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フィリップがティファニーに夢中になってから、サムドラ公爵家へと呼ばれなくても「フィリップ様と約束してたのです」という理由でディアンテは公爵家に居座っていた。
その努力の甲斐もあり、公爵家の事業はすっかりと安定した。
「もう安心だ」とサムドラ公爵はでっぷりとした腹を撫でた。
そして公爵夫人やレミレもディアンテのことにはもう興味がないらしい。
ディアンテは暫くティファニーとフィリップの様子を観察していたが、どうやら順調に愛を育み盛り上がっている、
フィリップの希望により、着々と婚約破棄に向けての準備は進んでいるようだ。
(この調子でいけば卒業パーティーの後くらいには、絶対に婚約破棄を告げる筈だわ)
ディアンテは幸せな日々が戻る事を喜びながら、卒業パーティーまでの日を過ごしていた。
ーーー遂に迎えた卒業パーティーの日
フィリップがディアンテを迎えに来るわけもなく、ディアンテは一人で馬車に乗り込んだ。
気分が良かった事もあり、いつもよりは少し明るめなドレスを着ていた。
上手くいけばディアンテの我慢がもうすぐ報われる。
会場に着いてもフィリップの姿はない。
キョロキョロと辺りを見渡しても、やはり見当たらない。
ディアンテはドキドキと煩く音を立てる心臓を押さえていた。
(やっぱりティファニー様と中に居るみたいね‥いつ婚約破棄されるのかしら。贅沢を言うなら静かにして婚約破棄を告げて欲しいけれど‥)
次々にパートナー、または婚約者と共に会場の中へ入っていく卒業生達。
万が一、ディアンテが待っていなかった場合、フィリップは煩く騒ぐのでディアンテは影でひっそりと待っていた。
最後まで待っていたが、やはりフィリップは姿を現さなかった。
周囲に気づかれないようにススッ‥とディアンテは一人で会場に入る。
影の令嬢の名は伊達じゃない。
ディアンテは誰にも気付かれることなく会場へと入る。
始まりの音楽が鳴る。
ディアンテは目立たないように、壁際に隠れるようにして移動した。
(ふふっ、もうすぐ自由なのね‥!)
自らを落ち着かせるように胸元に手を当てて言い聞かせていた。
けれど、そんなディアンテの願いは簡単に打ち砕かれる事になる。
「ーーーディアンテ・アールトンは何処だッ!」
フィリップの声が会場に響き渡る。
そこにはフィリップと腕を組んでいるティファニーの姿があった。
(うわっ、最悪だわ‥!)
ディアンテは焦ったようにフィリップの元へ向かった。
これ以上、名前を叫ばれ続けたら堪らない。
派手好きのフィリップが考えそうな事だと思った。
けれど、こんなところで婚約破棄をされると思わずに、ディアンテは驚いていた。
(普通、卒業パーティーの最中に婚約破棄する!?‥なんて馬鹿なの!?)
ずっと目立つことを避けてきたディアンテ。
こんな騒ぎを起こせば必ず‥‥。
ーーーそんな時だった。
会場の真ん中‥。
絶対に関わってはいけない人物の後ろ姿が見えてしまった。
「‥‥ぁ」
ディアンテは目を見開いた。
正しくは、衝撃すぎて目が離せなかった。
何も変わらない‥あの時と同じ姿。
2人にはディアンテがショックを受けているように見えるのだろう。
そんなディアンテにニヤニヤと顔を歪めながら近づいてくる。
これが何を引き起こすのか‥‥ハッとしたディアンテは瞬時に判断する。
(まだ気付かれていない‥!大丈夫よ、落ち着いてディアンテ!!)
今、注目されて見つかってしまえばディアンテの努力は台無しだ。
どうやら人生最大の危機は、ディアンテの知らない間に迫ってきているようだ。
このままだと最悪の事態が起こってしまう。
ディアンテは急いで口元に指を立てた。
「しーっ!黙ってください」
「‥‥子爵家ごときが俺に指図するな」
「お願いします!今だけは静かに婚約破棄してくださいッ!!」
「はぁ!?何を言ってるんだ?今から婚約破棄を‥っ」
「わかりました、婚約破棄ですね!勿論、了承します!今までありがとうございました!慰謝料はいらないので2度と関わらないで下さい!さよなら‥!」