第68話「重なる事件、悲劇へのカウントダウン」
◇
夏休み、それは学生生活の中でも甘美でそして中毒性のある時間。それが間近に迫っているのだが当然ながら最後の関門も有る。それが期末テスト、場所によっては定期考査など呼び方は様々だが要はテストだ。
「今回も、つつがなく負わしましたね……」
四時間目の終わりのチャイムが鳴るとフッと息を吐く。本日はこれで終了で明日はテスト二日目で我が校のテストの日程は三日間だ。そのままHRが終わると私はカバンの中に教科書やノートをまとめて席を立った。そして狭霧の教室に向かう。
「失礼します」
やはり他クラスのしかも他学科の教室に入るのは少しだけ緊張する。声をかけると周りが一斉にこっちを向く、だがそれよりも気になったのは机で唸っている狭霧の様子だった。おんぶをして帰ってから十日が経っていたが、あれから送り迎えは毎日していて今朝も問題が無かったはずだが再発でもしたのだろうかと声をかけるとゲッソリした表情で彼女はこちらを見て言った。
「信矢ぁ……ふくそすうって何?」
「はぁ、心配して損をしました……」
「私、頭がパンクしそうだったよ」
「部活も大事ですが勉強も……あなたは特待生ですから成績が多少悪くても問題は無いでしょうが……今日も部活は無いのならさっさと帰りますよ」
そう言って、いつもの二人に挨拶して狭霧と帰宅する。足の方は違和感は無いとのことでそのまま今日は私の家で昼を食べて行くとのことだ。小学校までは当たり前だった、そんな日常が戻って来た。
「ふむ、喜ばしい事ですね……」
「ん? ど~したの? 信矢?」
「何でもありませんよ。明日のテストも気合を入れようと思っただけです。良ければ勉強を教えましょうか?」
今日は苦手な数学で燃え尽きたと言っていたが明日は現文や化学だったはず、化学の暗記くらいならコツを教えるのも悪く無いと思ったのだが狭霧はお気に召さなかったようだ。
「えぇ……でも私は、特待だから赤点取っても少しなら大目に見てくれるからさ」
「その慢心は命取りなのですが……さすがに0点なんてのは問題です。テスト範囲を教えて下さい最低限はやりますよ」
「うぅ、信矢の部屋に行けるようになったのは嬉しいけど勉強は嫌だぁ~!!」
こうして残りの日程の二日間は放課後は我が家で勉強、そして夕方に家に送ると言う健全な高校生生活を送っていた。そして季節はいよいよ夏本番。テスト返しで私は学年一位を死守し狭霧は職員室に呼び出されていた。廊下で待っていると今回は一人だけ呼び出しを食らったらしくションボリしていた。
「どうでしたか?」
「隆杉先生に分からない解答欄に I can't speak English. って書くなって言われた。しかも喋れないんじゃなくて書けないだろってツッコミも入れられたよぉ~」
「全面的にあなたが悪いですね。だから言ったでしょう少しは勉強をすべきだと」
一応はギリギリ赤点を取らないで済んだ教科が三つ、残りは全て赤点だったが県大予選のために補習は大幅に減らされる破格の措置らしい。スポーツ特待生はスポーツで記録を残せば許される。
ある意味で極端な制度とは思うが、そう言う契約なら仕方ない。それにこの制度が無ければ私と彼女は同じ高校に通えなかったのだから、そう思うと少し複雑だ。
「でも明日から部活復活!! やっと体を動かせる!!」
「では明日からはまた校門前でお待ちしてましょう」
「うん!! もし居なかったら生徒会室か電話だよね」
そうして話しながら二人で帰ると今日は狭霧の家にお邪魔する事になった。狭霧が何やら用意していると言っていたので楽しみにして行くと昨夜はカレーだったそうで、どうやら一晩寝かせたカレーを食べさせたかったらしい。
「しかし一晩寝かせたカレーは美味しいとか聞きますが、衛生面では――」
「大丈夫だよ!! そこら辺はちゃんと注意してるからね!!」
