第66話「街に迫る新たな闇の気配」‐Side勇輝&愛莉‐
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――――Side勇輝
夜も更けて大人の時間、カランと扉を開いて新し客が入店する。既に店内には三人ほど客が居て、テーブルに二人。酔い潰れたバーカウンターの端に居る客が一人。その客は女性客で先ほど愛莉がブランケットを掛けていた。結構な量を飲んでいたから少し心配になるが、そこは愛莉が上手く抑えていたから大丈夫だと思う。
そうそう俺の名は秋津勇輝、このバー『SHINING』のマスターだ。俺の誕生日が六月だったのも有るが先週にやっとオープンした。ここに来るまで色々有ったが、まさか二十歳で自分の城、いや店を持てるとは思わなかった。巡り合わせか、ここに来るまで俺なりに努力はしたのだが……それ以上に運が良かった。
「いらっしゃい……って、また、あんたらか」
なんて思っていたら二人の男が目の前のカウンター席に座って来た。一人は初老のくたびれた背広の白髪交じりのオッサン、もう一人が黒髪をキッチリと整えているが少し疲れた様子の若い男だった。
「おいおい悪ガキが更生したから様子を見に来てやったんだろうが、取り合えずビールな、ビール」
「バーに来たんだからカクテルでも頼めよ……ったく、アキさんはどうしますか?」
「ああ、じゃあ俺はソルティ・ドッグで頼むよ秋津くん」
「秋津”くん”なんて柄じゃねえんすけどね。マスターって呼んで下さいよ」
そう言いながら俺は目の前の刑事二人を改めて見た。この二人には色んな意味で借りも貸し有る。もっとも借りの方が明らかに多いんだけどな。なんせ俺が唯一パクられた相手がこの二人だ。
大事な弟分を逃がすために、今思えば無茶苦茶だった。サツに頭を下げて未成年とは言え犯罪者を一人見逃してもらったんだからな。無理やり過ぎた。だが目の前の二人はそれを今も黙認している。だから俺も二人を信用してるし協力もしている。
「ああ、済まないね前職の癖が抜けなくてな……」
「前職? 最初から刑事じゃなかったんですか?」
「ああ、そうだぜっ!! アキの奴ぁな、元はお前の天敵だぜ~?」
アキさんと話してんのに、この爺が……おっと口が悪くなってしまう、いくら旧知の仲?でも接客業だからな、と考えて目の前の爺さんの方を見る。このベテラン刑事の方がゲンさん。本名が佐野源二、階級は警部。俺を捕まえた功績で万年警部補から昇進が出来たらしい。
「サツもじゅうぶん天敵なんすけどね?」
「そりゃそうだ、だがコイツは小学校の教師だったんだぜ~!!」
てか、既に出来上がってんな爺さん……じゃなくてゲンさん。え?アキさんて教師だったのかよ。驚きだ……俺が街に、この空見澤に戻って来てから二ヵ月になるが、バーが開いたその日にこの人らは来た。
アキさんは俺の監視と経過報告と言っていたが、ゲンさんは愛莉に言われたから来たらしい。余計な事しやがってと、その晩は少し言い合いになった。
ちなみに愛莉は今は俺と一緒に俺の実家で同棲している。そして昼は実家のラーメン屋を手伝っている。こっちはまだ、昼のカフェはやっていない。始める人員がまだ揃って無いからだ。
「そうなんすか、でも確かにキリッとしてますけど、刑事って言うよりも先生って感じですよね」
「そう見えるならまだまだか……もうすぐ四年目なんだけどな。そうだ、秋津くん」
「勇輝で良いっすよ。アキさん」
「そうだそうだ。悪ガキなんて呼び捨てで良いんだよ!! ガハハハ!!」
そう言うと急にバタンとカウンターに突っ伏した。そうなのだ、この爺さん見た目に反して酒に弱い。少なく見積もってもここは二軒目だと思うが、一軒目でそこそこ飲んだ後にうちでビールを飲んだからダウンしたんだろう。そしてこのパターンになったのは今回で三度目だ。
