第70話「起こる悲劇と絶望の始まり」
◇
カランカランと音を立てて俺はバー『SHINING』に入る。時刻はまだ昼で営業はしていない。俺は客では無く関係者のようなもので自然に入ると既にアニキとサブさんが既に居て、レオさんと竜さんが今日は来れないらしい。
「おはようございます。今日は三人っすか?」
「ああ、サブにはさっきまで地下で色々とデータ収集してもらってたんだが、例の事件、ここ最近は動きがパタリと止んだらしい」
恐らくは七海お嬢たちの仕業だろう少なくとも夏休み中は大丈夫なんだと思う。しかし誘拐事件なんてあの人たちと関係あるのだろうか?
「それなのだが勇輝殿、まだ一部の人間なのだが戻って来たそうだぞ?」
「なっ!? マジかよ……どうなってんだ!!」
「調査中としか言えんのである。だが今回ので空見澤市の警察署内でも対立が起きていて、さらにもっと上、県警なども動きが有るとアキ殿からメールが」
そう言ってfrom Akitoとメールボックスに入ったメールを見せてもらうとかなり詳細な会議の情報が要約されていた。
「アニキ、これって、話を聞いたってレベルじゃないっすよ。捜査資料の流出とか、さすがに……」
「ああ、だから俺ら三人で覚えた後は全部廃棄だ。今までは俺とサブだけで覚えてた。お前は他二人と違って夏休みだし、頼むぞ」
「分かりました……にしてもこれって協力者の刑事さんすよね? ア、キトさん?」
「ああ、俺らはアキさんって呼んでる。前に話したゲンさんの相方で若いって言っても三十代で俺らよりは年上の刑事さんだ。確かもう警部補だったはずだ」
そんなに早く昇進しているならキャリアと呼ばれる人間なのかもと考えて俺は別な事も考えていた。俺を救ってくれた人と同じ名前だと、俺を中学の頃に救ってくれたのがアニキなら、小学校の時に俺のイジメに気付き強引な方法で俺を助け最後は学校まで辞めてしまったのが工藤彰人先生だった。今はどこで何をしているのだろうか? いつか会えたら狭霧と二人でお礼を言いに行きたい。
「おい、シン? どうした?」
「あ、すいませんアニキ、少し考え事を……」
「勇輝殿、どうせまた狭霧《《姫》》のことでも考えていたのであろう」
「狭霧《《ひめ》》って……なんすかサブさん?」
あいつは一応は外見は昔もそれなりだったが今は一応は学院でも人気だし、ブロンドの髪に碧眼で見た目は外国のお姫様と言っても違和感は無い。それだけ美人に成長したし、だけど中身は昔通りだし……って何を考えてんだ俺。
「金髪、微ヤンデレ、おまけに幼馴染とかもはや属性のオンパレードで、ま・さ・に、姫であろう!! だから姫の称号を授けたのだよ信矢氏!!」
「はぁ、ま、良いすっけど……昔そう言ったら照れてましたし」
「既に使っていた……だと、さすがは生まれながらの主人公体質……吾輩少し信矢氏の事を甘く見ていたのであるよ」
一応はあいつと会った初めての日に第一人格のあいつが『お姫様みたいだ』とか抜かしやがった。あの時に見たのは本当に可愛かった……ってだから俺は何を、集中しなけりゃいけねえのに困ったもんだ。後で電話でもして説教するか。
「それより信矢……竹之内を狙っていた例のナンパ野郎のチンピラ崩れだが元筋者だったぜ」
「それって……ヤクザ、暴力団って事ですか?」
「みたいだ。名前は『蛇塚組』って言って、日本で一倍でかい暴力団の三次団体らしい。俺も知らなかったがこの地区一帯は奴らのシマって事らしい」
