そうじ は かんがえるのを やめた !
TSはロマン(挨拶)
三話目ですよー、裸ワイシャツって良いよね
危うく病みつきになるところだった動作をやめ、もう一度しっかりと鏡を見る。
はぁ~~~、何というか……もう。
全てが美少女だった。美少女過ぎるくらい美少女で、トニカクカワイイ美少女だった。
そんな美少女が俺……なんだよなぁ。
こうして触れて、感じて分かったのだが……これは、現実だ。
鏡に映る顔は、まったく知らない他人のモノだ。元の顔と似ているところなんて、まったくない。
にも拘わらず、それを『自分』だと認識している俺がいる。『もともとこういう顔だった』という意識すら、頭の中にあった。
おかしいはずなのに、それをおかしいと思えない。……妙な話だよな。
というか、すでに男だったころの自分があいまいだ。俺って、どんな顔してたっけ? つい昨日まで確かに男だったのに。
知っているはずの記憶がなく、それをおかしいと思えない。――明らかな異常事態に、身体が震える。怖い、と素直に思った。
……後、こんな美少女の裸を見ても、これぽっちも興奮していないのもおかしい。
俺の中のオスはいずこ? もしかして、死んでしまったの? そんなぁ……。
いろんな感情で、頭の中がぐちゃぐちゃになっている。落ち着くために、深呼吸を数回。
すーはー、すーはー…………さて。
それは兎も角、俺がこうなってしまった原因だ。
それに思い当たるのは、たった一つ。
あの、おかしなアプリ。それ以外に考えられんわな。
リビングに戻り、ベッドの上に転がっているスマホを手に取る。
ホーム画面から青いアイコンを選んでタップ。【STATUS】が起動した。
昨日ダウンロードした、よく分からないアプリ。
ただのゲームだと思っていたけど……そんなわけがない。
怪しい怪しいと言っていたが、まさか本当に超常的なモノだったとはな……もう、驚きよりも乾いた笑いが漏れるわい。
そうして思い返すは、昨日読んだこのアプリの宣伝文句。
『特別な存在になれるアプリです。貴方もステータスアプリ【STATUS】で特別な貴方になってみませんか?』
『このアプリは貴方の隠された力を解放し、それを可視化するものです』
『自身のステータスを確認、ミッションをクリアしてそれを成長させ、特別な自分を創りましょう!』
『成長に応じたポイントでガチャを回しましょう! スキルや職業ゲットで強くなれます!』
怪しすぎる文言。とはいえ、ただのゲームだと思っていたソレ。
だけど、違ったんだ。これは、そのままの意味でしかなかったのだ。
頭がおかしい話だが……このアプリはきっと、現実世界に影響を及ぼす力を持っている。
現実の人間を、特別な存在に変えてしまう。そんなアプリなんだ。
そして、ガチャで手に入れた【美少女(R)】で、俺は美少女にパワーアップした……と。
まぁ、この身体は確かに特別だよな。『美少女=今の俺』、と言ってもナルシスト扱いされないような美少女が、特別じゃなければなんだというのか。
ばかばかしい。アホじゃないか。そんな言葉で片付けるのは簡単だけど……実際に、起きちゃってるからなぁ……信じるほかあるまいて。
だから、検証が必要だ。
確証が欲しい。このアプリが非現実な存在であることの、確証が。
そのためには……実験、だな。
能力値を上げるとどうなるのか?
スキルを入手するとどうなるのか?
装備を付けるとどうなるのか?
確認することは沢山ある。一つ一つやっていこう。ぐっ、と握りこぶしを作って、そう決意した。
さっそく行動を……と、その前に。
へくちっ、寒っ。
と、とりあえず、服着なきゃ。
「女物の服なんてないし……まぁ、これでいいか」
タンスをあさって、取り出したのはワイシャツ。
それを纏えば……ほら、この通り。
全裸の美少女から、裸ワイシャツの美少女に! あんまり変わってない!?
