11 魔王の一目惚れ
魔王がソファーに座るとレイナはその横に座った。魔王の対面にキースが座り、マリアンはキースに寄り添うようにキースの隣に座る。
レイナは、キースを睨みつけた。
「お兄様、マリアン様。先ほどの魔王様への無礼な計画は扉の前で全て聞いていました。寛大な魔王様は何もおっしゃいませんが、私は正式な謝罪を求めます」
レイナの言葉を受けてキースは、もう一度魔王に頭を下げた。
「魔王様、私たちの無礼な言動、大変申し訳ありませんでした。ただ、先に礼儀を欠いたのはそちらです」
キースは、魔王が脅迫するように四大公爵の娘を要求したことを言っているのだろう。
「だからこそ、私達はわざと無礼な態度を取って、魔王様の本性を探ろうとしました。魔王領では、地位の高さは強さに比例すると聞いています。魔族に比べれば人の強さなどたかが知れています。そんなところに、か弱いレイナが行ったらどんなに危険な目に合うか。どうして、レイナなのですか?」
魔王は、キースから視線を逸らすと気まずそうに話だした。
「えっと、あれはちょうど一年前くらいなのですが、僕が魔王をやるのが嫌すぎて魔王城から逃げ出そうとしたことがありまして……。」
一同が『なんの話だろう?』と不思議に思ったが、そのことに気がついていない魔王は、さらに話を続ける。
「でも、ちょうど魔王城に来ていた魔獣に見つかってしまい、『我が主、そんなに魔王が嫌なら、さっさと後継ぎでも作って、次の魔王に世代交代すればいいのでは?』って言われたんです。魔王は世襲制ではないのですが、魔王の血を引くものはとても強いことが多いので……」
キースが「ほぉ……。子どもを産ませる道具としてレイナが必要だと言いたいのですか?」と言いながら額に青筋を立てている。マリアンは軽蔑するような眼差しを魔王に向けていた。
「いえ、違います。僕はレイナさんのことを知るまで生涯結婚する気がなかったので……。自分でも、他人との共同生活に向いていないのは分かっていますし……」
魔王の言葉を聞いて、マリアンが不機嫌そうに口を開いた。
「それで? レイナとはどこで知り合ったんですか?」
「知り合うというか、僕が一方的に知っていたというか……」
魔王は落ち着きなく自身の両手を組んだり外したりしている。
「魔獣に、人間の国に『学園』というものがあることを教えてもらったんです。魔獣が言うには『そこには、ちょうど年ごろの男女が集まっているから嫁探しに良いでしょう』と。とにかく、魔王城にいたくなかった僕は、魔獣の案内で学園に行ってみたんです」
レイナが「魔王様、もしかして私が通っている学園に来られたのですか?」と聞くと、魔王はコクリと頷いた。
「もちろん、姿は変えていましたし、目立たないように魔法をかけていたので、僕を認識した人のほうが少ないと思います。そうして、しばらく学園に通った結果、僕はこう思いました」
魔王は怯えるように呟いた。
「人間は、とても恐ろしい。と」
キースが「恐ろしい、ですか?」と尋ねると、魔王は必死にコクコクとうなずく。
「魔族は基本、裏表がないんです。それなのに、人間はウソばかりついて相手を陥れたり、利用したりする。とてもじゃないけど、伴侶になんてできないと魔獣に伝えると魔獣が『では、あの娘はどうですか?』とレイナさんを教えてくれて……」
そこでレイナは、ようやく魔王の言う魔獣が誰のことなのか気がついた。
「魔王様に私を紹介したのはココ様でしたよね?」
「はい、皆さんが呼んでいる『ココ』は正式名ではないので、僕は魔獣と呼んでいるのですが……」
キースに「どういうこと?」と聞かれたので、レイナは「ココ様は、400年ほど前の魔王様が人に貸してくださった魔獣なのです」と伝えると、兄はポカンと口を開けた。
「お兄様、詳しくはココ様から聞いてくださいませ」
レイナは、そんなことより、今は魔王の話の続きが聞きたかった。どうしてレイナが魔王に選ばれたのか、レイナ自身も気になっていた。
「僕が遠目でレイナさんを見たとき、レイナさんは女生徒を助けていて……。そのこは、複数の男子生徒から言い寄られていて、そのことで他の女生徒から僻まれて。でも、その場を偶然通りかかったレイナさんが『私の大切なご友人に何かご用ですか?』とニッコリと微笑んだら、全てが解決したんです」
魔王の話を聞きながら、レイナはマーガレットと友達になったときのことを思い出していた。マーガレットは、フワフワの金髪に小動物のように潤んだ大きな瞳を持っている。小柄でつい守ってあげたくなるような雰囲気の彼女には、まだ婚約者がいなかった。
そのため、たくさんの男子生徒からアプローチを受けたが、誰とも付き合わなかったせいで、『調子に乗っている』とか『男を弄んでいる』などの悪評がたってしまったようだ。その悪評には、マーガレットが伯爵家の養子だったことも関係していた。元は平民なのではないか? などとも囁かれていた。
(実はマーガレットは、男性だったから男性とは付き合えなかったというまさかの真実だったけどね)
後からその当時のことを振り返ったマーガレットは、『さすがに私が養子でも、伯爵家の令嬢を直接痛めつける人はいなかったけど、とても居心地の悪い空気だったわ』と暗い顔で言っていた。そして、マーガレットに『レイナ、あの時は助けてくれてありがとう』と可愛い笑顔でお礼を言われたことがある。
レイナが「魔王様があの場にいらっしゃったなんて……」と呟くと、魔王は優しい笑みを浮かべた。
「いましたよ。でも、そのときの僕には、どうしてあの場が収まったのか分からなかったんです。それで魔獣に聞くと、魔獣が『強い権力を持つ者が下の者を助けたからでしょう』って。それを聞いて、権力はこういう風にも使えるのかって思って。そんなことができるレイナさんが、すごくカッコいいな、素敵だなと思いまして……」
頬を赤く染めた魔王の声は、どんどんと小さくなり、最後のほうは聞こえなくなっている。
魔王の話を聞きながら、レイナはなぜか自身の鼓動が早くなるのを感じた。




