お支度2
「まず、フェリスティア様、お作法の前に私共の呼び方ですが、“さん”は付けなくて結構です。アメリア、ミリーとお呼び付けください」
早速、アメリアさんによるお作法講習会が始まる。
「いえ、そんなわけには参りません。アメリアさんは私より年上ですし…」
「フェリスティア様が元々どういったご身分でらっしゃったかはわかりませんが、神託の巫女を含む神職の皆様は貴族と同等、またはそれ以上の立場だとされています。城内の騎士、文官、従者や下働きの者は名前でお呼び付けいただいて構いません。逆に“さん”付けで呼ばれると困ってしまう者の方がほとんどですから」
「そうなんですか、気を付けます…」
初対面の、しかも年上の人を呼び捨てにするのは、なかなか慣れそうにないが困られせるわけにもいかないから仕方ない。
ここは私が折れるしかないだろう。
郷に入っては郷に従え、だ。
「では、さっそくご挨拶の練習に移りましょうか」
あっ、アメリアと私の立場が一気に逆転した気がする…。
~・~・~・~・~・~・~・~・~
「はい、お嬢様、ここまで出来れば結構でございます。お疲れ様でした」
アメリアの厳しさは想像した以上だった。
言動は丁寧だが、オーラが怖い。背後に般若が見えた。
思わず深いため息がでる。
「ありがとうございます、アメリアさっ…アメリア」
「はい、結構でございます」
一方のアメリアは達成感溢れるいい笑顔だ。
「フェリスティア様は飲み込みが早くてらっしゃいました。これなら、国王様の謁見も問題ありませんので自信をもって臨んでくださいませ」
「はい、頑張ります…」
急に王様と会うということが現実味を帯びてきて、緊張感が増した。本当に大丈夫なのだろうか…アメリアから教わったことを脳内でぐるぐると復習する。
「フェリスティア様、固くなりすぎるのもよくありませんよ!お茶と軽食のご用意ができましたので、どうぞソファにお掛けくださいませ」
ミリー…優しい…。
心遣いにホクホクしながらソファに(アメリアの視線が光っているので習ったばかりの“淑女の座り方”でゆっくりと)腰かける。
そしてテーブルに並んだ豪華すぎる軽食に思わず顔が目を見開いた。
軽食と言われて、サンドイッチくらいかな~と想像していたが、予想のはるか上をいくものだった。
サンドイッチはもちろんのこと、サーモンやクリームチーズ、キャビアと思われる黒い粒がのったカナッペや、トマトの色が食欲をそそるブルスケッタが、一口サイズで品良く白いお皿に盛られている。
アフタヌーンティーで使われる3段のお皿には、付け合わせにたくさんの種類のジャムやクリームが盛られたスコーン、色とりどりのカットフルーツ、さらにはオレンジやイチゴがテラテラと輝くタルトまで載っていた。
「これ、本当にいただいていいんですか!?」
あまりの豪華さに、思わず後ろで紅茶を注いでくれているミリーに勢い良く尋ねてしまった。
「もちろんですよお嬢様、簡単なものばかりで申し訳ございませんが、お好きなものをお召し上がりください。ただ、この後謁見になりますので、ほどほどに手加減をお願い致しますね」
よほどお腹がすいてると見たのか、ミリーは苦笑しながら紅茶を置いてくれた。
まだカップを持ってもいないのに、芳醇な香りが漂っている。
「気を付けます。ありがとう!いただきます!」
少し緊張が解けてきた。
心の中でもミリーにお礼をいいながら、スコーンとジャムに手を伸ばした。
~・~・~・~・~
軽食とお茶で緊張が解けたのも束の間、荘厳かつ重厚な扉の前で私は再び緊張の極致に達していた。
アメリアに連れられて、国王の間に続く扉の前で王太子様を待っている。
「ご挨拶さえできれば大丈夫ですので、落ち着いてくださいフェリスティア様。詳しい説明はクロフォード様がなさるはずですから。」
見惚れる立ち姿のアメリアが優しく声を掛けてくれるが、そうそうこの緊張感がなくなるわけではない。
落ち着け~自分、とひたすらブツブツと独り言を呟いて、私はドレスの裾を握りしめている。
「お待たせした、フェリスティア嬢」
声をかけられて、はっと正面を見るとクロフォード様が先程の執事のグレイソンと騎士様達を連れてお出ましになるところだった。
やはり変わらずの見目の麗しさに、思わず見とれていると、アメリアに小さく「フェリスティア様!」と声をかけられ慌てて淑女の礼をとる。
顔をあげて、と言われ改めてクロフォード様を見ると、こちらも食い入るように私を見ている。
なにかおかしな所があったかと思い、慌ててしまった。
「失礼しました。女性をジロジロと眺めて失礼でしたね。大変お美しいですフェリスティア嬢。ドレスもお似合いですよ」
お世辞とはわかっていても、格好いい王子様から言われれば思わず頬が熱くなる。
気まずくなってチラリとクロフォード様を盗み見ると、こちらも頬に赤みが差していた。
どうしてかしら?、と思っていると、後ろに控えていた騎士様がニヤニヤしてその気配を察したらしいクロフォード様にたしなめられている。
「お待たせしたしました。参りましょう」
王太子様がさっと手を差しのべてくれる。その手をとると少し緊張が収まった気がする。
その時、目の前の扉が重々しい音をたてながら開いた。
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