「あはは、ユーキ、ブランケットもう一つ?」
「あぁ……一応頼むわ。大丈夫っすかね? アキさん」
「ああ、助かるよ。それにしても駅前でもだいぶ外れとはいえ、君の年齢でオーナーで自分の店が有るのか……凄いな」
「ま、厳密にゃ俺も雇われオーナーみたいなもんでスポンサー様が一番強いんですけどね。ただ、そのスポンサー様が好きにやって良いって言うんでやらせてもらってるんですよ」
そう言って俺は例の高校生カップルを思い出す。どっちも頭の良い奴らだったが男の方はいけ好かねえ野郎だった。和解はしたが俺は苦手なタイプだ。女の方には相当嫌われたが、まだ人間っぽさが残っている分だけ御しやすいという印象だ。
「そうなのか、太っ腹な人だ。言いたくないけど悪い事はしてないよな?」
「ええ、真っ当ですよ。てか逆にオーナーの関係洗ったら分かると思うんすけどね? 調べたんですよね?」
「ふっ、まあね。だけど千堂グループが後ろ盾なんて……違う意味で怖いよ。あの連中を怖がってないのはゲンさんくらいだよ」
「違いない……それで? 今夜はどうしたんすか?」
まさか世間話をしに来た訳じゃないだろうと話を振ってみる。なんせ初日に来た時は連続窃盗犯の情報を追って店に来て、二回目は非行少年の捜査、そして今日だ。何も無いと思う方がおかしい。
「ああ、用件は仕事とプライベートが一件ずつだ。出来れば志波……じゃなかったね、各務原さんにも聞きたい事があってね」
「愛莉にも? 何でまた」
「ああ、昼は勇将軒でバイトだったよね? 昼と夜の街の様子を聞きたいんだ」
「そらまたどうして? 前回みたいにたまたま俺のダチが知ってた情報なら回しますけど……」
別に俺は情報屋になるつもりは無いのだが、もう既にサツの、いや違う、この二人からの求めで情報を集めたりしていた。別に無視すれば良いんだろうけど俺もサツにパクられて色々考えるようになった。
少年院を出て真っ先に行った先は愛莉んとこで二人で地下室を見た時に思ったのは居場所を守れなかったという喪失感。だから新しい居場所をこの街に作るために俺は旅に出た。そうして得たのがこの店だ。
だから今度の居場所は必ず守り切る。だからこうやってサツとも協力はするようになった。などと感慨にふけっていると目の前のアキさんは続きを話し出していた。
「最近は生活安全課でも色々と、きな臭い流れになっててね。詳細は言えないけど端的に言えば誘拐が増えてる」
「誘拐? それこそ俺らの出番じゃねえっすよ」
「だろうね。ただ、誘拐されたと思しき人間が大体が家出をした少女が殆どで、あとはその家出少女の知り合いの男女も行方不明になっている。もう五件も起きているのに上は、特に二課の動きが妙に鈍くてね」
そう話していると店の中の二人連れの男がお会計ををして出て行く。「ありがとうございました」と言うと手を挙げて「また来る」と言ってくれた。愛莉も愛想よくして送り出す。もう一人の女性客はまだ眠っていた。
◇
――――Side愛莉
常連の客を皆帰していると酔い潰れた最後のお客さんを起こす。キャリアウーマンでバリバリの仕事をしているような雰囲気の女の人で今日は出張でこちらに来たそうだ。何か仕事で嫌な事があったらしくヤケ酒をしてしまったらしい。
「娘も残して来てるのに……むにゃむにゃ」
「はいはい。お客さん、タクシー呼びましょうか?」
「大丈夫……駅前のホテルだから……うっ」
そして店内で吐かれては大変なので万が一に用意しておいたバケツに盛大に戻してもらった。その後フラ付きながらなんとか店の前まで送るとその人は帰って行った。きれいな人だし少し心配だったけど今は店に残った二人の対処だ。そう思って店内に戻ると既に勇輝と刑事二人は話し合っていた。