私の心配は完全に杞憂で狭霧はキチンと対策もしていた。カレーは旨味が出ていて大変美味しかった。そしていよいよ夏休みが始まる。狭霧が言うにはお盆付近だけは部活が休みになるらしく、それ以外は部活がメインらしい。私は生徒会活動が七月中は有るが八月は暇になるので時間が合えば練習も見に行きたいと考えている。
◇
「アニキから招集!? マジかよ!!」
俺は夏休みも八月の頭に入ってすぐにアニキに呼び出しされていた。内容は集まってから話すと通知があったので俺は飯を食うとすぐに家を出た。
「お疲れ様っす!! 春日井信矢、来ました!!」
「おう、シン来たか……レオの奴がまだだが……」
アニキが店に入った俺を見て言うと竜さんと誰かがカウンターに座って話している。愛莉姐さんは今日もラーメン屋の方らしいので午後から遅れてから来るらしい。
「おおっ!! 信矢氏!! なんか背が吾輩とほぼ同じになっているので有るな!! いや少し大きくなったのか!?」
「え? あっ!? サブさん!! お久しぶりです!!」
そこに居たのはオタク系騎士で海外に行っていたと言われていた佐藤三郎さんことサブさんだった。相変わらず黒縁メガネだが昔よりも少し筋肉質になっている気がしたし、以前のようなヒョロヒョロした感じとは違っていた。
「久しぶりであるな……しかし予想通り主人公系のイケメンになりおったな!! 幼馴染殿とは少しは進展したと聞いたがどうであるか?」
「い、いやっ、アイツとはそう言うんじゃなくて、今は」
「おやおや見ない内にツンデレが付与されているとは……男のツンデレはカッコ悪いだけであるぞ」
そう言って肩をすくめてコーヒーを飲んでいると横に座っている竜さんにツッコまれていた。
「その辺にしとけよサブ、それにしてもお前ドイツに行ってたんだろ? 何してたんだよ」
「ああ、レオ殿が来てからかと思っていたが、語ろうか我が長き旅路の果て、その修練の――――「短くしやがれ!!」
「向こうでの修業が終わったから日本に帰ろうと思って勇輝殿に連絡を取ったらさっそく吾輩の力が必要と聞いて戻ったのだよ」
そこで話を聞くと最近の事件の相談をサブさんにするためにアニキが連絡を取ったところサブさんは既に日本に帰国していてコッソリとFXで稼いだ資金を使い一人で旅をしていたらしい。そしてアニキが探していることをドイツの師匠経由で知り、先日やっと連絡が付いて旅先から車でここまで来てくれたらしい。
「車って……免許取ったんすかサブさん!?」
「うむ、頑張ったのだ吾輩!! 美人で爆乳な教官を希望したのにオッサンしか付かなかったが頑張って免許を取得したのであ~る」
相変わらず生き方が不純で良かった。そこで話を聞くとサブさんは基本は車中泊だったらしく、今後はこのバーの地下に住むらしい。
「てか地下なんて有ったんすか!? アニキ!!」
「ああ、オーナー様に頼んでみたら既に有るって言われて驚いた、人間二人は生活出来るみたいだから2LDKくらいは有るみたいだ」
そこでバーの奥の扉から更に奥の床が外れ、そこに階段が出現した。なんとなく道場の付近の森の中の地下室を思い出す。
「こんな事になってたんすね」
「ネット回線は引いてもらったので吾輩のバイト代から接続料は引かれるのであるな……外の車の設備をこちらに一部移さねばならぬので諸君を呼んでもらったのだ」
「「外の車の設備?」」
俺と竜さんが不思議そうに声がハモった瞬間に店のドアが開いてレオさんが入って来た。
「ゴメンゴメン。少し遅れたようだね……おや、三郎くん!?」
「おおっ!! レオ氏も相変わらずで安心した、頭の色も変わって無いようで分かり易かったぞ!!」
「うし、男手は揃ったし全員で移動させんぞ~!!」
アニキがそう言うと俺達五人はぞろぞろと店の外に出ると商店街では異色のそれを見た。キャンピングカーだった。大型の黒いもので中に入るとそこは映画などで警察が使うような指揮所みたいな感じで電子機器がギッシリと敷き詰められていた。
「まるで移動基地だ……三郎くん凄い設備だね」
「うむ、住む場所も居場所も無くなったから移動して生活していたのだ」
