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隣に住む幼妻様

TSはロマン(挨拶)

年下にしか見えない年上のお姉さんっていいよね!!!

 着替えも終わり、必要なモノはポケットにねじ込んだ。


 後は出発するだけ。


 だけ、なのだが……。



「さぁ、出掛ける……出掛けるのかぁ…………」



 玄関の前に立った俺は、扉を見つめて力なく声を漏らした。


 手を伸ばせばドアノブに届く距離。だが、身体はピクリとも動いてくれない。


 外に出るのが、怖い。


 情けない話だが、いざ行くぞという段階になって、俺はビビり散らしていた。


 脳裏に、どうしても嫌な予感がよぎってしまう。


 女の身体になったことで、何かの犯罪に巻き込まれでもしたら?


 女の身体になったことが、何かの拍子にばれてしまったら?


 誰も、『俺』のことを、気付いてくれなかったら?


 あぁ、それはとても恐ろしいことだ。想像しただけで背中に冷たいモノが流れ、身体が震える。


 両腕で身体を掻き抱く。そうでもしないと、崩れ落ちてしまいそうだった。


 想像しただけでこれなのだ。


 実際に起きてしまったら、俺の一般人メンタルは、飴細工よりも簡単に砕けてしまうだろう。


 じゃあ、このままここで蹲ってしまうのか。


 それは……出来ない。


 生きていくためには食事をしなくちゃいけないし、仕事にだって行かなくちゃいけない。


 俺には頼れる存在がいない。俺のことは、全て俺がしなくちゃいけない。


 ここで蹲って、怖いことから目を逸らし続けることは簡単で、酷く魅力的な提案ではある。


 しかし、その先にあるのは餓死か孤独死という、どうしようもなく終わってる結末だ。


 それでいいのか? ……いいわけ、あるか。


 頭では分かっている。一歩踏み出して、扉の向こうに行くことが最善であると。


 しかし、それを嫌だと。子供のように駄々をこねる自分がいて、その選択肢を選ばせてくれない。


 理性と感情がせめぎ合う二律背反。


 あまりに優柔不断で、どうしようもない自分に、乾いた笑いを浮かべる。

 


「ははっ……。弱いなぁ……俺」



 縋るように、睨むように、目の前の扉を見つめる。


 何処にでもある、ただの扉。それが、難攻不落の要塞か何かに見えて仕方がない。



「どうしよう……」



 俺は、途方に暮れるように呟き、そっと顔を俯かせる。


 長くなった――なってしまった前髪が、さらりと流れ落ちた。


 一歩前に。ただそれだけのことが出来ない自分が情けなくて、唇をきゅっと噛み締めた。



 ピンポーン



『総司ちゃーん、いるー?』


「あ、はーい」



 明るめの声が口からこぼれた。


 インターホンの後、扉の向こうから聞こえてきた声に、素で反応してしまう。


 ……あれぇ? 反応、しちゃった……?


 速攻で我に返り、自分がしでかしたことを反芻する。


 声を掛けられて、名前を呼ばれて、それに返答してしまった。


 ……おっと、これは……特大のプレミじゃな?

 

 さっきまでの悲壮感は吹き飛び、だらだらと冷や汗が流れていくのを感じる。



『総司ちゃん、出掛けるところだったー?』



 聞き心地のよい、まったりとした女性の声。


 聞き覚えのあるそれは、お隣さんのモノに違いない。

 


「ど、どうしよう……」



 扉の向こうに聞こえない程度の大きさの震える声で呟く。


 さっきも同じセリフを吐いたが、緊張感はこちらの方がはるかに上だ。


 いや、どうするもこうするも、返事をしてしまったからには反応しなくちゃいけないんだが……どうすればいい? どうやって誤魔化す?


 チクショウ、何故あそこで俺は返事をしてしまったんだ!! バカじゃないのか!?


 くっ、頭を……頭を働かせろぉ……!

 


『? 総司ちゃん、どうしたのー?』



 おっと、タイムアップが近づいてきてるぞぉ! 桐生選手、ここからどうする!?(ヤケクソ)。


 言い訳、言い訳……『桐生総司』の妹です? 


 ……ダメだ、お隣さんは俺が天涯孤独だということを知っている。一瞬で看破される嘘をついても意味がない。


 じゃあ、恋人! 恋人ならどうだ!? 


 ハッキリ言って俺に恋人とか、鼻で笑いたくなるのだが……妹よりは信憑性がある。ある、よね?


 よし、じゃあ俺は今から『桐生総司』の彼女! 名前は……キリコちゃんで!