「お、戻ったか嬢ちゃん……さっきの美人さんはちゃんと送ったのか?」
「ああ、ゲンさん。出張って言ってたからここら辺の人じゃないって、駅前のホテルって言ってたよ」
「見た事ない人だったからね、日本語は堪能だったけど外国の人だったよ。瞳の色が青だったし、髪の色も明るかった。あれは髪を染めて出せる色じゃない」
いつもは横でゲンさんのツッコミに徹している事の多いアキさんが珍しく喋り出す。今日はカクテルとは言え、お酒が入ったので口が滑らかになったのかも知れない。実際アキさんが飲んでる所を見るのは初めてだ。
「詳しいじゃねえか? 外人の彼女でも居たのか? アキ?」
「そう言うのでは有りません。昔、外国の人間の知り合いが居たんで思い出してただけですよ。それより勇輝くんが本題を話せと視線が痛いので本題に入りましょう」
そう言って見ると勇輝はグラスを拭きながらもゲンさんとアキさんを見ていた。今日は二人が来たのでこの時間で一時的にクローズにしている。勇輝が少し面倒そうにしているのはそれも有る、なのでへそを曲げない内に私は改めてアキさんに持ち込まれた話を聞く事にした。
「誘拐? 少なくともラーメン屋、勇将軒では聞いた事無いけど?」
「俺の方もだ。それに言っちゃアレだが俺は数か月前に戻ったばっかだぜ? そりゃ知り合いはそれなりに居るけどよ」
「済まないが他のシャイニングの人間に話は聞けないか?」
そう言って勇輝は顔をしかめた。その顔には竜やレオそれにサブ……は、今は日本に居ないから良いとして一番末っ子の問題児のシン坊を巻き込みたくないと言うのが分かった。もちろん私もそうだ、実際あの子と狭霧ちゃんは不安定過ぎるから何とかしたいのに大人の、しかもこんな関係の無い事件に巻き込む事は出来ない。
「ゲンさんよぉ……あいつらは今は真面目にやってるんだ。レオは車のディーラーの見習いのバイト、竜は大学目指して夜間高校通い、そんでシンは……自分自身と必死に戦ってるんだよ」
「そうは言ってもよぉ……甲斐は情報持ってそうだから頼めねえか?」
「ならレオの世話になった喫茶店のマスターはどうだ?」
「ヴァーミリオンの旦那にゃもう聞いたんだよ」
そうして二人は黙ってしまった。一応は奥の手は有るにはある。それこそ千堂グループ様々にお願いして情報を貰う事だ。だけど七海お嬢にはなるべく借りを作りたくない。シン坊の時にも見たが、あのお嬢もだいぶ盲目だ。下手な情報を渡そうものならシン坊や狭霧ちゃんに何をするか分かったものじゃない。
「それはそうと……勇輝くん、それと各務原さんも良いかな? あの日、君が連行された日に工場に残された少年はあれから、その……どうなった?」
「え? ああ、シン坊の事? 大丈夫、元気にピンピンしてたよ。今なんて、むしろ元気になり過ぎて逆に大変で……」
「そうか……無事なら良かった」
そう言うとアキさんは心から安堵したと言ったような顔をしていて刑事の時の顔とは違って優しくて、なんか意外だ。どちらかと言えばゲンさんが熱血系ならアキさんはクールと言うか落ち着いている印象だったからだ。
「真面目だねえ、アキさんは、ま、俺の大事な弟分だから愛莉に任せたんだしな。改めてお二人には感謝してるんですよ。あの時の無茶振り聞いてくれて感謝っす」
「なら、今回の事件の情報も頼むわ。元最強喧嘩師さんよぉ?」
その後も二人でグダグダ言い合ってるから、私は勇輝がいつの間にか作っていたジントニックをサービスと言ってアキさんに渡す。
「ありがとう。そうか……春日井くんは大丈夫だったか……」