レオさんが中身を見て思わず呻いていた。俺やアニキもさすがに驚きを隠せない。
「あっ、その……サブさんその節は俺が……それと狭霧がご迷惑を」
「ふっ、気にする必要は無いのである吾輩の騎士道を貫いただけ……それよりも信矢氏、このプリンターとコピー機を一緒に運んでくれい!!」
「ありがとうございます。今度、狭霧も連れて来ます……それと何で業務用コピー機とか有るんですか? こんなの何に使うんすか!?」
これは謎だ。今どきこんなの使うのかと聞くと紙媒体は意外と使えると言われて少し疑問に思いながら五人で運ぶと車内はだいぶスッキリした。それでも車内には無理やり張り付けた壁面モニターやゲーミングチェアなどは残されていた。
「これ気になったんですけどサブさん一人で動かしてたんすか?」
「うむ、だから不便だったぞ。これからは勇輝殿が運転もしてくれるらしくてな」
「これはオートマだから僕も運転出来るね。勇輝さんがダメな時は僕がしようか」
「助かる、吾輩はどちらかと言えば後ろで情報処理をしたくてな」
そして運び込んだ機材を整え五人で休んでいると愛莉姐さんがやって来た。サブさんとの再会を喜んだのも束の間、愛莉姐さんの勇将軒に刑事が二人来たそうだ。その二人はアニキの知り合いらしいのだが、その二人から新たに女子高生が二人と男子高校生が一人行方不明になると言う事件が起きたと聞かされたらしい。
「他に名前は?」
「ゲンさんも教えられてないって、二課が情報を出さないから私達の出番らしい、偉い人でも関わってるのかもね?」
「僕たち町の元不良モドキに話を持って来るとは……世も末だ」
レオさんが苦笑しながらグラスのコップを一気に呷ると髪をかき上げた。
「違いねえ……勇輝さん、どうするんですか?」
「ああ、正直言うと気になってる……だが竜、レオそれにシン、お前らはやっと落ち着いたんだ巻き込むのは……」
竜さんの発言にアニキは珍しく奥歯に物が挟まったような感じで、らしくなかった。だから真っ先に俺が口を出していた。
「この間、気合入れ直してもらったのもそうですし、俺はアニキの役に立ちたいんすよ!! それとアイツが安心して歩けない街にはしたく無いんすよ……」
「そうだな信矢の言う通り、勇輝さんが心配してくれるのはありがたいんですけど、俺達はシャイニング……チームじゃないっすっか!?」
「そう言う事です。勇輝さん、いえ、リーダー、無理はしません、それに僕たち六人で今度こそ街を、あとは居場所守りましょう」
そう言うとアニキも「分かった」と一言呟くと俺達には最低限の情報収集だけを指示した。メインは昼はアニキと愛莉さんが、そしてサブさんの監視体制が整うまでは夕方は俺達が動いたりする事になった。
◇
「つ~わけで放課後はなるべく早く帰れ、俺も忙しい時は迎えには行けねえからな」
『えぇ~、信矢また不良に戻るの?』
俺は今日決まった事で明日以降の動きを変える事を狭霧に伝えていた。帰りは陽が高いとは言え一人で帰らせるのは怖いと思っていたから呼び出された日は迎えに行っていたが、それも難しくなるからだ。
「ちっげぇよ!! 今回はサツに強力するアニキへの情報提供だ、ガキの頃とはちげえからな!!」
『今だって私達まだ子供なのにぃ~』
「それは、ま、今度は間違ねえからよ……だけど本当にマズイ時は連絡しろよ? いいなっ!!」
『うん。ありがと信矢。試合の時には連絡するから来てね』
そんな事を話しながら俺達は結局、夜遅くまで話していた。そして翌日から狭霧は部活に俺は『SHINING』に通う事なった。俺は主にサブさんの補佐でPC操作をしながらデータ入力をして補佐に、そして学校にも行くと生徒会室で独自にデータを収集していた。
◇
学院に来たのなら折角なので一番使える人間たちに声をかけなくてはいけない、そう思って私はドクター達のラボに訪れた。夏休みだろうと関係無く居ると聞いてはいたが本当に居たのには驚いた。
「お二人に用事があります……特に七海先輩」
「私ですか? それにしてもラボにまで来るなんてどう言う風の吹き回し?」