というか、全裸よりもよっぽどエロい恰好なのでは?
ちらりと除く鎖骨とか、ふとももとか。あと見えそうで見ないってのがヤバいね。チラリズム、侮りがたし。
……まぁ、自分の身体なので、興奮はしないのですが。
身体が女になったことで、性的嗜好まで女になってしまったのか? もしかして、男の裸に興奮を覚えたりするのだろうか?
……うわぁ、想像しただけで気持ち悪い。なんで男見てハァハァしなくちゃいけないんだよ。しないしない。男には興奮しません。
一応、確認のためにネットでちょちょいとイケメンの際どい画像を検索してみたけど……なんとも思わんな。『ああ、男の裸だな』、以上。エロ漫画みたいに、下半身にじゅん、てきたりしない。
そうなると、性的嗜好は変化していないのかね。この身体に興奮しなかったのは、自分の身体だという認識が強かったから? ……そっちも確認しておこう。
スマホのオカズフォルダを開いてー秘蔵のコレクションを見てー……わぁい、何もないわ。興奮どころか、もう虚無よ虚無。
どうやら、息子と同時に性欲もどこかに行ってしまったらしい。それも、この身体になった副作用なのだろうか? うーん……分からん。
考えたところで答えは出ない。さっさと確認することを確認してしまおう。
ええとまずは? このアプリで何が出来るのか、だな。
トリセツ的なナニカが……お、あったあった。隅っこの方に『ヘルプ』を発見。
さっそくそれを開いて、内容を熟読していく。
ふむふむふむふむ、なるほどなるほど。
読み進めること三十分ほど。このアプリがなんなのかをそれとなく理解できた。
【STATUS】は簡単に言ってしまえば、『人間改造アプリ』だ。
人間という存在を、改変し、拡大し、より強固な存在にするためのモノ。
種族、職業、レベル、能力値、スキル。人間の持つ可能性をそういったもので表し、それを書き換える。そう言った代物だった。
きっと、多分、おそらく、メイビー。ヘルプ読む限りはそんな感じ。
現に、俺のステータスは昨日と明確に変わっている。
『種族:人』が『種族:美少女』になっていた。これはもう、俺の身に起こった現象とこのアプリが関係しているのは、確定的に明らかというヤツだろう。
となると、一番適しているのは……BPだな。
BP。ボーナスポイント。
割り振ることで能力値を強化することが出来るこれを使って、自分のステータスをいじくる。
そうして、何かしらの変化があれば、それが証明になる……多分。
にしても、こんな怪しいアプリ。さっさとアンインストールしてしまえと思うのだが……そしたら最後、この身体から戻れなくなってしまうかもしれない。
美少女ボディになったのは貴重な体験だと思うけど……19年間連れ添ってきた身体が無くなってしまうというのも、嫌だし。
身体をもとに戻すためにも、アプリのことを知る必要があるんだ。
アンインストールは、出来ない。
ステータスを開く。うん、いつ見ても雑魚い……という感想は置いといて。
これが今の俺。
とりあえずBPを能力値のどれかに振ってみよう。
一番わかりやすいのは……えっと、筋力かな?
じゃあ、筋力に振るとして、振る前の状態の筋力を測る必要がある。
というわけで、取り出しますは握力トレーニング用のグリップ。
調子に乗って買った65㎏のモノでございます。
それを全力で握ってみる。
せぇい! ぐにっ。
……うん、びみょーに動いたかな? って感じだな。
続いて、BPを使って筋力の数値を上げます。ええと、1……いや、2上げておこう。1だけじゃ変化が分かりにくいかもしれないし。
スマホを操作して、ステータスを変化させる。ポチポチ……ほい、完了っと。
====================
名前:桐生 総司 年齢:19
種族:美少女 職業:なし
レベル:1(1/10)
HP 10/10 MP 0/0
筋力 3(+2) 耐久 1
知力 2 精神 4
敏捷 2 器用 5
幸運 1
BP 8(-2)
スキル
《》
====================
『1』とか言うクソ情けない能力値が『3』になった。
数的には三倍だけど……筋力も三倍になってんのかな? 流石にないか。
もう一度グリップを握り、力を籠める。
そぉい! ……うん、明らかにさっきよりも握れてるな
ほんのちょびっとしか動かなかったグリップが、半分くらいまで握れていた。
これでもう、確定だろう。俺の身に起きた超常現象は、このアプリによって引き起こされたものであると。
調子がいいとか、誤差とかでは説明できないほどの筋力アップが、一瞬で。
ただ、スマホ上のアプリを操作しただけで出来てしまった。
……なんか、得体のしれないモノを持ってるのが怖くなってきたな。そぉい!