 覚悟は決まった。これ以上お隣さんを待たせるわけにも行かない。


 『俺はキリコちゃん俺はキリコちゃん俺はキリコちゃん……』と言い聞かせながら、ドアノブに手を掛けた。


 身が竦みそうになるが、気合と根性とヤケクソで跳ね飛ばし、玄関の扉を開いた。



「あ、あの……」


「あ、よかったー。やっぱり、お出かけするところだったんだねー。ふふっ、総司ちゃん、こんにちは」



 にこり、と微笑みが向けられる。


 扉の先にいたのは、一人の女性――と言うには若すぎる、茶髪の女の子。


 百四十センチに届かない身長。小学生と見紛う体系。ふわふわした雰囲気と髪の毛。


 愛らしく整った顔には、その容姿に似合わない慈愛と母性に溢れた笑みが浮かんでいる。


 顔を出した俺を見て、その笑顔をパァアア、と更に輝かせる姿は、なんかもう聖のオーラが感じられるほどだ。


 どう頑張っても中学生にしか見えない……下手すれば小学生でも通るんじゃってくらい幼いが、これでも三十を超えており、なおかつ一児の母だというのだから恐ろしい。


 そんな、見た目と年齢がこれぽっちも一致しない少女――否、女性は、俺の隣の部屋にすむお隣さんの草加翠くさか みどりさんだ。


 一人暮らしの俺を心配して、いろいろと心配してくれるとっても優しい人である。


 そんな相手を騙すのは心苦しいが……って、アレ?


 違和感を覚え、はて、と首を傾げた。


 なんか翠さんの反応、おかしくないか? 


 まるで、いつもの俺を相手にしているかのような振舞い。


 普段通りと言えば、何もおかしくないように思えるが……今の俺は、前の俺とは似ても似つかない美少女になっているのだ。


 この姿で誰かの前に出るのは初めてであり、翠さんも見たことがないはずだ。


 にもかかわらず、初対面の相手に驚くそぶりも、訝しむそぶりもない。


 まるで、この美少女ボディな俺が、『桐生総司』だと分かっているかのよう。


 てか、緊張しすぎて半分くらい聞いていなかったが、普通に俺の名前を呼んでいたような……。


 目の前の翠さんをじっと見つめる。


 きょとん、とした様子でちょこっと首を傾げてみせる仕草とかちょっとヤバいくらい可愛らしいし、ぷにっとしたほっぺに人差し指あててみせるのとかあざとい、でもそれが良い……で・は・な・く。

 

 


「あ、あの……翠さん?」


「はい、どうかしたのー?」


「えっと……俺のこと、分かるんすか?」

 

「はぇ?」



 自分のことを指さしながら聞いてみると、帰ってきたのはそんな反応。その頭上には『?』が飛び交っている。


 やだもうきょとん顔最高可愛い萌える……じゃなくて!


 あ、あれ? 本当に、この姿の俺を俺として認識しているのか!?


 馬鹿な! 冴えないフリーター男が、こんな美少女に変わってるんだぞ!? 


 もっとこう、『どなた様?』みたいな反応をするべきなのでは!?

 


「ほ、本当になんとも思わないんすか? なんつーか、ほら、滅茶苦茶可愛くなったとか……」


「えー? 総司ちゃんはいつも可愛いよー? 食べちゃいたいくらいにね? 総司ちゃん、おかしなこときくねー? 何かあったのー?」


「そ、それは……その……えっと、なんというか……」



 翠さんのこの反応……間違いない。完全に俺を俺として認識している。


 いや、それどころか、もとより俺がこの姿だったと記憶が改ざんされている……のか?


 とっさに、ポケットに突っ込んでおいたスマホに手を伸ばす。


 これも【STATUS】の影響……なのだろうか? 


 俺だけでなく、俺以外の人間にさえ干渉できるってどんだけだよ、このアプリ。


 あまりの得体の知れなさに、ごくりと唾を飲み込んだ。


 すごいだの異常だの散々騒いだけど……それだけじゃ足りないナニカが、このアプリにはある。


 そんなことを、漠然と思った。

 


「えいっ」


「ひゃんっ」



 漠然と思っていたら、額にひんやりとした感触。


 驚いて視線を上げると、こちらに手を伸ばし「う~ん?」と可愛らしくうなっている翠さんが……って、まって? 


 なんか今、俺の口からすごい声出なかった? ひゃんっ、とか言わなかった? え?

 

 あまりにメス度の高い声を上げてしまったことに呆然とする俺に、翠さんはくすりと微笑を浮かべていた。 

 


