19 嫌悪の対象
レイナは、アルベルトの濁った青い瞳を睨みつけた。
「殿下……魔族に操られているわけではないのですね?」
そうであってほしいと心のどこかで思っていた。
「操られてはいない。私は私の意思で、今こうしてここにいる」
レイナは軽くめまいを覚えた。
「なんて……愚かなことを……」
アルベルトはフッと笑うと、レイナの手首を強くつかんだまま歩き出した。背後で兄キースの叫び声が聞こえる。
「レイナを離せ!」
「お兄様、私は大丈夫です!」
キースは左腕を抑えながら立ち上がったが、足元がふらついている。逃げてほしいと言ってもキースはきっと逃げない。
「お兄様、どうか今起こったことを魔王様にお伝えください!」
そうお願いすればキースはこの場から離れてくれるはずだ。
「ココ様、どうかお兄様を安全な場所へ!」
ココならこの場から魔王に呼びかけることができる。しかし、今それをしてしまうと、将軍の思惑通りに魔王が国を攻めてきたと勘違いさせてしまう。キースを安全な場所に連れて行ってほしいという意味をこめてレイナは懇願した。
キースは歯をギリッと噛みしめた後に「分かった」と苦しそうに呟いた。レイナは、無言で歩くアルベルトに強引に引っ張られ、すぐにキースの姿は見えなくなった。
(お兄様、どうかご無事で)
アルベルトにつかまれた手首が痛い。
レイナがアルベルトに引きずられるようにしながらたどり着いた先は離宮だった。ここは、罪を犯した王族を隔離する場所として使われている。
「レイナ。私は、こんなところに閉じ込められていたんだよ」
アルベルトは、悲壮な顔を浮かべている。離宮は確かに質素でこぢんまりとした建物だったが、それでも下級貴族の館よりは広く美しい。
アルベルトが離宮の中に入ると、その場にいたメイドたちが慌てて頭を下げた。アルベルトは『陛下に離宮に閉じ込められた』と言っていたが、外に出られないだけで、この離宮で何不自由なく過ごしていたようだ。
「レイナ。私は君のために全てを捨てたよ。君だけがほしくて、君だけを愛するために、私は王太子であることすら捨てたんだ」
そう恍惚と語るアルベルトが気持ち悪い。
(私がそれを喜ぶとでも?)
レイナがアルベルトへの嫌悪感に耐えていると、アルベルトは、「君には、この狭い牢獄の中で、一番良い部屋をあげるよ」と愛おしそうに甘く囁いてきた。
乱暴に部屋の中に押し込められると、ようやくつかまれていた手首が離された。レイナの手首は強く握られ過ぎて赤く腫れている。
アルベルトは笑みを浮かべながら部屋の扉を閉めた。
「私のレイナ、ようやく二人きりになれたね」
レイナがザッと部屋を見渡すと窓があった。
(あそこから飛び降りて逃げるしかないわ)
首にはめられた輪っかの効果がどれくらいかは分からないが、このままここにいるよりは数百倍マシだと思えた。ゆっくりと近づいてくるアルベルトから距離を取るために、レイナは後ずさる。アルベルトが右腕をこちらに伸ばした瞬間、部屋の扉が叩かれた。
アルベルトはわずかに止まったが、気にせず近づいてくる。すると、もっと強く扉が叩かれた。
「殿下! 大変です、殿下!」
小さく舌打ちしたアルベルトは、レイナに背を向けて扉に向かった。
「なんだ?」
扉の向こうで若いメイドがオドオドしながら頭を下げた。
「護衛騎士様が殿下をお探しです。至急、報告したいことがあるそうで……」
アルベルトは「ここに呼べ」と言ったが、すぐに自分の言葉を訂正した。
「いや、私が行こう。お前はレイナをもてなしておけ」
「は、はい」
メイドに冷たく命令したあとに、アルベルトは「レイナ、少し行ってくるよ。すぐに戻るから、良いこで待っていておくれ」と優しそうな微笑みを浮かべる。
アルベルトが部屋から出て行くと、レイナは自分が震えていることに気がついた。恐怖と嫌悪が混ざり気分が悪い。
「大丈夫?」
気がつけば先ほどオドオドしていたメイドが、レイナの身体を支えて座るように椅子を進めてくれた。心配そうにこちらを覗き込むメイドの顔に何故か見覚えがある。
深く被ったメイドキャップの下で、小動物のように大きく青い瞳がレイナを見つめていた。
「マーガレット?」
学園の友人マーガレットがどうしてここにいるのだろう? 不思議に思っていると、マーガレットは口早に説明を始めた。
「私がここにいるのは偶然なの。事情があって、学園の休暇中は王城内でメイドをしていて……」
「そう、なの?」
マーガレットは、伯爵家の養子だし、何より本当は男性なのでいろいろ事情があるのかもしれない。




