16 魔王と契約
昼寝をしていたココがゆっくりと目を開けた。
――我が主、契約は終わりましたか?
ココの問いかけには、魔王ではなくレイナが答えた。
「いえ、まだです」
それを聞いたココは、大きな欠伸をすると再び目を閉じた。昼寝の続きをするようだ。
レイナの前には、赤面して固まってしまっている魔王がいる。
レイナが「魔王様、無理にとは」と言うと、魔王は「い、いえ!」と首を左右に振った。
(魔王様が、こんなに悩まれるなんて……契約って大変なことなのね。ココ様が言うには、魔王様は一生に一度だけしか契約ができないそうだから、きっといろいろと心の準備がいるのね)
レイナが静かに待っていると、魔王の小声が聞こえてきた。
「どこにする……? どこでも契約できるけど、く、唇? いや、それはさすがに……やっぱり頬くらいが妥当かな?」
真剣な魔王は、レイナのどこに口づけをするかを悩んでいるようだ。
「魔王様」
「ひゃいっ!?」
レイナが急に声をかけたせいで驚かせてしまったのか、魔王はビクッと震えた。
「私はどこでもかまいません」
「あ、はい。えっと、では……」
そっとレイナの肩に魔王の両手が置かれた。ゆっくりと近づいてくる魔王の顔をレイナはジッと見つめた。
(魔王様、まつ毛が長いわ。それに髪と同じで綺麗な緑色)
ところどころについているウロコは銀色で滑らかそうだ。少しだけ垂れ気味な眉毛や目元がとても優しそうな印象を与える。
「レイナさん」
「はい?」
「その、ちょっと目を閉じてもらっても良いでしょうか? そんなにきれいな瞳で見つめられると動悸息切れが……」
魔王は真っ赤な顔で苦しそうにしている。
レイナは「申し訳ありません」と謝りつつ目を閉じた。しばらくすると、レイナの額に柔らかいものが押し当てられた。そのとたんにレイナの身体の中で何かが弾けて全身へと広がっていく。
魔王に「もう目を開けても良いですよ」と言われたので目を開けると、すぐ近くに魔王の顔があった。
「レイナさん、生涯貴女を愛して大切にします」
そして、レイナの耳元にそっと口を近づけると、魔王は「僕の名前はシュクリオです」と囁いた。
「シュクリオ様……」
教えてもらった魔王の名前を呟くと、魔王は人差し指を自身の唇に当てた。
「内緒ですよ。この名前を知っているのは貴女だけです」
レイナは頷きながら魔王の耳元で囁いた。
「では、二人きりのときにだけお呼びしますね」
魔王がとても幸せそうに微笑んだので、レイナも嬉しくなって気がつけば微笑んでいた。




