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ラシードがディアンテに優しく笑いかける。
穏やかなラシードはいつもニコニコしているのだが、魔導具研究とメロディが悲しんだ時だけはキャラが豹変する。
そんなギャップにメロディは惚れたらしく、2人はディアンテとフィリップとは違い、互いを想い合う素晴らしい関係だった。
「急かしたみたいでごめんね!さっき帰ってきたばかりでしょう?」
「大丈夫です、メロディお姉様」
メロディは艶やかな美人でマリアムの生写しのようだった。
妖精というよりは女神に近い。
ディアンテをいつも気にかけてくれる優しい姉である。
食事はいつものように和やかな雰囲気で進んでいった。
ディアンテがホッと胸を撫で下ろした時だった。
「そういえばディアちゃん、今日はサムドラ家でどうだったのかしら‥?」
マリアムの声に、ディアンテの肩が小さく揺れる。
「いつも、通りです‥」
「‥‥ディアンテ」
「はい、何でしょう?」
「‥‥私達が、何も知らないと思っているのかい?」
クレオの声にディアンテは息を止めた。
平然を装っているつもりだが、体は正直で食器がカチャリと音を立てる。
何とか誤魔化せると思っていたが、どうやら限界が来たようだ。
確信もなくディアンテに問いかける事もないだろう。
「何も、問題ないですから」
「ディアンテ」
「‥本当です」
「ディアちゃんが心配なの‥あんな悪い噂しかない公爵のところなんて‥!!」
「私達に何でも相談して‥家族だろう?」
クレオとマリアムの諭すような声にディアンテは手を止めた。
メロディとラシードが心配そうにディアンテを見ている。
ディアンテは視線を振り払うように顔を伏せた。
「ディアンテ、やはり‥王家に相談した方が」
「ダメですッ、それだけは‥!」
「どうして‥?私達には話せないこと?」
「‥‥もう少し、待っててください」
ディアンテは王家だけには関わらないように生きている。
学園でも細心の注意を払って過ごしているのだ。
ディアンテは絶対に目立たないように周囲に紛れて学園に通っている。
サムドラ家の人達に何をされても、ディアンテは家族を守るためならば、どんな事でも耐えてみせる。
クレオ達から見て、ディアンテの行動は不思議に見える事だろう。
サムドラ公爵家にされた事を相談すれば王家がディアンテを一時保護して、無理矢理結ばされた婚約も破棄してくれるかもしれないのに‥。
「アルフレッド殿下は優秀な方だと聞いたわ‥!今の状況を話せば力になってくれると思うけど」
「それだけは絶対に嫌なんです‥」
「ディア‥!私の事で無理しているのなら‥!」
「お姉様のせいではありませんし、何も問題ありませんから」
「でも‥」
「だが、ディアンテ‥このままでは幸せにはなれないぞ?」
"幸せ"
クレオの言葉が頭に響いていた。
ディアンテは皆を説得してから、そっと席を立った。
後ろ手で鍵を閉めてベッドに沈み込む。
フィリップと婚約破棄してしまえば、こんな苦い思いをしなくても済むが、ディアンテの力を知った後にサムドラ公爵は果たしてディアンテを手放してくれるだろうか。
それに家族を人質に取られてしまえば、ディアンテは何も出来ない。
確かに王家に相談すれば直ぐに解決出来る。
しかし王家には、どうしても相談したくない理由がある。
『もし、君と僕の瞳が‥』
鮮明に思い出せる言葉が頭に響くたびに心臓が煩く音を立てる。
けれどそれは開けてはいけないパンドラの箱だ。
ディアンテの目的は唯一つだけだった。
目立たずに、あの男の目に映らないままひっそり人生を終える事。
そうすればディアンテも皆も、平和に幸せに暮らす事が出来る。
一番は修道院がいい。
平民になったっていい。
平民の生活や修道院についてはバッチリ勉強済みだ。
ディアンテは野垂れ死ぬ事はないだろうが他の家族は違う。
クレオ、マリアム、メロディもラシードも大好きだし、本当は離れたくなどない。
ディアンテは皆の幸せを見届けながら生きていきたい。
そんな生活を夢見ながらディアンテはベッドに横になり、そっと目を閉じた。