24 罪人が見る夢(途中までアルベルト視点)
パキッと小さな音がしたかと思うと指輪にヒビが入った。この指輪はレイナが身につけている魔道具と対になっている。
「レイナに何かあったようだ」
アルベルトがそう呟くと、側にいた護衛騎士は眉間にシワを寄せた。
「殿下、やはり間違っています。レイナ様のことは諦めて、今すぐこの場から去りましょう!」
「うるさい! 何度も同じことを言うな!」
やり方は確かに強引だったかもしれない。しかし、これ以外にレイナと一緒にいられる方法が思いつかなかった。
(大丈夫だ。レイナもきっと分かってくれている)
学園の中庭であんなに愛を誓い合ったのだ。アルベルトの脳裏には、いつも優しく微笑みかけてくれる女神のように美しいレイナがいた。
『アルベルト様』
鈴を転がすように澄んだ声で名前を呼ばれる。光を集めたようなプラチナブロンドの髪がキラキラと輝いていた。
そんなレイナに『愛している』と伝えると、白く滑らかな頬を少し赤く染めて恥ずかしそうにうつむいてしまう。
「レイナを愛しているんだ! どうしても彼女じゃないとダメだ! どうして、どいつもこいつもレイナを私から奪おうとするんだ!?」
護衛騎士が止めるのを聞かず、レイナが待っている部屋に駆け込むと、そこにはレイナの姿はなかった。
「レイナは!?」
レイナをもてなすように命令したメイドに詰め寄ろうとすると、背後から護衛騎士に羽交い絞めにされた。
「殿下、もうおやめください! そのお方はっ」
メイドを守るように黒いマントをまとった魔術師が立ちふさがる。その顔は、どこかで見たことがある顔だった。学園で天才魔術師だと言われている教師だったように思う。
「アルベルト殿下。貴方の行動は、許されるものではありません。罪人として身柄を拘束したのち、魔王領に引き渡されて、その後、魔王領の法で裁かれます」
「……罪人だと? 私はこの国の唯一の王子だぞ!? そんなことより、レイナは!? レイナはどこだ!?」
ため息をつきながら、メイドが近づいて来た。手にはレイナにつけていた魔道具を持っている。
「魔道具を外したのか? 何をしている!? 早くレイナを連れ戻せ!」
「レイナはいるべき場所に戻ったわ」
メイドキャップを外したメイドは、見事な金髪をしていた。
「アルベルト、貴方は生まれながらに全てを持っていたのに」
「違う! 私は誰よりも不幸だった! 私のこの苦しみが、次期国王である私への重圧がお前たちに分かってたまるか! 何も手に入れられない私が、ただ一つほしいものがレイナなんだ! どうして、それすら叶わない!?」
「レイナも貴方の婚約者だったじゃない」
メイドの言葉で、アルベルトはハッと我に返った。
「そうだ……。レイナは私の婚約者、だった……」
子どもの頃に会ったレイナはいつも醜かった。どうしてこんなに醜い者が、自分の婚約者なんだろう。私はなんて可哀想なんだろうと何度も思った。
父や母に「どうして、レイナなのですか?」と何度も聞いた。あんなに醜い者を婚約者にするなんて、両親は私のことが嫌いなのだろうか?
