14.過去②
ーーーあれから数年経った
フィルズは暇があれば妖精の森へと足を運んだ。
そんなフィルズは周囲から変わり者と呼ばれていた。
結婚もせずに、フィルズはあの少女に焦がれて森へと通う。
あの少女に助けられた場所まで行ってから、独り言のように少女に向けて語っては夕陽と共に家へと帰る。
誰かがフィルズに言った。
「お前は妖精に魅入られた」のだと。
けれど、あの時の少女と出会う事は無かった。
周囲の目もあり、ここに通うのも限界だった。
「もう二度と、君に会う事は出来ないんだね‥」
両親が結婚相手を決めろと煩く、逃げ続ける事は出来なかった。
「‥‥死ぬまでに、君に会いたかったな」
そう言って、重い腰を上げた時だった。
今日で此処に来るのも最後にしようと思っていたのだ。
「ーーー死ぬの?」
「‥!!?」
耳を澄ませなければ聞こえないほどの小さな声だった。
けれど、あの時の少女の声だとすぐに分かった。
フィルズは必死に少女を探したが、少女は何処にも見えなかった。
「僕は、まだ死なないよ‥」
「‥‥」
「今日は、お別れを言いに来たつもりだった」
「‥‥」
「でも、もし君に会えたら伝えたい事があったんだ‥!」
「‥‥」
「どうか、僕と‥」
フィルズは次に少女に会えたら言おうと決めていた。
返事が貰えなくても良かった。
でなければ一生、後悔すると思った。
「僕は何もかもを捨てて、君と歩みたい‥!!ずっと君の事が好きだった!!」
彼女の手を放してしまった事を、ずっと後悔していた。
「何度も諦めようと思ったでも無理だった‥‥君の事がどうしても忘れられないんだ!!」
ーーカサッ
フィルズの声に反応する様に、草が動いた。
フィルズは急いでその場所に向かった。
草を掻き分けると‥。
そこには、あの日と何も変わらない姿の少女が立っていたのだ。
「ーーやっと会えた」
フィルズの頬に涙が零れ落ちた。
再び少女に会えた喜びで胸が熱くなった。
フィルズは少女をずっと、ずっと抱きしめていた。
名前を聞くと、少女は小さな声で「‥アイネ」と呟いた。
*
フィルズは街を出た。
そして、アイネも森を出た。
2人は手を取り合って、遠い遠い村でひっそりと暮らしていた。
毎日がとても幸せだった。
そんな2人の元に次々に舞い込む幸運。
十数年後にはフィルズは国を建国した。
けれど国が大きくなるにつれて、幸運の妖精アイネの存在を巡って争いが起きた。
アイネの姿はずっと変わらない。
それにアイネの美しすぎる容姿は全てを惑わした。
周囲にそれがバレるのに時間は掛からなかった。
このままではいけないと思った時には、もう遅かった。
アイネは、やっと皆が言っていた言葉の意味を理解したのだ。
泣き続けるアイネをフィルズは懸命に励ました。
アイネはこのままではいけないと思い、フィルズの元を去る決意をする。
けれど、そんなアイネをフィルズは閉じ込めた。
フィルズはアイネを守るためなら、どんな事でもやった。
アイネを巡って沢山の血が流れた。
徐々に愛に狂っていくフィルズを見ながらアイネは涙を流した。
フィルズの愛情と執着は、周囲が止められない程に異常だった。
アイネにはフィルズがこれ以上、悪く言われる事は耐えられなかった。
そして、アイネはフィルズに魔法を掛ける事にした。
それは禁断の魔法‥アイネとの記憶を封じることだった。
これ以上アイネがフィルズの側に居たら、フィルズは己の身を滅ぼしてしまうと思ったからだ。
アイネはフィルズの幸せを心から願っていた。
アイネと共にいた事で全てが狂ってしまった。
もしあの時、アイネが姿を見せなければフィルズは幸せに暮らせていたのかもしれないのに‥。
アイネはフィルズに何も告げずに魔法を掛けるつもりだった。
その日の夜‥‥何も知らない筈のフィルズは魔法を掛けられて強制的に眠りにつくはずだった。
けれど、フィルズは必死にアイネの魔法に抗った。
アイネはフィルズの手を握りながら更に力を込めようとしたが、フィルズの苦痛に歪む顔にアイネの手が止まった。
フィルズはアイネの頬に、そっと指を滑らせながら必死に訴えた。
「1つだけ、お願いがあるんだ‥」
「‥‥」
「もし君と僕の瞳が‥もう一度交わる事があったら」
「‥っ!」
「この記憶を思い出させて‥?」
アイネは静かに首を振った。
「お願いだ、アイネ‥‥愚かな僕の願いを叶えてくれ」
「‥‥もう、全て終わりにしましょう?」
「今度は、絶対‥間違わない‥っ!!」
「‥っ」
「約束する‥!だから‥っ」
ポロポロと流れる涙をフィルズの指が優しく拭う。
アイネはフィルズの手の上に自らの掌を重ね合わせた。
「‥‥‥また君の事を、愛してもいい?」
「‥ッ、フィル」
「愛、してるよ‥‥アイ、ネ‥‥‥」
フィルズの手がパタリとベッドの上に落ちた。
アイネはその場に崩れ落ちた。
「‥‥ごめん、なさい」
朝日が昇るまでアイネはフィルズに寄り添っていた。
そして、フィルズの手を離して静かに部屋を出た。
時が過ぎ、フィルズは何事も無かったかのように他の人と結婚して、子供が産まれた。
立派に国を治めて、そして老いていった。
アイネは幸せそうに微笑むフィルズの姿を、最後まで見届けた。
(良かった‥)
羨ましかった‥フィルズと共に同じ時間を歩んでいけたのなら、どんなに幸せだっただろうか。
禁忌を犯したアイネの力は、殆ど残っていなかった。
アイネは、もう妖精の森へ帰ることも出来ない。
国の端、森に囲まれた場所で‥‥アイネはアールトン家の元へと辿り着いた。
そこで、金髪蒼目の女の子が病で息絶えた。
アイネは最後の力を使って、その女の子に命を吹き込んだ。
(‥‥愛してるよ、フィルズ)
あの時、告げられなかった言葉。
また巡り合うことがあったら、貴方の側で‥‥
そしてフィルズの周囲の人々によって、妖精アイネとフィルズの話は御伽噺として脈々と受け継がれていった。