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「‥っそれは、やめて下さい」
「‥はぁ?聞こえないなぁ」
「やめて下さい‥!」
「はっ‥それが人にモノを頼む態度か?」
「‥‥‥、お願いします」
フィリップはこうして敢えてディアンテが嫌がる事をしてくる。
無反応なディアンテが唯一、反応するのが家族の話だからだ。
怒りで震える手を握るディアンテを見てフィリップは見下したように言い放つ。
「なんで俺がお前の言う事を聞かなければならないんだよ!?」
「お姉様は愛する人が居ます‥なので、それだけは」
「この俺に指図するな‥!!」
ーーーバシャ‥!!
フィリップはディアンテが飲んでいた紅茶のカップを取ると、ディアンテの頭に紅茶をかけたのだった。
頭から首に掛けて流れる液体‥。
冷めた紅茶だったから良かったが、もし淹れたての紅茶だったらと思うとゾッとしてしまう。
フィリップは悪びれもなく「フン‥ッ」と吐き捨てて、何処かへ行ってしまった。
ディアンテは衝撃すぎて暫く動けなかった。
早く紅茶を拭き取らなければならないのに‥。
「‥‥」
(‥‥最悪だわ、本当)
ディアンテからポタポタと紅茶が滴る様子を見て、サムドラ公爵と公爵夫人は悲鳴を飲み込んだ。
「‥っ」
「デ、ディアンテ‥!」
「大変‥早く拭くものを」
ディアンテの様子に、呪われたらどうしようとでも思ったのだろうか。
珍しく焦った様子でタオルを用意するように侍女に指示を出す。
「‥レミレ、ドレスを貸してあげなさい」
「嫌よッ!私のドレスはディアンテには似合わないもの!お母様のドレスでいいじゃない!!」
「ディアンテは私より背が低いから‥」
「絶対に嫌よ‥!地味なのがうつるじゃない!」
「し、しかし、このままで帰す訳には‥!」
どうやらレミレはディアンテが馬鹿にされ過ぎている為、ディアンテが年上という事実すら忘れているらしい。
フィリップの態度を見て、レミレもディアンテを馬鹿にするという事を覚えて最近ではこの調子である。
そもそもレミレと同じくらいの背丈でも、レミレのドレスはバストもウエストも全て大きすぎる。
レミレはそんな事にも気付かないのか、嫌だ嫌だと繰り返す。
「‥わたくしの事は、どうぞお構いなく」
ディアンテは公爵と夫人の申し出を断ると静かに立ち上がる。
蓬色のドレスには紅茶が滲んでいるが目立つものではない。
帰ったら侍女のリサに手を回してもらい、すぐに隠せばいいだけだ。
「ディアンテ‥こっ、この事は不慮の事故だった!わかるか?」
「勿論、サムドラ家を呪ったりはしないわよねッ!?」
因みに御伽噺には裏話もつきもので、アイネは幸せを与えるが同時に呪いをもたらすと言われている。
それは相手を惑わして悪夢を見させ続けるとか、心を奪われて呪い殺される等々、色々な話がある。
その本当の意味を知っているのはディアンテくらいなものだろう。
自分の保身の為とはいえ、そこまで回る頭があるのなら少しは息子と娘の教育方法を考えて欲しいと思ったディアンテであった。
「アハハハ!お父様、お母様何言っているの!?そんな昔の言い伝えなんて誰も信じてないわよ? 」
「レミレッ!!いい加減になさい」
「だってアールトン家は金髪蒼目でしょう?ディアンテは1人だけ全然似ていないものっ!本当に妖精の血なんて流れているの?」
「‥‥」
「それに1人だけ、こんなに違うなんておかしいわ‥!事業が上手く回り始めたのだって偶々なんじゃない?」
焦る公爵達とは違い、レミレは当然だと言わんばかりに笑いながら言葉を吐き出した。
ここまで無神経だといっそ清々しい。
「ごめんなさいね、ディアンテ‥!」
「はい、大丈夫です。そう言われるのは慣れていますから」
「‥‥そ、そうか」
「その代わり‥」
「‥っ」
「アールトン家には何もしないでくださいね?でないと‥」
ディアンテの脅しともとれる言葉にサムドラ公爵は顔を青くしてコクコクと頷いた。
「‥っ、もちろんだ」
「宜しくお願い致します‥‥本日はこれで失礼致します」
「あ、あぁ」
「き、気を付けて‥」
「‥‥はい」