兄弟の確執2
クロフォード様とレナフォード様の関係について、自分になにができるのか考えかまとまらぬまま幾日もが過ぎていった。
今日もアーリア家の自室で、王太子妃教育の講師から出された宿題をこなしながらも、このことはずっと頭の片隅から離れなかった。
「お嬢様失礼致します。アメリアとミリーでございます。お嬢様宛のお手紙をお持ち致しました」
入室を許可すると、手紙の束を持ったアメリアと休憩用のお茶の準備を手にしたミリーが恭しくお辞儀をして入ってきた。
どうやら宿題に手がついていないことはすっかりお見通しのようだ。
ほとんどページが進んでいない本を一旦端に避け、ミリーがテーブルセッティングしてくれる間に手紙の束に目を通す。
学院の友人達が休暇先で書いた近況を伝える手紙や、年が変わるのを前にした挨拶状がほとんどだっが、最後の手紙は少し趣が違った。
差出人も書かれていなければ、封もされていない。
ちらりとアメリアを見ると視線で先を促されたので、そっと封筒から便箋を取り出し、内容を確認する。
「レナフォード様からだわ」
便箋には流麗な字で綴られたお茶会のお誘いが書かれていた。
「アメリア、レナフォード様からお茶会のお誘いなんだけれど、何か聞いている?」
「いえ、家の方にはなにも報せはきておりません…ただあまり型にはまらない御方ですので」
夜会であろうとお茶会であろうと、貴族同士では先に家の方にお伺いがたてられ、参加できる場合にはその後本人宛に招待状を出すというのが、暗黙のルールになっている。
しかし、レナフォード様からのお茶会については、アーリア家ではなにも関知していない。
たしかに型破りなご招待だ。
文面をアメリアにも確かめてもらう。
普段、何があっても崩れない彼女の目元がすっと細くなった。
「従者はつけず、フェリスティア様とお二人で、ですか…」
手紙はなかなか熱烈なもので、フェリスティアについて誉めちぎり出会いに感謝するという序文から始まっていた。
そしてお茶会の席でぜひ他国の話について、2人で意見交換したい、きっと未来の王妃に役立つものとなるだろう。
美味しい他国のお茶とお菓子を用意して楽しみに待っている。
という内容だった。
「お断りするのは不敬にあたるかしら」
「そうですね…よろしいとは言い難いですし、この文面だとそもそも参加の意向は尋ねられておりません」
確かに。
よく読むとこちらの予定を伺う文言はなく、日時が指定されている。
出席確定前提だ。
しかもアメリアに尋ねれば、偶然にもその日時に予定はない。
「おそらくレナフォード様はあらかじめ王城や学院にフェリスティア様のご予定をさりげなく確認し、このお茶会の日にちと時間が空いていることを確認した上で招待状をお出しになったのでしょう。それはある意味では欠席は許さないという意思表示とも受け取れます」
頭が痛くなってきた。
クロフォード様そっくりのレナフォード様のお顔が意地悪い笑みを浮かべる姿が、頭の中でぐるぐると回っている。
「ただ未婚の男女が2人きりで、というのはアーリア家として許可しがたいのも事実ですね」
「誰か同席してもらうわけにはいかないかしら」
「その辺りもレナフォード様のお心次第ですね」
先日、王城でのレナフォード様からルチアに対する振る舞いを思い出す。
大事な侍女達に、あのような思いはしてほしくない。
「この件、クロフォード殿下に相談するのはどうかしら?」
もしかしたらご兄弟で顔を会わせて話すよい機会になるかもしれない。
レナフォード様も王族であるクロフォード様を立場上無下にはできないはずだ。
「そうですね、国王陛下や妃殿下にご相談するのはいかがなものかと思いますが、クロフォード殿下へのご相談ならば宜しいかと」
「クロフォード殿下なら揚々と同席してくださるかもしれませんね!最近の殿下はまさに“お嬢様の護衛騎士“のようでらっしゃいますから」
紅茶の用意をしてくれたミリーが笑顔で言い添えてくる。
今だ決着の気配がないドレス戦争で議論を交わすクロフォード様とミリーだ。
クロフォード様と私の最近の関係は誰よりもわかっているのだろう。
「殿下は以前にも増してお嬢様のお側にいることが多いですからね。お嬢様がご相談なされば何を投げうってでもお茶会にご参加なさると思いますよ」
ミリーは「殿下に失礼ですよ」とアメリアにたしなめられていたが、この発言を「まさか」とは言い切れない。
確かにクロフォード様が約束の有無に関わらず、私の前に現れることは以前よりも増えている。