俺の手を離れたスマホが、ベッドのシーツの上で、ぼふん、と跳ねる。
ベッドの上に放り投げたスマホを睨みつけながら、腕を組んで首を傾げる。
それにしても、だ。
なんで、俺のところにこんなものが現れたんだ?
どう考えても異常。どう考えても異質。
現代の技術を超えている。魔法か奇跡と言った方が自然だ。
それが、俺のようなただの凡人のもとに来た理由は?
俺のような普通の人間に、こんな超常的なモノを与えた理由は?
『偶然』とか『幸運』とかで片付けるのは簡単だ。
けれど、そうやって楽観視をしていると、後々酷い目に合いそうだ。
だから、考える。考える。考える……けど、悲しいかな、俺は何処にでもいる一般人。
超常現象を華麗に見抜いて解決なんて、出来るはずもなく。
「まっ、使えるならいいべ。何か問題あったら、その時はその時よ」
スマホを拾い、ボスンとベッドに倒れ込む。
あっはっは。とお気楽極まりない笑いを零し、俺は考えるのをやめた。
俺のようなどう頑張ってもモブCくらいにしかなれないような人間は、難しいことを考えずに、ただ成り行きに任せるのみ。
それでいいし、それしか出来ないのだ。凡人の悲しきサガってやつですよ。
考えたところで、ドツボに嵌って動けなくなるだけなのだから、結局は考えるだけ無駄なのだ。
「じゃ、残りのBPも振り分けちゃうかぁ」
そう呟く俺の声は、隠し切れない歓喜の響きを含んでいた。
この謎アプリが何なのか、俺には分からない。
これを使うことで、何か酷い目に合ったり、大変な問題が起きたり、最悪死んでしまうかもしれない。
けれど、そんなあからさまな異常に、わくわくしているのもまた事実。
平々凡々で極々普通。
山もなければ谷もない。そんな平坦な日常を過ごしてきた。
日常が嫌とは言わない。
そういう人生を送れるだけ幸せだと思うし、これ以上は高望みだと分かっている。
それでも、『非日常』というモノに対するあこがれは、俺の中に確かに存在していて。
『非日常』が、今こうして俺の手の中に転がり込んできた。
そりゃ、興奮の一つや二つ、しなけりゃ嘘ってもんだ。
アプリを操作しながら、こらえきれない笑みを漏らす。
こうして、よくわからないアプリと共に過ごす『非日常』が、幕を開けた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
何処でもない何処か。
全ての中心にして万物の果て。
天と地の間に位置する場所に、少年とも少女とも、子供とも大人ともとれる声が響く。
「さぁて、ついに始まった。始まってしまった」
「世界が終わる。星が死ぬ。全てが消え去る。……その、前段階」
「一応、準備はしたけど……どうかな? この世界の人たちは、迫りくる脅威に立ち向かえるのかな?」
「分からない。分からないけど……かけてみるしかない、か」
「それじゃあ頼むよ、この世界の人たち。頑張って滅びに抗ってくれ」
その声が意味することを、人々が知るのは、まだ先の話。
しかし着実に……【終焉】は近づいてきていた。
まだ続くんじゃー??