12
「‥‥‥ッ!!」
アルフレッドは頭を押さえて、床に膝をついた。
「ぁ、‥ッ」
ディアンテは口元を押さえた。
『ーーーー愛してもいい?』
蘇る最後の記憶。
あの時の言葉と苦しい想いだけは心に刻み込まれていた。
アルフレッドが頭を押さえながら顔を上げた。
あの時と同じオレンジ色の瞳がディアンテを捉えた。
その瞬間に起きてはならない事が起こってしまったのだと気付く。
ディアンテが急いで立ち上がり、ドアから出ようと手を伸ばした時だった。
ーーーガンッ
「アイ、ネ‥?」
もう、二度と呼んでもらえないと思っていた名前‥。
激しい音と共に、アルフレッドがディアンテを壁に押し付けた。
アルフレッドと壁に挟まれたディアンテは目が合わないように必死に首を背けた。
アルフレッドは震えるディアンテの手を取って、優しく唇を寄せる。
以前よりも強くディアンテを求めているようだった。
アルフレッドの表情に胸が締め付けられる思いがした。
触れる指先と唇から伝わる熱。
ディアンテを映す夕陽のような瞳は、愛おしそうに細められた。
小さく首を振るディアンテをアルフレッドは優しく抱きしめた。
ディアンテの名前を『アイネ』で呼ぶこの男‥‥アルフレッド、いや『フィルズ』と言った方がいいのだろうか。
この男と関わらないようにする為にディアンテは必死に己を隠してきた。
全ては『フィルズ』の幸せの為に‥。
「また君に会えた‥‥アイネ」
「わ、わたくしディアンテ・アールトンと申します」
「‥‥」
「アイネではありません‥人違いではないでしょうか?」
ディアンテが言うと、アルフレッドはディアンテにグッと顔を近づけた。
その瞳は優しくディアンテを映し出す。
「君と目が合った瞬間に全てを思い出す事が出来た‥僕の願いを叶えてくれてありがとう」
「‥‥っ!!」
アルフレッドの重みのある言葉にディアンテはドレスをギュッと握り込んだ。
ディアンテには『アイネ』の記憶があった。
そしてアルフレッドは先程『フィルズ』の記憶を思い出した。
フィルズ王国に伝わる御伽噺は本当にあった話だ。
内容は所々違うが、その時フィルズはアイネに、ある事を願った。
けれどそれはフィルズの幸せを守るために、叶えてはいけない願いだった。
もし、フィルズの瞳とアイネの瞳が重なったら‥‥
アイネとの記憶が再び蘇る。
その血と記憶を最も濃く受け継いだ先祖返りのような存在がディアンテ。
そしてアルフレッドもまた同じで、容姿から何からフィルズの全てを受け継いでいた。
それが何を意味するのか‥。
アルフレッドを一目見た時から分かっていた。
だから今までフィルズの瞳に映らないようにしていた。
またフィルズが狂ってしまうのかと思うと気が気ではなかった。
「やっと君に触れられるんだね‥‥あれから、君に謝りたかった」
「‥‥」
「本当にごめん‥僕のせいで君に苦しい思いをさせた」
「フィルズ‥」
アルフレッドは唇を噛み締めて肩を震わせた。
「‥‥また君に会える日をどんなに待ち望んでいたか」
「やっぱり、駄目だわ‥!また貴方が不幸になるかもしれない」
「いいや‥ならない。全て僕の所為なんだ、アイネの所為じゃない」
「っ」
「今度は絶対に間違わない‥そう誓うよ」
「嘘よ‥」
「きっと君を幸せにする為に生まれ変わったんだ‥!ずっと君と出会える日を待っていた‥‥今ならハッキリと分かる」
アルフレッドの手は、もう二度と離すまいと必死にディアンテを抱きしめていた。
(これで、本当にいいの‥?)
自分の選択がまた間違えていたら‥。
ディアンテは先程から放心状態だった。
今まで積み上げてきたものが一瞬のうちに崩れ落ちた為、まだ理解が追いついていなかった。
急な再会にディアンテはどうすればいいのか分からなかったのだ。
アルフレッドが幸せに暮らす為にはディアンテと出会ってはいけなかったのではないか。
だから必死に我慢していたのではないのだろうか‥?
「でも‥!」
「絶対に君に辛い思いはさせない‥!」
「‥‥ッ」
「もう一度だけ信じて、ディアンテ‥」
「‥アルフレッド」
ディアンテとアルフレッドの瞳から涙が零れ落ちた。