暴力団まで入ってくるなんて、せいぜいがチンピラ崩れが女子供を攫って無理やり売春でもさせてるのかと思っていたら思わぬ大物が出て来た。それ以上に新しい疑問も湧いてきた。
「でもそれって変じゃないですか? 三年前にそんな連中、影も形も……」
「俺らが戦って最後はお前がトドメを刺した須藤、覚えてるか? あいつらの組織を操っていたのがこの蛇塚組らしい」
「ほう、つまり三年前に吾輩の情報網ですら上回っていたと……我もまだまだであるなぁ……」
「ああ、サブさん。それなんすけど実は俺がバックドアみたいな感じで――――」
実はサブさんだけは海外に居たのも有ってあの当時の詳しい話をしていなかったから狭霧だけでは無くて千堂グループまで裏で手を回していた事を知らないでいた。だからその辺りも俺が改めて謝罪と説明をした。
「ふむ、なるほど、かのグループのそれも二人の天才児なら我が逆立ちしても勝てぬのは道理……か」
「二人? そりゃ奴は……仁人のおせっかい野郎は天才ですけど……」
「何を言っている信矢氏、弱冠高校三年で千堂グループの一部事業を任されていて、さらには片手間に婚約者の実験の手伝い、その全てを担っている人間が天才と言わず何と呼ぶ?」
確かに言われてみればそうだ七海お嬢も普通の高校生の範疇を逸脱している。学院での権力者っぷりと資金力に目を向けがちだが、そもそも、あの天才で変人と渡り合っている時点で充分に天才の範疇じゃないか。
「ま、今は天才だろうが金持ちだろうが関係ねえよ。須藤の『血の蛇』のバックに奴らが居た。覚えて無いか? 須藤以外はこの街から逃げたって話を」
そう言われれば半グレ集団の血の蛇には他にも幹部が居たのに須藤以外は尻尾を撒いて逃げ出した。言わば血の蛇は壊滅していない、むしろ親玉を連れて戻って来たと言う事なのかもしれない。
「こうなると本格的に俺らの手に負える案件じゃねえ。今日来てない二人やそのツレにも、後はお前の学校でも注意するように言うしかねえ」
「昔のように無茶は出来ない……って事っすか?」
「ああ、サツには色んな意味で世話になった。それにゲンさんやアキさんの好意は無碍には出来ないしな」
そう言うと一応は自衛のために情報は集め、この空見澤での変化に目を光らせるけど昔のように介入はせず警察に協力するだけとなった。その後はバーの掃除とかを少し手伝って俺は家に帰る。二人はまだ残るらしいが今日は順調なら狭霧が準決勝のはずで、どうせ今夜も電話がかかって来るだろうから待機しなくちゃいけない。
◇
少し疲れていたのか家に帰って眠っていたようで気付けば私に切り替わっていたので眼鏡をかける。別に彼に切り替わっても今さら実害は無いのだが最近は学院に行かないので行動的な彼に任せてしまっている。
「そう言えばもう、おやつの時間ですか……そろそろ狭霧の試合も終わった頃か?」
そうやってスマホを見ると通知が二件、電話が来ていた。全て狭霧だった。十件って多いなと思いながら三十分前から来ていた履歴を見る。通話一件、通話一件……それにアプリにもメッセージが有る。
【急いで連絡して】――――20分前
【狭霧じゃなくて優菜ですバスケ部の、急いで】――――18分前
どう言う事なのだろうか? このメッセージの後はスタンプで急げとかハリーアップとかそう言う系統のものばかりだった。何か狭霧がやらかしたのか? もしかしたら泣いて皆に我儘でも言って私を呼び出そうとでもしている可能性すら有り得る。しかしそれなら狭霧のスマホを使っているのはどうしてか?