父は「可愛らしい娘じゃないか。四大公爵家の令嬢なのだ。外見に変化があるのは仕方あるまい。それより、ヴァエティ家と強い繋がりができるのだ。必ず将来お前のためになる」と言った。
母は「アルべルト、何度も言いますが、今のレイナは神獣をその身に宿しているのです。本来の姿ではありません。四大公爵家の者を外見で判断してはなりません。外見ではなく、中身を評価できる人になりなさい」と言った。
両親は、何を言っているのだろうと思った。外見が醜い者は、心も醜いに決まっている。
アルベルトは、昔から美しいものが好きだった。レイナは今まで出会った誰よりも美しい。だから、この美しい王子の自分に相応しい。
生意気なメイドがまた口を開いた。
「レイナを婚約破棄という方法で辱めて、一方的に捨てたのは貴方よ。どうして、今さらほしがるの? どうして、もう一度愛してもらえると思えるの?」
すぐに言葉が出てこなかった。ようやく出てきた言葉は、自分でも陳腐だと思うものだった。
「だって……私は、この国の唯一の王子で、レイナを愛している、から……?」
メイドは深いため息をついた。
「本当、貴方の言った通りね。貴方は誰よりも不幸だわ。これ以上の会話は無駄よ。アルベルトを拘束して、魔王に突き出しましょう」
アルベルトを羽交い絞めにしていた護衛騎士が「殿下、申し訳ありません」と苦しそうに言ったあと、アルベルトの両手首を後ろ手に縄で縛り上げた。
「何をしている!? 私を誰だと思っているんだ!」
護衛騎士は苦しそうに顔を背けてこちらを見ようとはしない。アルベルトは目の前の偉そうなメイドを睨みつけた。
「貴様、なんのつもりだ!?」
メイドはネックレスを外して見せた。それは見覚えのあるネックレスだった。
「先王の……? なぜ、それを貴様が?」
「私は、王弟で正真正銘、貴方の叔父よ。貴方の王位継承の邪魔をしないように、今まで身分を隠して性別を偽り生きてきたの」
「……は?」
「アルベルト、貴方は生まれてこの方、誰よりも不幸だったのよね? 次期国王の重責に苦しんでいたのね? 可哀想な私の甥」
メイドは悲しそうな顔をしたあとに、ニコッと可憐に微笑んだ。
「あまりに可哀想だから、私が代わってあげるわ。良かったわね。貴方の重責も含めて、貴方が持っていた物全てもらってあげる。だから、安心して貴方は魔王領で罪を償ってね」
「う、うそ、だ……」
ウソだぁあああ!!!
*
自分の叫び声で目が覚めた。愛おしいレイナが心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「大丈夫ですか、陛下」
レイナの白く細い指がアルベルトの額にふれた。
「れ、レイナ?」
「はい」
フワリと微笑んだレイナは、学園の中庭で愛を囁き合ったレイナだった。
アルベルトはベッドの上で横になっていた。その側でレイナが優しくアルベルトの髪をなでてくれる。
「ひどい夢をみていた……」
「どのような夢ですか?」
「レイナと離れ離れになる夢だ」
「まぁ」
アルベルトが腕を伸ばしてレイナを抱き締めると、レイナの上品で甘い香りに包まれた。
「レイナ、愛している」
「私もよ。アルベルト。共にこの国を支えていきましょう」
そう、これが現実だ。
「レイナ……」
これまでのことは、もう忘れてしまおう。全てはひどい悪夢だったのだ。
*
レイナは、魔法によって映された『罪人アルベルトが見ている夢』をみていた。夢の中のアルベルトは、自国の王になり、王妃レイナに愛を囁きながら、幸せそうな日々を過ごしているが、現実のアルベルトは、牢獄の質素なベッドの上で横になり、夢魔族に生命力を少しずつ奪われている。
レイナが「これが、魔王領の法による裁きですか?」と隣にいる魔王に尋ねると、魔王はうなずく。
「法を犯した者が、自分が犯した罪に向き合い、心の底から反省したら目が覚めます。しかし、罪を認めず現実から逃れようとすれば、自分自身で作り上げた都合の良い夢に溺れて二度と目覚めなくなります。将軍も同じ裁きを受けています」
魔王の言葉に、『執行人』と呼ばれる夢魔族の蠱惑的な女性が妖艶に微笑んだ。
「王妃様。罪人の99.9%は夢に溺れて目覚めることができません。これは終身刑なのです。そして、夢魔族にとって、生命力は極上のワインのようなもの。魔王領では、重罪人も有効活用しておりますの」
フフフと微笑む執行人に、魔王はため息をついた。
「僕にはこれが正しいことかは分かりません。でも、魔王領の犯罪件数が極端に少ないのはこれのおかげだと思います。魔族は自尊心が高い者が多く、このような姿になるくらいなら自決しようとするくらいですからね」
このような姿と言われたアルベルトは、痩せこけて髪も肌もボロボロになって眠り続けている。だからこそ、アルベルトが浮かべる幸せそうな顔が異質に見えた。
(アルベルト……これが貴方にとっての幸せなの? 本当にこうなる以外の道はなかったの?)
レイナは胸が苦しいほど締め付けられたが、なぜか涙は出なかった。




