら幸せそうに微笑んだ。この笑顔を見ると、レイナも幸せだと心から思える。
「私はシュクリオ様のことが大好きですし、本当に尊敬しております」
そう伝えると、魔王は立ち上がり、レイナの額に口づけをした。
「レイナさん……その……」
レイナを見つめる魔王の瞳は熱っぽい。トカゲの尻尾はなぜか委縮するように丸くなっている。
「今日ですね、あの、ですね、レイナさんの寝室に……」
「私の寝室?」
魔王の言葉で思い出したが、慌ただしい結婚だったせいで、実はまだ魔王と寝室を一度も共にしていない。なので、夫婦の契りも交わしていない。
(私はいつでも良いのだけれど……)
純情で奥手な魔王にそんなことを言うと、また倒れてしまいそうだ。
(あ、そうね。これだわ)
レイナは、夫婦の営みをするかどうかを、魔王に全面的に任せることにした。
「シュクリオ様、無理をして急がなくても良いですよ」
「え? えっと、無理とは?」
「私たちは、これから何十年、何百年と共に過ごすのですもの。子どもも焦らなくて良いと思います。シュクリオ様が、私と本当に夫婦になりたいと思ったら、私の寝室に来てください。タイミングはお任せします」
耳まで真っ赤に染めた魔王はしばらくうつむいていたが、覚悟を決めたように顔を上げた。
「レイナさん、失礼します!」
その言葉と同時に、レイナは勢いよく魔王にお姫様抱っこされた。
「シュクリオ様!?」
「今です」
「え?」
「今がそのタイミングです!」
魔王があまりに力強く言い切ったので、レイナは黙ってコクリと頷いた。
魔王にお姫さま抱っこされ、花で埋め尽くされた部屋の出口に向かうと、誰も開けていないのに、扉は勢いよく開いた。両手がふさがっているので、魔王が魔法で扉を開けたようだ。
魔王は、数部屋先にあるレイナの寝室まで真っすぐに歩いていく。
そこでは、先ほどとは別のメイドたちが、なぜか寝室の扉前に控えていた。魔王とレイナが中に入ると、メイドたちは静かに扉を閉めたあと、お互いに顔を見合わせて微笑み合う。どこからともなく、他のメイドたちも集まってきて、音を出さないようにハイタッチをしている。
その中のメイドの一人が、離れた場所で事の成り行きを見守っていた巨大なオオカミの姿のココに、腕で大きな丸を作ってみせた。
それを見たココは、深いため息をついた。
――やれやれ。我が主は本当に世話がかかる。
ココは大きな欠伸をすると、その場に丸まり昼寝を始めるのだった。
おわり
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
このあとは、あとがきなので、読みたい方だけどうぞ^^