「緊急事態でしょうか?」
色々と考えながら電話をした方が早いと考えて通話ボタンを押す。やはりこれは狭霧のスマホを佐野さんが使ってメッセージを送っていると言う事なのだろうか? 少しの不安とそれ以上の好奇心で私は通話ボタンを押す。三コール目で繋がった。
「もしもし、狭霧? 冗談は――――」
『副会長!? 繋がった!!』
やはり通話の相手は聞き慣れた相手では無かった。この声は聞いた事が有る。誰だったか思い出せない。
「え? その声はえっと……たしか……」
『井上!! 井上凛!! バスケ部の!! それより副会長!! タケが!?』
「狭霧がどうしたのですか?」
明らかに切羽詰まった声に私は動揺していた。この時点で緊急事態だ。
『狭霧が、車に轢かれた!!』
「え? 今、なんて言いましたか?」
『車が突っ込んで、私を庇って――――『代わるからっ!?』
電話が変わったようで今度は幾分か落ち着いた声に変わった。相手はいつもの二人の一人だからスマホで連絡をくれた佐野さんだろう。
「佐野さんですか? 狭霧が轢かれたとは!?」
『トラックが突っ込んで来て、凛を庇って、今は空見澤中央病院の――――』
それだけ聞くと私はすぐに部屋を飛び出した。スマホは通話中のままだが、私は急いで部屋を飛び出していた。
「ちょっと信矢!? どうしたの!?」
「狭霧が!? 病院に!! 後で連絡しますっ!!」
母さんにそれだけ言うと庭の隅に置いてある普段は使わない自転車を引っ張り出し近所の総合病院に急いだ。幸い家からは十分なので自転車だと更に早く到着出来る。
◇
自転車を病院前に乗り捨てると、そのまま正面入り口から中に入る。見ると制服を着た一団が居た。
「はぁ、はぁ……失礼、涼月学園のせい……と、ですか?」
「あ、副会長!! 良かった!!」
「あなたは……女バスの部長」
そこには女子バスケ部の部長だけでは無く、お馴染みのメンバーが居た。何人かは泣いている。そして当然のようにその中に狭霧は居なかった。
「状況は?」
「ごめん、副会長……あたしを庇って……」
相当に動揺しているこの間カラオケに行った時は勝気なイメージだっただけに憔悴してるのが良く分かる。
「それは聞きましたよ……井上さん。何があったのですか?」
「私が話します副会長」
「佐野さん。助かります」
そこで隣で一番冷静だった佐野さんに話を聞く。この中では冷静だったがそれでも説明はたどたどしかった。
「なるほど、試合後に皆で会場の近くで居たら突然、軽トラが突っ込んで来た……なるほど……」
「体育館の裏の駐車場でさ、準決勝に勝って赤音ちゃんが来るまで自販機の前でジュース飲んでて……そこにいきなり」
どうやらここに居るメンバーはそこに居合わせトラックを避ける際に軽傷、膝を擦りむいたり。足を捻ったりしたらしい。そして井上さんにぶつかる直前に狭霧が突き飛ばして助かったそうだ。
「そう、ですか……つまり庇った狭霧は直撃したんですか?」
「それが……飛ばされた後に少し車に引きずられて、足が……」
「足っ!? なら頭や心臓は!?」
こう言ったらあれなのだが足なら出血多量で無い限りは余程深刻な状態でなければ生きている可能性は高い。やはり問題なのは頭や心臓などの各種臓器へのダメージだからだ。
「分からない。ただ車が逃げようとして大通りでさらに追突事故起こして……」
その後、足から血を流しズタズタになった状態のまま止血をしていた赤音先生や軽傷だった他のメンバーは運ばれたらしい。残った副部長や上級生は、もう一人の引率の顧問と今も現場に居るそうだ。
「シンくん!?」
「あ、奈央さん!? こちらですっ!!」
話を大体聞き終わったタイミングで聞き覚えの有る声が響いた。スーツ姿で髪はだいぶ乱れているが間違いない狭霧の母の奈央さんだ。
「え? 副会長……えっと誰なの?」
「狭霧のお母さんです!! こちらへ!!」
「ふぅ、助かったわ。職場へ連絡来て焦ったわ……それで、狭霧は!?」
「顧問の先生が付いてくれているようですが、私も今ここに着いたばかりで……」
簡単な事情を説明すると、女バスの面々と会うのは初めてだったようで挨拶したり話を聞いたりしている。いきなりの保護者登場に驚いているが狭霧の両親は過保護だったから当然来るだろうと思っていた。そう思って母さんにも声をかけたのだから。何かしらのアクションは起こしたはずだ。母さんはそう言う人間だ。
「みんな~……あ、副会長くん……それとそちらは竹之内さんですか?」
「はいっ、先生、それで狭霧は……?」
「えっと……ごめんね、副会長くん。ご家族の、お母さんだけ来て頂けると」
そう言って付いて行こうとすると赤音先生は至極もっともな事を言っているので私も待とうとしたら奈央さんが待ったをかけた。
「すいませんがシン君も連れて行きます!!」
「「えっ!?」」
「えっと、でも家族だけでと、お医者さんにも――――「この子は狭霧のフィアンセみたいなものですから実質家族なので問題有りません!!」
え? いや、幼馴染で今は偽装の恋人……とか思っていると奈央さんに腕を掴まれて連れて行かれてしまった。そして処置室の前に着いた。この中に狭霧が居る。怪我は足だけと言っていたが果たして大丈夫なのだろうか?
例え彼女がどんな姿になろうとも全力で支えなくてはいけない。そう思って私はドアを開いた。
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