18 愚かな者たち
王宮騎士たちに導かれ逃げ込んだ建物は、馬車を出迎える騎士たちが待機するための場所だった。
豪華絢爛な城内とは違い、壁のレンガはむき出しで、置かれた机や椅子も簡素で実用的な作りになっている。
(こういうところに初めて入ったわ)
王宮騎士たちに「こちらです!」とさらに奥へ案内されたが、キースは足を止めた。
「おかしい。ヴァエティ家の騎士たちが来ていない」
キースはレイナを守るように引き寄せた。レイナの身に宿っているココの声が聞こえる。
――この先に魔族がいる。
ココの言葉と同時に、レイナとキースを取り囲んでいた王宮騎士たちが、一斉に床に倒れ込んだ。倒れた騎士たちは、糸が切られた操り人形のようにぐったりとしている。
――魔法で操られていたようだな。
レイナが驚いていると、楽しそうな笑い声と共に、奥の部屋から一人の男が現れた。その男は、王宮騎士の鎧を身に纏っているが、ただならぬ威圧感があった。
――将軍。
ココに将軍と呼ばれた男はニヤリと笑う。
「せっかく人に化けたのにな」
将軍が首をひねりバキバキと鳴らすと、将軍の顔は毛に覆われた。人の身体にトラの顔が乗っている。
レイナが小声で「どうして魔族が?」と呟くと、ココが答えた。
――分からん。この国には、ワレらが張った結界がある。城は特に厳重で、魔族は我が主以外入れないのだが……。
レイナが「あの魔族が魔王様と同じくらい強いと言うことですか?」と尋ねると、ココは『それはない』ときっぱりと否定した。
――将軍は、魔王領のナンバー2だ。
「ナンバー2ということは、魔王様の次に強いということですか?」
――そうだ。そして、熱狂的な戦争支持者でもある。
将軍は、レイナとココの会話が聞こえたのか獣耳をピクッと動かせた。
「ははっ、あの小僧が魔王か。確かに強いが俺ほどではない。」
――お前は、我が主に敗れたであろう。
「あの試合は無効だ。小僧は、私を怖がって逃げまどっていたではないか。その結果、たまたま俺が負けてしまったのだ」
――愚かな……。
ココの声は、あきれきっている。
「愚かなのはあの小僧だ。まぐれで俺に勝ち、魔王になれたのだから、大人しく俺の言うことを聞いて人に戦争を仕かければ良かったのだ。それを反対した挙句、人と契約し子を作ろうなどと愚かにもほどがある!」
キースは、野獣のように吠える将軍からレイナを守るために背後に隠した。
「お兄様、いけません! 私は魔王様との契約があり死ぬことはありません。ココ様、私ではなくお兄様を守ってください」
――心得た。
ココがレイナの身体から抜け出し、キースの中に宿るとキースの顔は毛に覆われオオカミの頭になった。
将軍がまたニヤリと口元を歪めたそのとたんに、レイナの首元に冷たいものが当たった。カチンと金属音がなり、気がつけば首に金属の輪っかをつけられている。
「レイナ」
名前を呼ばれてゾッとした。レイナが振り返ると、元婚約者のアルベルト王子が場違いに微笑んでいる。
「……殿下?」
レイナが『どうしてここに?』と聞く前にアルベルトはレイナの腕を強くつかんだ。
「いたっ」
キースが「レイナから離れろ!」と叫ぶと、将軍が一瞬でキースとの間合いをつめて、キースの腕をひねり上げた。バキッと鈍い音がする。
「ぐあぁあ!?」
キースの叫び声を聞いて将軍は楽しそうに笑った。
「いくら魔獣を宿してもしょせんは人間、俺には勝てない。ほれ、見逃してやるから、お前たちは大人しく小僧をここに呼んでこい」
将軍はキースを軽々と放り投げた。ココのおかげか、キースは一回転して綺麗に着地したが、左腕を抑えてうずくまっている。
「お兄様!?」
将軍に腕の骨を折られたのかもしれない。
「う、ぐ……大丈夫だ」
キースはアルベルトを睨みつけた。
「殿下、レイナに何をしたのですか!?」
アルベルトはレイナの首につけた輪っかに、そっと指で優しくふれた。アルベルトの指には、金色の指輪がはめられている。
「良く似合っているよ、レイナ。これは私の指輪と対になっているんだ。これをつけていれば、私たちはずっと一緒にいられるんだよ。もう私を拒んではいけない。そんなことをすれば、この輪っかが君の首をしめてしまう」
うっとりと囁くアルベルトの瞳には、レイナしか映っていない。
将軍は「約束通りその女はくれてやる。その代わりにこの国はいただくぞ。小僧をここに呼びよせて、この国が魔王に襲われたようにするのだ。そうすれば、魔族と人の全面戦争だ。そのあとは、俺が小僧を倒して魔王になろう。倒した小僧は、そうだな。殺してもつまらないので、鎖につないでペットにでもしてやるか」と吠えている。
レイナは、目の前のアルベルトを信じられない気持ちで見つめた。
「殿下……まさか、私を手に入れるためだけに、戦争を望む魔族を城内に手引きしたのですか? この国を、民を、魔族に売り渡したのですか?」
アルベルトは幸せそうな笑みを浮かべている。
「ああ、レイナ。君はなんて美しいんだ」
「殿下……」
言葉が少しも通じない。目の前の男は、気が触れているとしか思えない。アルベルトの指がレイナのプラチナブロンドの髪を優しくすいていく。
「レイナ、どうしてそんな顔をしているんだい?」
「あなたという人は……」
レイナは怒りで全身が震えた。
「怒らないでレイナ。私だって、陛下に……父上に離宮に閉じ込められてさすがに反省したんだ。そして、君の言葉を受け止めて君を忘れようと努力した。君の言う通り、私は今の美しい君だけを愛している。いつか醜くなる君なんて受け入れられない。だから、必死にあきらめようとしたんだ。でも、君が魔王と契約したなんてウワサを聞いたから……」
「そうです! 私はもう魔王様と契約をしました! これがどういう意味か、あなたには分からないのですか!?」
「分かっている。分かっているよ。魔王と契約した者は、魔王が選んだ伴侶らしいね。そして、魔王と運命共同体になり、魔王が死ぬまで老いることも死ぬことも無くなる。それは……」
アルベルトは、見る者がゾッとするような狂気をはらんだ笑みを浮かべた。
「私の美しいレイナが、老いもせず永遠に美しいまま、ということだ」




