宇宙人
エス氏は高級なバーで酒に酔いしれながら、隣の席へ座った見ず知らずのお客と他愛無い会話をしていた。
「なあ君、不思議に思わないか?」
「うん? 何が不思議なんですか?」
「宇宙全体の広さから考えて、宇宙人の存在は必然と言って良いはずだ」
「えっ!? な、なんですか急にっ!?」
エス氏から脈絡もなく唐突な話題を振られた男は動揺を露わにして呟いた。
それでもお酒に酔っているエス氏は気にもせず……むしろ酔っぱらっているからこそ、ふいに思いついたことをそのままに口走っているのだ。
「だから宇宙人だよ君ぃ。いいかい? 宇宙の広さは限りなくそこに散らばる星の数も無数にある。これはわかってくれるだろう?」
「はぁ……細かい理屈はともかく、感覚として言いたいことはわかりますが……」
「だろう? そしてそれだけの数があれば我々の居る地球と同じような環境の星がきっとあるはずだ。いや無い方がおかしい。それも一つや二つではない。当然そこでは地球と同じように生命が育つことになる」
「それはまあ……」
男はエス氏が何を言いたいのか計り知れず、どうしても何かを警戒するように歯切れの悪い返事しか返すことができない。
しかし酔っぱらっているエス氏は男の態度など気にも留めず、口を動かし続けた。
「つまり宇宙には我々以外にも生命体が居ることは確実なのだ。だから真面目に探せばきっと宇宙人……いや人と言えるほどではなくても宇宙生物ぐらいは見つかるはずではないか。しかし未だにそんな報告は全く耳にしない……これが不思議でなくて何なのだ?」
「ああ、そう言うことでしたか。ようやく私にも何が言いたいのかわかりましたよ」
そこでエス氏の主張を理解できたことで男は一瞬、安堵したように胸を撫でおろした。
だがエス氏はそんな男にお酒臭い顔を近づけて、まるで同意を求めるような眼差しで見つめて来る。
これを見て男は、やれ厄介なことになったぞと心中でぼやきながらも男へどう返事をするべきか頭を悩ませた。
「どうだい君? 俺の言っていることが何か間違っているかい?」
「うぅん、そうですねぇ。確かに宇宙に他の生き物がいないとは言い切れませんが……」
「だろう? やっぱり君もそう思うか。俺もずっと不思議に思っていていつも横になった後、寝つきが悪い時などに頭を悩ませていたのだ。これはどういうことなのかと。そこで考えた仮説としては、人類は真面目に宇宙人を探していないから見つからないんじゃないかということだ」
しかしエス氏は男の適当な相槌を最後まで聞くまでもなく、またしても一方的に語り始めた。
どうやらエス氏は酒に酔いすぎて自らの考えをただ語りたかっただけのようだ。
こういう酔っぱらった人間をまともに相手にしても仕方がない事を男は長年の経験でしっていた。
だから適当に相槌だけ打って、向こうの言いたいことを全て言わせてしまうことにした。
「そうだとも。人類はもっとバンバン宇宙船を飛ばしてあちこちの天体を探すべきなのだ。更に何をしているのかもわからない天文学者共には賞金を出して宇宙人を探す研究をさせるべきなのだ。そうすればすぐにでも見つかるはずなのだ。なのにどうしてそうしないのか、俺には不思議でならないのだ」
「なるほどなるほど……」
「全く、人類という奴はどうしてこうなのだろうか。どうせ宇宙人の探索をしたところで大した儲けにならないから誰も本腰を入れないのだろうな。どいつもこいつも必要に迫られなければ何もしようとしない。それどころか目先の欲に囚われて自分たちが儲かる研究ばかりに力を入れている。こんな姿を宇宙人に見られたらと思うと俺は地球人の一人として恥ずかしくて仕方がないのだ」
「うぅむ……しかし向こうだって大して変わらないのでは……」
「甘いっ!! この調子では宇宙人と邂逅するのは向こうがこちらへとコンタクトを取ろうとしたときに決まっている。そして遠くの宇宙から俺たちを探し出した宇宙人の精神は地球人とは比べ物にならぬ崇高で高尚なものに違いない。つまり目先の欲に囚われず大局的に同じ宇宙に暮らす仲間を求めて大志を抱いてやってくるのだ。そうして遥々この地球へとたどり着いた宇宙人たちがこんな情けなくも浅ましい精神をした地球人を見たら呆れられてしまうのではないかと思うと、俺は悔しくてならないのだっ!!」
ついに自分の言葉で感極まってしまったのか、泣き叫び出したエス氏。
「飲み過ぎですよエスさん、初見のお客様が困惑していらっしゃいますよ。済みません、初めて出会うお客様にこのようなお見苦しいところをお見せして……」
「いやいや、お酒に酔ってのことですから。それに特に何をされたわけでもありませんし……この程度で全くそうは思いませんよ」
エス氏を介抱し始めたマスターの言葉に、男は居心地の悪そうな顔をしながら返事をすると、会計を済ませてバーを出て行った。
そして男は自らが暮らす自宅へと帰り着いたところで服を緩めながら、疲れたようなため息をついた。
(全く変わった人間であったなぁ。まさかいきなりあのような話題を振られるとは驚いたものだ。しかし宇宙人にあれほどの幻想を抱いているなどとは……)
そう思いながらシャワーを浴び始めた男の身体から化粧が剥がれ落ちていき、まるで人とは思えない青紫色の肌が浮かび上がっていく。
実のところ男はとある星からやってきて地球に隠れ住んでいる宇宙人なのであった……正確には逃げ延びてきたと言っていい。
(しかし同じような星があって同じように進化が進むと考えておきながら、どうして同じような価値観と文明が育つと思わなかったのだろうか?)
首をかしげる男だが実際に彼の出身である星に暮らす知的生命体も、身体の作りはともかくその生態は地球に暮らす人類と大して変わらない。
基本的に目先の欲と自らの利することだけを求め争い……そして必要に迫られた時だけ新たな研究を進める。
だからこそ男は思う。違う星に逃げ出す技術を開発する必要に迫られるほど星を荒廃させた自分達と比べて、地球人は何と素晴らしい事か。
(日々の暮らしに不平不満はあれど酒でごまかす程度で済み、他所の星へ逃げ出す必要を感じていない地球人……それと比べて生まれ故郷すら捨てて逃げ出さなければいけなかった俺という宇宙人……一体どちらが見苦しいのやら……)
もしも他にも地球へわざわざやってくる宇宙人がいるとしたら、それは恐らく必要に迫られてのことなのだろう。
つまり自分の星で暮らしていけなくなるほどの恥ずべき行為をした証であり、そいつらもまた男と同じ様に、地球から出るまでも無い崇高な精神を持った地球人に合わせる顔があるはずもなく、隠れ住むことになる。
だからこそ地球人は未だに宇宙人と交流することができないでいるのだ。
恐らくはこのまま永遠に地球人と宇宙人が正面から顔を合わす日はやってこないであろう……何せエス氏の言う通り仮に地球人が宇宙人の居る場所まで到達する技術を開発したとしても、その時は多分地球人が宇宙人に顔向けができず隠れ潜むことになるのだろうから。
最近になって星〇一先生の本を読み返すようになり、その影響を受けて自分なりにショートショートを書きたくなって書いてみましたが……やっぱりあの人は天才です。
少しでも雰囲気が似てるなぁって思っていただいたら嬉しいです。