17 愚か者
レイナが魔王と契約し、ほぼ魔王の妻になったことは、社交界を中心にすぐに広まった。
今日は、兄の婚約者マリアンがヴァエティ家を訪れていて、そのことをレイナに教えてくれた。
マリアンは「これでレイナに手を出そうと思う男は、いなくなったでしょう?」とニッコリと微笑んだ。どうやら兄キースから、レイナの元婚約者アルベルト王子が押しかけてきたことを聞いたようだ。
レイナを守ろうとしてくれるマリアンの気持ちがとても嬉しくて、レイナは胸が温かくなった。
「マリアン様、ありがとうございます」
「いいのよ。今日は陛下に謁見するのでしょう? キースもココ様も一緒だから大丈夫だと思うけど気をつけてね」
マリアンの言う通り、今日は魔王と交渉できる外交官としてレイナは王城に招かれていた。
「はい、気をつけます」
マリアンに見送られながら、レイナとキースはヴァエティ家の紋章がついた馬車に乗り込んだ。
向かいに座ったキースは「くれぐれもココ様と離れてはいけないよ」と何度目になるか分からない注意をした。
「はい、分かっていますわ。お兄様」
アルベルト王子がヴァエティ家に来てから、ココは片時も離れずレイナの側にいてくれる。そして、こんなことを言ってくる。
――レイナ、我が主のお側にいれば、ワレがいなくても安全だぞ。
――レイナ。休暇が終わると学園に戻るのか? 元婚約者のせいで居心地が悪かろう。魔王領に行けば快適だぞ。
ココがレイナを早く魔王領に行かせようとしてそう言っているのは分かっていたが、ココの言うことは全て正しかった。
(確かに学園に戻るのは気まずいわ。卒業を待たずに結婚する生徒もいるし、私もこの国の授業より、魔王領のことについて勉強したほうが良いわよね)
そんなことを考えているところだったので、仕事で忙しいキースと馬車で二人きりになったのは有難かった。
「お兄様。私、学園を辞めて魔王領に行こうと思います」
キースはレイナを責めることもせずに「そうだね。それが良いかもしれない」と穏やかに返した。
「そういうことも含めて陛下にお話をしよう」
二人を乗せた馬車は王城へとたどり着いた。馬車の周りを、ヴァエティ家の護衛騎士が取り囲んでいる。
レイナが「少しやりすぎじゃありませんか?」と言うと、キースは「今はヴァエティ家を羨む者や、魔族へと寝返った裏切り者と罵る愚かな貴族もいるからね。これでもレイナを守れるか心配なくらいだよ」と深刻な顔をする。
(裏切り者……。確かに、見方によっては、自分が生まれた国を捨てて、魔王領に行こうとしている私は裏切り者ね。でもさすがに、王城内で私たちを攻撃するような愚か者はいないでしょう)
レイナがそう思ったとたんに、地面に矢が突き刺さった。
「公爵様、レイナ様、お下がりください!」
ヴァエティ家の護衛騎士たちが、レイナとキースを守るために二人を取り囲んだ。キースがレイナの肩を抱き寄せる。
「こちらです! 早く!」
駆け付けた王宮騎士たちに連れられ、レイナとキースは建物の中に逃げ込んだ。




