10 顔が良い
魔王がゲストルームの扉を少し開けると、中からマリアンの声が聞こえてきた。
「魔王は、きっとレイナの美貌目当てよ。だから、逆にそこをついて『貴方ごときがレイナに釣り合うと思うの?』って言うと、逆上して本性を現すんじゃないかしら?」
すかさず兄の声で「なるほど、さすがマリアン!」と聞こえてくる。
「そこで私が逆上した魔王にこう言うのよ。『あら、外見通りに心も醜い男ね。貴方にレイナはふさわしくないわ。ほーほっほっ』って。どうかしら?」
「いいね、やってみよう。魔王が暴れたら、私がこのヴァエティ家の秘宝で君とレイナを必ず守るよ」
ヴァエティ家の秘宝は、封魔の力を秘めている大きなアメジストで、ヴァエティ家を害する者の動きを封じることができると言われている。
扉の前で固まってしまった魔王に、レイナは「申し訳ありません! お兄様とマリアン様は、魔王様を誤解しているのです」と伝えた。
(でも、こんな話をしていたら魔王様が怒って帰られても仕方ないわ)
レイナが心配になって魔王をみると、魔王はぎゅっと目を閉じたあとに、勢いよく扉を開けた。
「失礼します! 初めまして、魔王です」
兄キースは、マリアンを守るように背後に隠した。キースの背後でマリアンが恐々とこちらを覗いている。
レイナは「魔王様、ご無理は……」と囁くと、魔王は「僕はここで逃げるわけにはいきません」と覚悟を決めたような瞳をレイナに向けた。
「魔王様……」
マリアンとキースはお互いに視線を交わして小さくうなずきあっている。先ほど話していた作戦を実行する気なのかもしれない。
(マリアン様を止めないと!)
そう思ったレイナが何か言おうとすると、魔王はレイナの手首を優しくつかんで「僕は大丈夫です」と首を左右にふった。
魔王を見ていたマリアンは、「ん? え? うそ」と言いながら目を擦っている。戸惑うマリアンに、キースが不思議そうに声をかけた。
「どうしたんだい、マリアン?」
「その……」
再び魔王を見たマリアンは、眩しいものでも見るように目を細める。
「キース、あのね。魔王が予想外に、ものすごく美形なの……」
四大公爵家の人間は、神獣を宿すと姿を変える者が多く、人の外見や美醜にほとんど興味がないため、キースはマリアンの言葉の意味がよく分かっていないようだ。正直にいうと、レイナもよく分からない。
(魔王様のあの赤い瞳は、私もとても綺麗だと思うわ。でも私は、以前はアルベルト殿下の青い瞳も綺麗だと思っていてから、人の美しさはよく分からないわ……)
マリアンは、よほど驚いているのか、声を潜めることもせずキースに説明している。
「背も高いし、髪もツヤツヤサラサラだし、何より顔がものすごく整っているの! なんかこう、レイナと並ぶと、もはや絵画レベル的にお似合いなの。正直、レイナの元婚約者のアルベルト殿下もそうとうな美形だと思っていたけど、この魔王……さん、と並べたら霞んじゃうわ……」
兄が「ということは?」と尋ねると、マリアンが「二人がお似合いすぎて作戦失敗ってこと」と気まずそうな顔をする。
腕を組んだキースは、魔王に近づくと頭を下げた。
「大変失礼いたしました。私はレイナの兄キースです」
「あ、えっと、魔王です。名前は……」
名乗ろうとした魔王をキースが止めた。
「魔族の名は簡単には他人に教えないと聞いています。おっしゃらなくて結構です」
「あ、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げた魔王を見て、マリアンが「想像していたのと違うわ……」と呟いている。
キースは、魔王にソファーに座るように勧めた。