「そうだぞ信矢……ま、おおよその見当は付くがな?」
「という事は把握してるんですね街の異常を」
街の変化や異常ならこの街に日本の首都以外で第二の本社とも呼ぶべき空見澤本社を置いている千堂グループの耳に入らない事など有り得ない。愛莉姉さんやアニキは二人を頼るのは止めておけと言っていたが私はそうは思わない。情報を握っているはずだ。そして私はその対価を示せる立場にいる。なら利用しないのはおかしい。
「ええ、でも残念ながら密約が有るので私はノータッチです」
「つまり害悪は無いと? 狭霧への影響は無いんですね?」
「ええ、互いに不可侵で、かの組織とは結んでます。なのであなたやSHININGに動かれると少し困るのです」
そう言えば警察も動けない、内部の人間にも情報統制をしている状態だと聞いた。千堂グループと同等の力をこの街で発揮できる組織が有るのだろうか? 有るとしたら余程の勢力だと思う。
「人身売買の可能性が有るとしてもですか?」
「ええ、でも彼らに少し警告《脅し》はします。それよりも今日は調整はして行きますか?」
「そう、ですね……情報代と言うなら」
取り合えずは狭霧の安全と言う最も大事な情報が聞けたのが大きかった。最悪の場合でも狭霧だけは助かる。しかし街の平和を考えるアニキ達に対しては考え方の乖離が有るから話すのは控えておこう。あくまで優先すべきは狭霧だ。
「そうかそうか!! 分かった、じゃあさっそくいつもの器具を付けてくれ!! 今日は良い日だ。なんせ三つの人格が安定して測定できるんだからな!!」
調整を済ませると頭がスッキリした感じにはなる。情報が整理されて脳の処理も早くなったような不思議な感じだ。ドクターに聞くと脳のストレスを軽減するために暗示のようなものをかけているらしい。
ドクターはその措置をリミッターと呼んでいて眼鏡以外にそれによって第二を縛っていたらしい。今は必要は無いらしく専ら脳の負担軽減のための措置だそうだ。
◇
そしてそらから数日、狭霧の夏の大会が始まった日を境に行方不明事件はパタリと止んだ。さすがは天下の千堂グループだ。それにしても千堂グループとは言え誘拐と人身売買に協力しているとは思えないのだが、それともグループはやはり真っ黒なのだろうか。
そんな事を考えていたが今日は県大会の予選の第一試合らしい。朝から狭霧から電話が来たので私は行くかを聞いたが返答は否だった。
「信矢は予選の決勝まで来なくていいよ!! ま、今日は楽勝だから」
「そうですか、でも今日は一応は空けてあるから何かあれば連絡を」
「分かってる~!! 待っててね!! さっさと全国への切符を手に入れて、告白するんだから!!」
そう言うと一方的に通話を切られてしまった。そしてそれだけで自我変更も起きてしまった。
「ったく、情けねえな……狭霧がああ言うのは昔からだろうが……ま、今日はやる事もねえし、アニキんとこに顔を出すか」
そしてアニキ達の所に向かう前に下に降りて飯を食う。母さんがお小言を言って来るが構わずに「バーに行ってくる」と言って更に後ろから金切り声が聞こえたが後で説明はする。それにしても七月の蒸し暑さから一転して八月はカラッとした灼熱のような暑さで、それがアスファルトを焼いている。
「狭霧の奴、脱水症や日射病にならないと良いが……」
そう思って地面を見ると寿命が一週間と言われていたが実は余裕でそれ以上生きてる事が判明した昆虫、セミが仰向けになって倒れていた。そしてその周りにいる大量のアリに運ばれて行く。何となく嫌な予感がして俺はSHININGに向かった。俺のこの嫌な予感は最悪な展開となって数日後に訪れる事になるのだった。
誤字報告などあれば是非とも報告をお願い致します。(感想での報告は止めて下さい)
ブクマ・評価などもお待ちしています。
この作品はカクヨムで先行して投稿しています。(未公開の話もカクヨムで公開しています)
下に他サイト・他作品へのリンクが有りますのでよろしくお願いします。