23 敗者(将軍視点)
まぐれで魔王になった小僧を策略に嵌め、ようやく引きずり出すことができた。将軍の前に現れた魔王は、愚かにも人の姿をしている。
「小僧、その姿のままで俺と戦う気か?」
「はい、元の姿に戻ると、魔王が城で暴れていると誤解されかねないので」
その誤解を利用して戦争を起こしてやろうと考えていた将軍にとっては、想定外の行動だったが、むしろ都合が良いと思い直した。魔力を変化の魔法に使っている状態なら、余裕で勝てるに違いない。
殺してしまえるならそれが良いが、魔王の息の根を止める前に、慌てて変化を解いたとしても当初の目的通り、人と魔族の戦争を起こせばいい。
どちらに転んでも、将軍にとっては都合が良かった。
「さぁ、楽しい楽しい殺し合いだ」
将軍は吠えると、鋭い爪がついた右手を魔王に振り下ろす。魔王は、後ろに飛んで将軍の攻撃をかわした。
「ちょ、将軍! そういう、魔族の品位を貶めるような発言はやめてくださいよ。レイナさんが聞いて誤解したらどうするんですか!?」
将軍が何度魔王に飛びかかっても、攻撃は避けられてしまう。
「チッ、またか」
魔王を決める公式試合のときも、同じことをされた。あのときはその舐めた態度に逆上した結果、反撃をくらい負けてしまった。
「同じ手はくわんぞ!」
さらに猛攻を続けたが、魔王は顔色一つ変えずに攻撃を避けていく。それどころか、将軍のほうすら見ておらず、自分の手のひらを見ながら何かブツブツと言っている。瞬時に将軍の頭に血がのぼった。
「俺を舐めるなぁあ!」
「あ、えっと、これくらいかな?」
顔を上げた魔王と目が合った。とたんに、魔王の拳が顔面にめり込み、バキッと鈍い音がする。
「……?」
気がつけば将軍は、元居た場所から遠く離れた城壁にいた。牙が折られ口の中が血まみれで、魔法の詠唱ができない。吹き飛ばされた衝撃で右肩の骨と肋骨が何本か折れている。
城壁には傷一つついていないので、公式試合のときと同じように、魔獣たちが結界を張っているようだ。
遠くで魔王が手を振っている。
「だいじょーぶですかー?」
そう言いながら、魔王は小走りで近寄ってきた。
「あ、良かった。生きていますね」
ニッコリと笑った魔王を見て、将軍は怒りの余り理性を失った。殺してやると呪いながら、右腕を振り下ろすと、パシッと掴まれた。とたんにバキッと嫌な音がして腕があらぬ方向に曲がる。
「この、化け物がぁあ!」
「否定はできませんが……。僕から見ると、魔王領の法を守らず、強さを誇示するためだけに、人の国に戦争を仕かけようとする、あなたのほうが化け物に見えますよ」
近くで見る魔王は、汗一つかいていない。
「将軍。これ以上、手加減するのが難しいので、もう大人しくしてください」
「てかげん……?」
言葉の意味がすぐには理解できない。ただ、目の前の生き物が自分よりも遥かに強いのだと、ようやく理解できた。
今ごろになって弱く愚かだと思っていた周囲の言葉が蘇る。
『戦争はしたいが、魔王様の許可が下りなければ実現は不可能だ』
『将軍、やめときなって。アンタは確かに強いが、今代の魔王様、マジでやばい』
出会う者全てが『魔王が強者だ』と言っていたのに、どうして今まで受け入れられなかったのか。それは将軍が思う強者と、今の魔王がかけ離れていたからかもしれない。
魔王はいつ見てもオロオロしていて落ち着きがなく、誰にでも低姿勢で威厳の欠片もない姿だった。その姿は『こんな奴が強いはずがない』と思い込むには十分だった。
(愚か者は、俺のほうだったか)
ここで捕えられるわけにはいかない。魔王領に住む者が、罪を犯した末路は悲惨だ。
(あのような姿になるくらいならば!)
己の爪で自らの心臓を貫こうとした瞬間に、将軍は見えない何かに地面に叩きつけられた。
魔王は、変化の魔法を使いながら、さらに重力を操作する高位魔法を使ったようで、将軍は身体が圧迫され少しずつ地面にめり込んでいく。全身の骨が軋み、指一本動かすことすらできない。
「か、く」
魔王の声が頭上から降ってくる。
「将軍。自害は許しません。犯した罪は償ってください」
朦朧とする意識の中、将軍は『真の強者は、他者を蹂躙する力を持ちながら、虫も殺さぬような穏やかな顔をしているのかもしれない』と思った。