「なんだか元気ないみたいだけど、大丈夫?」


「え、っと……だ、大丈夫……です」


「本当に? 無理してなぁい?」


「は、はい。本当に、大丈夫ですのでっ」



 ずいっ、と顔を近づけてくる翠さんに、慌ててそう返す。


 あの、近いです近いです。人妻と思えないキューティーフェイスが近すぎます。


 性欲はこれぽっちも沸いてこないけど、可愛いモノを愛でたい欲がオーバーヒートしそう。



「ならよかったー。最近総司ちゃんの顔見てなかったから、ちょっと心配してたんだよー?」


「そ、それはご迷惑を……すみません」


「いいのいいのー。ぜーんぜん。元気ならそれでいーよー。ふふっ、総司ちゃんの元気そうな顔、見れてよかったよー」


「翠さん……」



 天使かな? うーん、結婚してほしい……。


 ニコニコと微笑む翠さんのほんわかしたオーラに、俺を蝕んでいた不安がすぅーっと消えていく。


 【STATUS】に対する不信感。得体のしれないモノに対する恐怖。


 そういうものが、だいぶ薄れていくのを自覚した。


 恐るべし、翠さんの癒し効果。


 結局のところ、考えて悩んで唸って、どれだけ頭をひねったところで『分からない』という結論しか出ないし。だったら考えても無駄なんよ。


 なんかわからんが、『桐生総司』という個人は認識されているみたいだし……いろいろと杞憂だったらしいな。


 深く考える必要も、ビビり散らす必要はなかったみたいだ。


 それに、女になっても桐生総司は桐生総司であることが分かったし、結果オーライってやつですよ。


 ある程度冷静になった頭で、俺は何処までも能天気にそう結論付けた。


 ああ、あと。翠さんにちゃんとお礼言っとくか。彼女のおかげで、悩みの種が吹っ飛んだわけだし。


 

「その……ありがとうございます。翠さん」


「んー? いきなりどうしたのー?」


「いえ、あの……翠さんのおかげで、悩み事が一つ解決したので。そのお礼をと」


「良く分からないけどー……総司ちゃんが元気になって、わたしも嬉しいよー」



 ニコリ、と微笑む翠さん。


 ちょっと小首を傾げ、ゆるゆるな笑みを浮かべるその背後に、俺は――――後光を見た。


 聖母……? いや、女神かな? 


 やばい。あまりの神聖さに矮小な俺の心が浄化されそう。側が美少女じゃなけりゃ一発で天昇していたとこだったぜ……!


 いやもう、なんでこんなに優しくしてくれるん? 俺が美少女じゃなかったら速攻で惚れて敵わぬ恋に涙していたところだぞ? 何ならそのまま絶望のままに首をくくるまである。


 はぁ……こんな素晴らしいお隣さんを持てて幸せだぜ……。


 なんかもう、謎のアプリとかどうでもよくなるくらい幸せである。



「あっ、そういえば……。翠さんはなんでうちに? 何か用事でもあったんですか?」


「そうだったー。えっとねー、親戚からちょっといいお肉が届いたんだけどー。わたしと娘じゃ食べきれないからー、総司ちゃんにも手伝ってもらおうと思ってー。というわけで、今日のおゆはん、ご一緒どうですかー?」


「是非にご相伴に預からせてくださいっ! えっ、マジでいいんですか? 翠さんの料理すっごく美味しいから、滅茶苦茶嬉しい……!」


「ふふっ、喜んでもらえて何よりだよー。そんなに期待してくれるなら、わたしも腕によりを掛けなきゃねー」



 うわぁ、めっちゃ楽しみ……! たまにおすそ分けをくれるけど、それもすごくおいしいし……。


 しかも肉、だと? ちょっといいお肉というワードに心躍って仕方ないんだけど。


 変なアプリに悩まされて、今日は厄日かと思ったけど、翠さんの手料理で全部相殺できるからなんの問題もないな! うん!


 

「それより、総司ちゃんー。おでかけはいいのー?」


「あっ、そうだった。翠さんと話すの楽しすぎて忘れるところだった……。じゃあ、すみません。俺はこれで……」


「ふふっ、もう。総司ちゃんはお世辞がうまいんだから―。それじゃあ、また今夜。わたしも楽しみに待ってるねー? それと……きっとあの子も喜ぶよー」


「……そういえば、茜ちゃんとも最近あってなかったですもんね」


「ふふっ、『総ちゃんに会えない……』ってしょんぼりしてたのよー? 今日はいっぱいお話してあげてねー?」


「はい、もちろん」



 翠さんの言葉に頷きを返す。


 茜ちゃん、というのは翠さんの娘さんの名前だ。歳は確か……十四歳だったっけ? 現在中学二年生のリアルJCだ。そう表現すると犯罪感がすごい。もし男の姿で発言してたら通報待ったなしだ。


 ここに越してきた時からの付き合いで、ゲームやら漫画やらなんやらを通じて仲良くなった。今ではすっかりサブカルチャーの虜であり俺のオタ友である。


 そういえばここ最近は仕事が忙しかったり茜ちゃんも学校の行事があったりで一か月くらいあってない? 久しぶりにアニメ談義とかしたくなってきたなー。


 今季のあのアニメとか茜ちゃん絶対好きだろうし、俺も見てて超オモロかったから語りたいことはたくさんだ。



「じゃあ、翠さん。また後で」


「はーい。総司ちゃん、車と自転車と知らない人には気を付けるんだよー?」


「流石にそこまで子供じゃありませんって!」


「ふふっ、冗談だよー。いってらっしゃーい」


「……はい、行ってきます」



 笑顔の翠さんに見送られ、当初の予定通りにコンビニへ向かう。


 そのころにはもう、【STATUS】に対する不信感も、女の身になったことに対する不安も、きれいさっぱり無くなっていた。


 ……単純って言うな!


 

今日はここまで? 多分。

読んでくれてありがとう! 面白いと思ってもらえたら、感想やら評価とかブックマークをしてくれるとウレシイです!

下の☆を埋めるだけ? 簡単になったもんだー。

ソロ神官のコミカライズ版もよろしくねー!

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