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婚約破棄のち、奥手な魔王様に溺愛されています  作者: 来須みかん


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15 あなたの側にいるために

 翌日、ココが魔王に取り次いでくれたことにより、レイナは数週間ぶりに魔王に会うことができた。


 嬉しくて心が弾む一方で、少しだけ不安にもなる。


(魔王様、まだ私のことを好きでいてくれているかしら?)


 婚約破棄の場でアルベルトへの想いが一瞬にして冷めてしまったように、好きと言う感情はある日突然なくなってしまうこともある。


(でも、それも仕方がないことなのよね)


 本当に相手と離れたくなかったら、結婚という誓約を交わし、お互いに生涯相手を想うことを誓う必要がある。


 その神聖な誓いを破ると、慰謝料が発生し、社会的にも制裁を受けることになるが、レイナと魔王の今の関係では、魔王が突然「レイナさんのことを好きじゃなくなりました」と言っても何一つ問題はない。


(それでも、魔王様なら雇ってはくれそうだけど……)


 少しだけ寂しいような気もする。


 そうしているうちに、魔王がヴァエティ家に現れた。魔王城からヴァエティ家は、本来なら馬車で数カ月かかるほどの距離だが、魔王の魔法でなら一瞬だ。


「魔王様。ようこそお越しくださいました」


 レイナが玄関ホールで魔王を出迎えると、魔王は人の姿に変身していなかった。なので、頭にはつのが生えているし、肌のところどころにウロコがある。トカゲのような尻尾は感情が高ぶると出てくるのか、今は出ていない。服も初めて会ったときと同じような雰囲気の異国の服を着ていた。


(人の姿も素敵だけど、こっちの魔王様も素敵だわ)


 レイナが魔王をゲストルームに案内すると、すぐにメイド達がお茶をいれ、お菓子を運んでくる。メイドたちがゲストルームから出て、二人きりになると魔王が口を開いた。


「レイナさんの言う通り、本当に僕の姿を見ても誰も驚きませんでしたね」


 魔王の本当の姿を見てもヴァエティ家の使用人達は、誰一人驚いた様子を見せず、いつも通りの丁寧な接客をしていた。そのことがレイナはとても誇らしかった。


「魔王様は、どのお姿でも素敵ですので」


 レイナの言葉に魔王の頬は赤く染まる。


「レイナさんも、その、いつも素敵です……」


 しどろもどろになりながら褒めてくれる魔王が可愛い。


(私ったらまた……男性に可愛いは失礼だわ)


 魔王はティーカップを持つとフーフーと息を吹きかけている。


(熱いものが苦手なのかしら?)


 一口飲むと魔王は砂糖を追加で入れた。


(甘いものがお好きなのかしら?)


「レイナさん」

「はい」


 魔王の赤い瞳が不安そうに揺れている。


「その、さっきから視線が……。僕、何かおかしいですか?」

「いいえ、とても素敵ですわ」


 すぐに赤くなる魔王が可愛い。


 レイナが魔王を観察しながら『いつまでも見ていられるわね』と思っていると、身体の内からココの声が聞こえてきた。


――レイナ。我があるじをからかうのは程々にな。


 魔王が「僕、からかわれていたんですか!?」と驚いたので、レイナは「からかってなんていませんわ」と必死に誤解を解いた。


 ココは『からかっていないほうが、たちが悪い』と言いながらクックッと楽しそうに笑っている。ふとレイナは、神獣ココを宿した副作用で体重が増加している姿だったことに気がついた。


(魔王様があまりにいつも通りだから、副作用のことを忘れていたわ)


 ヴァエティ家以外の人がレイナのこの姿を見ると、好奇の目で見られたり、時には侮蔑を浮かべるような視線に晒されたりすることもあった。


(やっぱり魔王様は素敵ね)


 レイナがそんなことを考えていると、ココはレイナから離れ、巨大なオオカミの姿になってその場に現れた。


――我があるじ、ようこそお越しくださいました。


 ココは魔王に恭しく頭を下げた。


「それで、僕に聞いてほしい話ってなんですか?」


 ココが『良い案がある』といったので、わざわざ魔王にヴァエティ家まで来てもらっている。


 ――我があるじ。レイナの元婚約者がレイナに会いに来ました。


 パキッと音がしたかと思うと、魔王が持っていたティーカップの取っ手にヒビが入っていた。


「わっ!? 壊してしまいました、すみません!」

「お気になさらず、大丈夫ですわ」


 魔王はティーカップをソーサーの上に戻すと、壊したことを反省しているのかしょんぼりと肩を落としながらココに「それで?」と話の先を言うように勧めた。


 ――元婚約者は、レイナとの婚約破棄を無かったことにしたがっています。


「え? そ、それで?」


 ――レイナははっきりと断ったのですが。


 そこで魔王はハァと安堵のため息をついた。


 ――相手はまだ諦めておらず、そのうちレイナに危害を加えそうな気がします。


 魔王は「危害って!?」と叫びながらソファーから立ち上がった。


 ――そうですね。例えば、レイナを誘拐して無理やり……。


「いや、ダメダメダメ!!!」


 ――そうならぬように、レイナと早急に契約を交わしてはいかがですか?


