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ーーーフィルズ王国
ある森で禁忌を犯して1人の男性を助けた妖精がいた。
その妖精はこの世のものとは思えないほどに美しい姿を持っていた。
その妖精に恋をしたのが初代フィルズ王だった。
フィルズは妖精の為に国を作り、その妖精を死ぬまで愛し続けたという御伽噺があった。
それは綺麗に彩られた幸せの物語だった。
ーーーけれど、ある老婆はこう言った。
それは語り継がれてはいけない裏の物語。
その妖精は"アイネ"と呼ばれていた。
けれど意図せず全てを惑わして争いを生んだ。
妖精は自由を奪われて閉じ込められた。
その妖精を閉じ込め愛でたのがフィルズ王だった‥と。
*
地味、無表情、愛想無しの子爵令嬢ディアンテ・アールトン
そんなディアンテがサムドラ公爵家で、お茶をしていた時だった。
「もう我慢出来ない‥ッ!何故こんな面白味のない女が俺の婚約者なんだっ!?」
「‥‥」
「もっと美しく華のある御令嬢だったら良かったのに‥!本当にアールトン家の血を引いているのか!?」
バンッ‥とテーブルを思いきり叩く音。
紅茶のカップが大きな音を立てて、溢れた液体が真っ白なテーブルクロスに染みを作る。
「こんな地味で無表情で愛想がない女と結婚なんて無理に決まってるッ!!」
イライラした様子で叫ぶフィリップを止めるように侍従達が前に出る。
(其方から婚約を申し込んできたくせに‥)
よほどサムドラ公爵家の侍従や侍女達の方が自分の立ち回り方を理解している。
すぐに割れたカップを下げてディアンテに怪我はないかと声をかけるのは、いつもディアンテを気遣ってくれる栗毛で可愛らしい顔をした侍女だった。
そんな気遣いを無にするがごとく、フィリップは今にもディアンテに殴りかかりそうな勢いである。
ディアンテは、もう何度目か分からない溜息をついた。
フィリップの癇癪はいつものことだ。
思い通りにならないことがあると、こんな調子で駄々を捏ねる。
(さっさと婚約破棄をしてくれればいいのに‥)
ディアンテはそう思っていた。
騒ぎを聞きつけて公爵や公爵夫人、そしてフィリップの妹がやってくる。
「もう嫌だッ‥限界だ!今すぐ子爵に婚約破棄の手続きをお願いしてくれ」
「しかしフィリップ‥!こんな地味で無表情で愛想がなくとも、アールトン家の血を引いてる貴重な存在なんだぞ!?」
「‥‥こんな女なんて知っていたら婚約などしなかったのに!!」
「こんな地味で可愛くないディアンテにも‥‥探せば良い部分もあるわ!!きっと」
「もう限界だッ!!」
「お兄様、諦めるのはまだ早いわ‥!公爵家の為よ!」
上からサムドラ公爵、公爵夫人、フィリップの妹のレミレ。
ディアンテが此処にいることは忘れているのだろうか。
それでもディアンテは、ひたすら耐えるしかなかった。
影響力を持つ公爵家に意見する事など出来はしない。
そして発狂しながらディアンテの悪口を言いまくるフィリップ・サムドラ。
サムドラ公爵家の嫡男であり、ディアンテの婚約者である。
公爵はでっぷりとした腹を撫でながら困惑した表情を見せる。
そしてそのサムドラ公爵と瓜二つな妹のレミレ。
レミレは自分の方がディアンテより優れており、自分の方が美しく、女として優れているとディアンテに常にマウントを取ってくる始末。
サムドラ公爵はディアンテが何も言わない事をいい事に、ディアンテにベタベタと触れてこようとする。
ディアンテは何よりもその事が嫌だった。
タイミングよく侍女が来てくれるので助かっているが、なるべく2人きりにならないように気をつけている。
フィリップを甘やかしまくる公爵夫人は、息子がいかに可哀想なのかをペチャクチャと周囲に言いふらしている。
けれどアールトン家の噂が怖いのか、直接ディアンテに何かをすることはない。
フィリップと公爵夫人との繋がりは強固‥‥つまりフィリップはマザコンである。
ディアンテだって、こんな家に絶対に嫁ぎたくなどない。
こんな家に嫁いだらお先真っ暗だ。