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フィリップと婚約してもうすぐ2年になる。
フィリップの駄々によって、直ぐに破棄されると思っていた婚約は、サムドラ公爵と夫人によって意外にも長続きしている。
以前、サムドラ公爵家は莫大な財産を持っていた。
権力と金に物を言わせて自分達の思い通りにする事で有名だった。
フィルズ王国において、サムドラ公爵家の評判はあまり良くはない。
ディアンテと婚約する前、事業に失敗したサムドラ公爵はそれを立て直そうと躍起になっていた。
かなり追い詰められていたのは社交界で有名な話だった。
そんな時、藁にもすがる思いでアールトン家に婚約を申し込んできた。
サムドラ公爵の目的はアールトン家に伝わる妖精の力だ。
どこで調べ上げたのか、サムドラ公爵家はそれを知っていた。
妖精アイネは幸せを呼び寄せると言われるからだ。
はじめは断っていたクレオとマリアムも、サムドラ公爵家相手に断り続けるわけにもいかなかった。
公爵家が望んだのはアールトン家の娘。
メロディには愛するラシードがいる。
そんな2人を引き離すことはしたくなかった。
メロディを守るためにはディアンテが行くしかなかったのだ。
学園には通わず、修道院に行こうとしていたディアンテにとってはフィリップとの婚約は予想外の出来事であった。
そしてサムドラ公爵は嫌がるディアンテを学園へと通わせた。
何故かと言えば、体裁の為だそうだ。
ディアンテは従うしかなかった。
2年間でその効果は十分に出ているらしくサムドラ公爵だけは、とても喜んでいた。
しかし、他の家族達は偶然ではないかと疑っているようだ。
ディアンテとフィリップの初めての顔合わせの際、現れたディアンテに対してあらかさまに嫌そうな態度をとっていた。
フィリップはアールトン家と聞いて、金髪蒼目のメロディやマリアムのような華やかな美女を想像していたようで、フィリップはディアンテを見て、思いきり顔を顰めて重い溜息を吐いたのだった。
そして思春期真っ只中のフィリップにとっては地味すぎるディアンテは婚約者として不満らしい。
学園に居てもディアンテはフィリップのせいで憂鬱だった。
学園に入った時は普通に友達も出来て、楽しく過ごしていた。
けれどフィリップがディアンテにわざわざ嫌がらせに来るという悪夢が始まったのだ。
ディアンテだけならばいいのだが、ディアンテの友達すら悪く言うフィリップに愕然とした。
フィリップは「地味同士お似合いだ」「趣味が悪い」などとディアンテの友達を容赦なく攻撃したのだ。
ディアンテの友達は気にしなくてもいいと言ってくれたが「迷惑を掛けたくないから」と今は距離を置いてもらっている。
学園の休みに子爵家に来てもらい、お茶をするのがディアンテの唯一の楽しみだった。
フィリップは事あるごとにディアンテの愚痴を周囲にばら撒いている。
男の立て方を知らない。
話していても詰まらない。
愛想が無さすぎて困っている。
フィリップの自慢話を詰まらないと思っているのはディアンテも同じなのに……。
それとディアンテが婚約者だと自慢できないだとか、ディアンテと婚約した事が間違いだったと、いつも言っている。
何度でも言おう。
ディアンテが婚約したくてした訳ではない。
家族を守るためとはいえ、こんな窮屈な思いをする羽目になるとは思わなかった。
どうにかしてフィリップに婚約破棄をしてもらいたいところだが、この調子であれば婚約破棄までは時間の問題だろう。
我儘なフィリップはこれ以上、我慢出来るわけがない。
「わたくしは、婚約破棄をして頂いても大丈夫ですけど‥」
ボソリと呟いたディアンテに対して、フィリップは苛々した様子でディアンテに掴みかかる。
「何言ってるか聞こえないんだよ‥この根暗女ッ!」
「‥‥」
「‥もう一度言ってみろ」
「‥‥何でもありません」
「父上がお前が居ればサムドラ公爵は安泰だというから婚約してやっているのに何だその態度は‥‥あぁ、そうか、今からお前の姉と婚約してやろうか?」