「へ~。わざわざ名前まで調べて、本当に真面目に心配してくれてたんですね。でも大丈夫ですよ。今シン坊は色々と大変だけど、可愛い彼女ちゃんが居ますからね」
「彼女……そうか、もう高校生だからな。ふっ……立ち直ってくれたのか」
「え? まあ、シン坊は色んな意味で大恋愛中ですよ。なんせ小さい頃から大好きな幼馴染ちゃんとの距離がもう焦れ焦れで……」
そう言った瞬間にアキさんの目が一瞬だけハッとしたような顔になる。その後にカクテルを一気に呷るとフッとため息を付く。
「そうか、今でも……すまない。俺がもっと……早く……」
「いやいや、アキさん達は早過ぎたくらいですから。むしろアタシらが妨害してたんですし~」
「あっ、いや……そう、だね。美味しいカクテルだったからか少し酔ったのかもしれないな。すまない年下に愚痴なんて」
そんな事を話しているとゲンさんと言い合いをしていた勇輝がアキさんを見ながら接客用では無い本当の笑顔でニコニコしながらシェーカーを振っている。
「いいって事っすよ。ゲンさんなんてビールしか飲まないからアキさんみたいに飲んでくれる人が居ると俺としては嬉しいですから」
「あんだと!! 男はビールなんだよっ!!」
そんな事を二人で言い合いながら、結局は事件の話はそこで終わってしまい雑談を三〇分くらいした後に二人は退店すると言う。だから私はレジに行って会計をするし、勇輝は外が気になったのか先にゲンさんと外に出る。
「え、また支払いはアキさんなんですか? ゲンさん……年上なのに、たかり過ぎ」
「ま、お世話になってるからな。俺も刑事なんてやってると給料使う暇無いからさ。じゃあ今日もカードで」
背広の内ポケットから財布を取り出しカードを出すと私はそれを受け取りレジに通す。勇将軒ではカードなんて使えないのでこっちで覚える事は多くカード払いもその一つだった。
「はいはい。あ、すいません毎回なんですけど、署名お願いします。私が書いても良いんですけどね~」
「ふっ、俺も頼みたいが刑事が法を犯すわけにはいかないからな……っと、これで」
「はいはい、工藤彰人様、いつも字が綺麗で、そして毎度ありがとうございます」
そうして彼、生活安全課の刑事、工藤 彰人こと通称アキさんは、相棒の先輩刑事を追って店を出て行く。入れ違いに勇輝が入って来て二人は挨拶を交わすとドアが閉まる。その日は勇輝が気分が乗らないとか言い、結局は店をすぐに閉める事になり、勇輝はスマホで誰かに連絡を取り始めた。
「にしても、謎の誘拐事件ね……メンバー、特に女子には注意喚起しとかないとね」
私もアプリのグループで最近作ったグループ名『シャイニング彼女連合』で誘拐事件の事を伝える事にした。ちなみにメンバーは私、狭霧ちゃん、真莉愛と汐里ちゃんの四人だ。実は最近は三人で狭霧ちゃんに信矢へのアタック方法を伝授していたりしているのがこのグループの使い道だ。
「さて愛莉、帰るか……あ……」
「どうしたの勇輝?」
「いやアキさんが仕事以外にプライベートでも俺に聞きたい事って言ってたけど聞きそびれてさ……なんだったんだろうかって思ってな」
「また今度来た時聞いてみたら。たぶん忙しいから忘れちゃったんだよ」
そう言って戸締りをして二人で店を出る。この日はこれでお終いで私たちは帰路に着いた。二人の刑事が持ち込んだこの事件が空見澤史上の最大の事件の予兆だったなんて、この時は私も勇輝も、誰もが知る由も無かった。
誤字報告などあれば是非とも報告をお願い致します。(感想での報告は止めて下さい)
ブクマ・評価などもお待ちしています。
この作品はカクヨムで先行して投稿しています。(未公開の話もカクヨムで公開しています)
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