 レイナが「契約?」と呟くと、魔王の顔はボッと赤く染まる。


 ――レイナ。魔王と人は、寿命が違いすぎるので、契約することにより運命共同体になるのだ。契約した者は、魔王が死ぬまで、契約時の年齢のままで生き続ける。魔王が死んだら契約者も死ぬ。魔王が死ぬまで契約者は死なず、その身は守られる。


「そのような契約があるのですね」


 ――契約は一度しかできない。よって、魔王が嫁に迎えるのは長い生涯の中でたった一人だ。


 レイナが魔王を見ると、魔王は赤面しながら口元を抑えていた。


「そんなっ! まだレイナさんに僕を好きになってもらえていないのに、契約だなんてそんな破廉恥はれんちなことはできません! でも、あの、レイナさんがそれで良いのなら……僕的には大歓迎というか……」


(魔王様がこんなに恥ずかしがるなんて、契約するには夫婦の契りがいるのかもしれないわね)


 レイナは王妃教育を受けていたので、夜の夫婦生活についての知識もしっかりとあった。


(確かに、契約すれば私は安全かもしれないけど、まだ魔王様のお嫁さんになると決めてもいないのにさすがにそれは……)


 レイナが「さすがにまだ早いかと」と言うと、魔王は「うえっ!? そ、そうですよね!? う、うう」と涙目になりながら痛そうに自分の胸を抑えた。


魔王は立ち上がると「で、では、このお話はなかったということで」とフラフラした足取りで扉に向かっていく。


 ――レイナ。良いのか?


「ココ様……。良いも悪いも、私と魔王様はまだ出会ったばかりです。私は自分の気持ちすら、まだよく分からないですし……」


 それに、今はレイナを好きだと言ってくれている魔王の気持ちも、いつか変わってしまう日がくるかもしれない。


 ココはもう一度静かに問いかけてきた。


 ――レイナ、いつの日か、我があるじがレイナ以外の者と契約しても、後悔しないか?


 胸が締め付けられるように痛む。気がつけばレイナは扉から出て行こうとする魔王の服のそでをつかんでいた。


「レイナさん?」


 驚く魔王にレイナは必死にお願いした。


「そんなの、嫌です。魔王様……私以外と契約しないでください」


 ポカンと口を開けた魔王の顔が徐々に赤くなっていく。


「それって……」

「まだ好きという気持ちはよく分かりません。でも、私は魔王様の側にいたいんです。初めは魔王様にお仕えできるなら臣下でも良いと思っていました。でも今は、魔王様の側に違う女性がいるなんて……嫌です」


 魔王は固まったままゆっくりと仰向けに倒れていった。レイナが倒れた魔王の顔をのぞき込むと、魔王はとても幸せそうな顔をしていた。


「ま、魔王様!?」


 ――レイナの上目遣いでのお願いは、純情な我があるじには破壊力がありすぎて意識が飛んだようだ。


「ココ様、何を冷静におっしゃっているんですか!? 魔王様、大丈夫ですか?」


 ハッと我に返った魔王は上半身を起こすと「ものすごく都合の良い夢をみていました」と真剣な顔で答えた。


「どんな夢ですか?」

「レイナさんが、僕と契約したいって言ってくれる夢です」


「それは夢ではありません」

「え? でも、良いんですか?」


 レイナがコクリと頷くと、魔王は「ええっ!?」と叫んだ。叫び声と同時にトカゲのような尻尾が魔王から生えた。


「だって、契約したら僕と一生一緒にいないといけないんですよ!? それでも良いんですか?」


 レイナが頷くと、魔王は「レイナさんは知らないと思いますが、契約にはその、えっと……」と言いにくそうにしている。その間も魔王の尻尾がビッタンビッタンと動いていて、レイナはまた『可愛い』と思ってしまった。


「魔王様、大丈夫です。私も知識はありますので……」

「でも……」


 戸惑う魔王にココはあきれたように口を挟んだ。


 ――我があるじ、口づけくらい三歳児でもしますぞ。


 ココの言葉にレイナは驚いた。


「……口づけ、ですか? 契約に必要なのは口づけ?」


 レイナの驚きをみた魔王は「やっぱり嫌ですよね!?」と涙ぐむ。


「あの、そうではなく……」


(どうしよう……。もっとすごいことを覚悟していたなんて、恥ずかしくて言えないわ)


 レイナは泣きたい気持ちで自分の顔を両手で覆った。

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