巫女の出張6
『貴女が作ったポンヌパイがぜひ食べたいです』
ポンヌパイは夕食後、無理を言って調理場をお借りし、なんとか完成させることができた。
私の様子から何かを感じ取ったアメリアとミリーが紅茶を入れた保温ポットや食器類などをかごに詰めて用意してくれた。
いそいそとパイを作る私を、ほの温かい目で見守る2人や料理長を思い出すと頬が熱くなる。
いやいや、王太子様のご所望で手作りのお菓子を振る舞うのだ。
誰だって慌てるしバタバタするだろう。
そう、あのあたふたは緊張によるものだ。
浮かれているとか、楽しみだとかというわけでは決してなく―。
『コンコン』
バルコニーに面したガラス戸が控えめに鳴る。
考え事から勢いよく顔をあげるとそこには、ヒラヒラと楽しげに手を振るクロフォード王太子様の姿があった。
私は勢いよく立ち上がると窓を開けるべく、扉に駆け寄った。
~・~・~・~・~
夜の外はまだ冷えるので、よろしければ屋敷の中にと勧めたが、ここでいいとのことなので、バルコニーに用意されたガーデンテーブルにご案内する。
ここも頼れる侍女2人が用意してくれたものだ。
「わざわざお越しいただき恐縮でございます」
「僕が食べたいんだから自分から伺うのは当然ですよ」
固くならなくていいから無礼講で、ということで、僭越ながら私が紅茶をお注ぎし、パイをご用意する。
「フェリスティア嬢が作ったポンヌパイ?」
「はい、なので試食に出た料理長が作ったパイに味は劣るかと思いますが」
「見た目は十分においしそうだよ」
クロフォード王太子様は早速、フォークとナイフで切り分け、いただきます、とパイをお口に運ぶ。
失礼かもしれないが、おやつを待ちきれない子どものようで少しかわいらしい。
「うん!おいしい!」
「よかったです。お口に合わなかったらどうしようかと思っていました」
なんとかお口に合うものをお出しできたようだ。
ほっと胸を撫で下ろし、私も一口頬張る。
「試食で食べたのより甘くて、疲れとかがとびそうな感じ」
「料理長のパイは男性の皆様のお口にも合うように甘さを控えめにしてスパイスやお酒で風味付けしておりましたので」
「商用化する時、売りたいお客さんに合わせて色々味にバリエーションが出せるわけだ」
「はい、それに来年、キアヌの農作物がまた無事に実れば、パイに仕上げられるものがあるかもしれません」
今回キアヌで収穫できなくなってしまった農作物には野菜や穀物のみならず、果物もあったそうだ。
どんな果物かはわからないがパイの具材として使えるものもあるのかもしれない。
「なるほど来年以降もずっと名物として売り出せるわけだ」
もう1ついただいていい?と言われ、慌てて新しいパイをお出しし、紅茶のおかわりを注ぐ。
一体いつの間に食べ終えていたのか全く気がつかなかった。
相当お腹がすいていたのだろうか。
「ところでこのフェリスティア嬢特製ポンヌパイ、他に食べた人いる?」
「私が作ったものを、ですか?初めて作った際に調理場で料理長と侍女のミリーが一緒に味見で食べていますね」
それを聞いて王太子様は「まぁ身内の味見はノーカウントかな?」などと小さく独り言を仰っている。
「じゃあ、きちんとしたものを初めて食べたのは僕が初めてってことでいいかな?」
王太子様はにっこり微笑んだ。
その様子は満足気だ。
「私の作ったものなどでよろしいのでしたら、仰っていただければ、滞在先までお届け致しましたのに」
「ううん、いいんだ。パイが食べたかったのも本当だけど、出来れば君と一緒に食べたかったんだ」
「え?」
「忙しい時とか、余裕がない時とか、君といるとほっとする」
そう言って王太子様がこちらを見つめる。
その視線は向けられた者を射抜くように力強いがとても暖かな光を帯びていた。
「それは…」
「それは?」
「それは、不思議なことですね」
それを聞いた途端、王太子様の表情は一瞬呆気にとられたものに変わり、一拍置いて声をあげて笑い始めた。
「本当に不思議だね!」
王太子様は涙をうかべながらまだ笑っていらっしゃる。
なにか失礼なことを言ってしまったのかしら?
「もう1つパイをいただいても?」
「はい、もちろんでございます。ただお腹は大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫!明日もたくさん働くからさ!」
本当にお腹がすいてらっしゃったのだわ。
作ったものだけで足りるかしら?
王太子様のお皿にもう一切れパイを盛り付ける。
楽しい時間はもう少し続きそうだ。
いつもお読みいただきありがとうございます!
次話から恋の行方が徐々に加速していくはずです!
引き続き読んでいただけるとうれしいです




