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婚約破棄のち、奥手な魔王様に溺愛されています  作者: 来須みかん


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02 お断り無双

 レイナは兄と共にしばらく歩いた。建物の外に出ると兄は静かにため息をついた。


「レイナ、大丈夫かい?」

「はい。傷ついていないと言えばウソになりますが、婚姻を結ぶ前に殿下のお心が分かって良かったと思っております」


 兄は優しくレイナを抱きしめた。


「レイナ、私は殿下が何か手を打つ前に、この婚約破棄を早急にまとめてくる」


「はい」


 心配性の兄はわざわざ公爵家の馬車が見えるところまで、レイナをエスコートしてくれた。


「レイナ、気をつけて」

「はい、何かありましたら、すぐにココ様を呼びますわ」


 レイナが兄の背中が見えなくなるまで見送っていると後ろから声をかけられた。驚き振り返ると、レイナのことを嫌っている気難しい先生が立っている。


 レイナとは一回りほど年齢が上の先生は、教師であると同時に優秀な魔術師としても名高い人物だ。


 長く伸ばした黒髪をひとつにくくり、漆黒のマントを身につけている。教師陣の中では若く、顔が整っているため女生徒からの人気は高い。


(この先生は、私にだけ冷たいものね)


 また何か嫌味を言われるのだろうかと構えていると、先生は急に勢いよく頭を下げた。


「レイナさん、貴女のことがずっと好きでした! 私と結婚してください!」


 レイナが予想外過ぎてポカンとしていると、先生は真っ赤な顔で見つめてくる。その顔は冗談を言っているようには見えない。


「あの、先生? 先生は私のことがお嫌いでしたよね?」


 この先生には入学時からずっと冷たい態度を取られていた。


「あれは、貴女が美しすぎて……。それに、いくら好きになっても、決して手が届かない人だったから、なんとかしてこの恋心を諦めようと必死だったのです!」


「だから、私に冷たく当たっていたと?」


 先生がコクリと頷いたので、レイナはため息をついた。


「先生」

「は、はい」


「それって、教師としてどうなのでしょうか?」


 今度は先生がポカンと口を開けた。


「まず、未成年者に好意を抱き、その好意が叶わないという理由で一方的に冷たく当たる。貴方は教師、私は生徒という立場があるので、強く反抗もできませんでした。この一年間、貴方は私の心を傷つけ続けました。どうして、殿下と婚約破棄したからといって、私が貴方を愛すると思うのですか? 私は貴方を、教師としてはもちろんのこと、人としても軽蔑しています」


 先生は真っ青になりながら地面に両膝を突いた。


「では、失礼します」


 レイナがそう告げて、馬車に向かって歩き出すと、今度はアルベルト王子の護衛が飛び出してきた。


「レイナ様!」


(もしかして、主の仕返しに来たの!? ココ様を呼んだほうがいいのかしら?)


 レイナが警戒して後ずさると、護衛は勢いよく地面に片膝を突いた。


「ずっとお慕いしておりました!」


 顔を上げた護衛は、耳まで真っ赤になっている。


(このパターンは……)


 レイナが「貴方はいつも私を睨みつけていましたよね?」と尋ねると、護衛は「それは、レイナ様が美しすぎて、つい!」とまた顔を赤くする。


「本来、主の想い人を慕うなどあってはならないことです! だから必死にこの想いを今まで胸に秘めてっっ」


 熱く語ろうとする護衛を、レイナは片手で制止した。


「事情は分かりました。でも、私を本当に愛しているのなら、どうして殿下に婚約破棄を言い渡されたあの場で助けてくれなかったのですか?」


 護衛は黙って目を大きく見開いた。


「私のことを本当に愛しているのなら、殿下に罵られている時こそ、助けてくれるべきだったのでは? それこそ、殿下は私との婚約を破棄したのですから、貴方はいつでも私に思いを告げられたはずです」


 グッと言葉に詰まった護衛を見て、レイナはため息をついた。


「貴方があの場で私を助けなかったのは、ご自身の保身のためです。そして、全てが終わってから、人目のないところで私に愛を囁くのも、ご自身の保身のため。本当に私のことを愛しているのなら、あの会場で私に愛を告げるべきでした。そうしてくだされば、どれほど私の心が救われたか。私は私を助けてくれない貴方を決して愛することはありません」


 護衛は黙ってうなだれた。


(はぁ、あそこに馬車が見えているのに、馬車までの距離が遠く感じるわ)


 レイナが護衛に背を向けて歩き出すと、レイナと学園で親しくしている令嬢マーガレットが走ってきた。


「待って、レイナ!」

「貴女、よくドレス姿で走れるわね」


 レイナが感心していると、マーガレットに「今は、それどころじゃないでしょ!」と怒られた。マーガレットはフワフワの金髪を揺らしながら、小動物のように大きな青い瞳を潤ませている。


 そんなマーガレットに「大丈夫なの?」と聞かれて、レイナは「大丈夫じゃないわ。もう男性不信よ」と本音を返した。


「男性不信?」


「そうよ、もう男なんて信用できないわ」


 マーガレットは、ぎゅっとレイナの手を握る。


「じゃ、じゃあ私ならどう? 私は好き?」


「え? もちろん、好きよ。だって、貴女は大切な友達でしょう?」


 マーガレットは覚悟を決めたようにドレスの胸元を広げた。そして「実は私、男なの!」と、とんでもないカミングアウトをしてくる。


「これには事情があって、でも、私、ずっとレイナのこと……」


 頬をピンク色に染めるマーガレットを見て、レイナは頭が痛くなった。


「私は今、女性不信にもなったわ……。ごめんなさい、貴女のことは友達としか思えないの」


 レイナがマーガレットに背を向けてフラフラと歩き出すと、急に地面が揺れ出した。


「な、何!?」


 マーガレットにしがみつかれ、レイナは思わず「大丈夫よ」と言って守るように抱き抱えてしまう。マーガレットがレイナの腕の中で震えながら空を指さした。


 そこには空いっぱいに異形の者が映し出されている。


『愚民どもよ、こうべを垂れよ。我は魔を統べる者』


 その日、空中に映し出された伝説の魔王の姿に国民全てが恐怖した。

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