特にレナフォード様と会ってからはさらに顕著に増えている気がする。
ルチアと登城した際にお見えにならなかったのが珍しいほどだ。
先日など、私の護衛騎士になる予定のロザリア様にまで「私の仕事を奪わないでください」と進言されていた。
「早速クロフォード様にお手紙を書いて伺ってみます。2人ともありがとう」
もしかしたらご兄弟が仲直りするきっかけになるかもしれない。
そんな予感に、ここ数日の淀んだ気持ちからようやく解放されそうだった。
~・~・~・~・~
「フェリスティアが行きたいなら、止めはしないよ。好きにするといい」
レナフォード様からお茶会の誘いを受けたこと、そしてもしご予定が宜しければ一緒に参加しませんか、と手紙を書き、すぐにクロフォード様に届けてもらった。
幸い、今日の夜にルーベン様と仕事についてアーリア家で打ち合わせをした後、歓談のお約束をしていたのでお返事はその時にいただければといいと思っていた。
夕食をとりながらの打ち合わせは滞りなく進んだ。
食事の席ではあまりお話にならないルーベン様も、仕事とあれば話は別だ。
静寂のカーテンがかかる普段の食卓とはうって変わって、会話の弾む席に、給仕を担当する使用人達もどこか嬉しそうだった。
議題が来年度の教会運営についてだったため、私も同席させてもらったが、その際はクロフォード様に特に変わった様子は見られなかった。
しかし、打ち合わせと夕食終了後、ルーベン様が自室にお戻りになってから、部屋を移してミリーに用意してもらったお茶をいただこうという時になり、クロフォード様の態度は一変した。
午後のアメリアやミリーとの話で、なかば問題は解決したような気になっていた私は、クロフォード様の思わぬ回答に固まってしまっていた。
態度にはみせていないはずだが、お茶とお菓子を用意してくれていたミリーからも私と同じ考えの気配がする。
思考が固まってしまった私をよそに、クロフォード様は話を続けた。
「先日登城した時、兄にエスコートを受けていたんだってね」
思えば先程から全く視線が交わらない。
逆にクロフォード様の理由のわからない苛立ちがひしひしと伝わってくるようだった。
「兄から求婚を受けていたとも」
「誤解です!レナフォード様がご冗談を仰っただけです!!」
一体どこからこんな話が漏れたのか。
エスコートを受けたのはルチアを落ち着かせ、王城の廊下であれ以上騒ぎを大きくさせないための苦肉の策だった。
「お嫁さんにならない?」と言われたのだって、ただ私の反応見たさにからかわれただけだ。
「本当に冗談かな?城の者達の話だと兄は君について色々と嗅ぎ回っているようだ。それに兄は興味のない人間をわざわざお茶に誘ったりしない。わざわざ“2人で”としている辺り、兄は君を囲いこんで意図的にそれを周囲に見せびらかそうとしているんだろう」
そこまで言い切ると、クロフォード様は話を切った。もうなにをどう説明したらいいかわからない。
私は石のように固まったままだった。
「それに、もらった手紙からは随分と楽しそうな雰囲気が伝わってきたよ。君も満更じゃないんじゃないのか?」
~・~・~・~・~
そこから先の事はなにも覚えていない。
クロフォード様に「満更じゃないんじゃないのか」と問われ、怒りのこもった視線を正面から受けた私は視界が真っ暗になってしまった。
歓談の場はそのままお開きとなり、クロフォード様はお帰りになったはずだが、私はお別れの挨拶も、お見送りのために席を立つことできなかった。
皆部屋からいなくなり、お茶もすべて片付けられ、ミリーに声をかけられた時にようやく顔をあげることができた。
侍女達に促されてようやく自室に戻り、就寝の身支度をする際も茫然としている私を心配そうにしているミリー達になんとか下がってもらい、よろよろとベッドに潜り込んだ時には夜がどっぷりと暮れていた。
だが、全く眠れる気がしない。
目を閉じてもそこに現れるのは鋭い瞳でこちらを睨むクロフォード様の姿だった。
エスコートされたのは場を納めるために仕方なくだった。
お茶会について浮かれていたのは、クロフォード様とレナフォード様の仲直りの機会になるのではと思っていたから。
そんな言葉が咄嗟に出てこなかった。
それほどにクロフォード様にレナフォード様との仲を疑われたのがショックだった。
この日、フェリスティアは1人静かに涙を流しながら眠れぬ夜を過ごすことになった。
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