第57話「揺れる思いと揺れない決意」‐Side狭霧その8‐
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私は眠い目を擦りながら朝からお弁当を作るために台所に立っていた。これも全ては先週の病室の話から始まり今に至る。色々あったけど簡単に説明すると私と信矢は恋人同士のフリをする事になったから今日から私が彼の、信矢のお昼を作るんだ。
あの病室での話は衝撃的過ぎた、信矢が私のせいでボロボロに傷つき、その結果精神が壊れ今は多重人格になってしまった。それでも私を守るために最後の力で残してくれたのが今の信矢だと七海先輩から聞いた。
「私のために頑張り過ぎだよ……シン」
本人の説明では自分は逃避してもう一人に任せたと言っていたけど、あの後で病室を出た私に七海先輩がコッソリ教えてくれた事実は違った。シンは暴走する第二人格を止めるために自分もろとも記憶の一部ごと封印処理を先輩たちに依頼して、内部では第三人格のクールモードの信矢に私を守るように指示を出して眠りについた。
それが真実だった。私を守るようにと言った事は第一と第三の両名から口止めされていたらしいけどなぜか七海先輩は教えてくれた。
『なんで教えてくれたんですか?』
『そうですね……本当はマズイんですけどね……たぶん、嫉妬ですかね』
『嫉妬……ですか……? はっ!? まさか先輩もシンのことが!?』
『違いますよ。私は仁人様に全てを捧げ尽くすつもりです。嫉妬と言ったのは春日井君のアナタへの『愛』にですよ』
それ以上は話してくれなかったけど分かる日が来るんだろうか。そんな事を考えながら私は今卵をかき回している。普段は使わない卵焼き用のフライパンで綺麗に作る。
最初ここに越してきた時は料理なんて何一つ出来なかったけど中学三年間と去年一年間の合計四年もやればかなり上達した。卵焼き以外のおかずの煮物やナムルは昨日から準備していたのであとは冷蔵庫から出すだけだ。
「ほうれん草がまさかの売り切れで……小松菜で代用したから少し不安かも……」
ナムルの味付けに関しては知り合いの焼き肉屋さんの女将さんに教えてもらったし、その時に一緒にからあげに和えると美味しくなるタレも貰っていた。なので朝から油ものは面倒なのでレンジでチンする『からあげ粉』を使って作る事にした。
これに特製タレを和えれば韓国風のから揚げ……ヤン何とかの出来上がりだ!!名前聞いたんだけどよく覚えてない。
「時間は……まだ大丈夫かな……朝ごはんの用意もしなきゃいけないし……そうだ!! りんご!?」
私は今回の秘密兵器のりんごの準備に取り掛かる。まずはウサギりんごの形に切ると塩水を用意してそれに軽く漬ける。その間に盛り付けを終わらせて塩水から上げたりんごを別なタッパーに入れて、最後にごはんをつめてふりかけを掛けると終了だ。そのまま弁当を冷ますために開いておいて母さんと私の分の作業も終わらせた。
「おはよ~狭霧……ってなんか今日は凄い豪勢ね!? そう言えばそのお弁当箱わざわざ取りに行ったんだっけ?」
「うん。一昨日の夜にね。シンママ、翡翠さんに煮物も教えてもらったしさ……」
「先輩の煮物美味しいのよね~……あ、ほんと似てるわ。少し甘い気もするかな?」
ちなみに母さんは学生時代に少しの間シンママと同居していた時が有ってその時にお料理を教えてもらっていたりする。なので師匠が同じと言えば同じなのだが煮物は作らなかった。
「だって昔はお隣だったからね。作るより貰う方が楽できるじゃない!!」
「そうだった……シンのお家の煮物と家のが全く同じ味だって小学校の遠足で気付いたんだよね……交換しても同じって正直焦ったから」
そんな事を話していたら出る時間になった。母さんは戸締りをしてから出ると言うので私は準備を済ませると二つのお弁当箱とタッパーを崩れないようにもう一つの手持ちカバンに入れ家を出た。
◇
時間より五分前に到着すると信矢もすぐに到着した。うん、メガネのクールモードもやっぱりカッコいい。でも体だけでシンじゃないんだよなぁ……私を大事にしてくれるし昔のシンみたいに紳士的なんだけど……こう見るとやっぱりメガネかけただけのシンなんだし……歩きながらしみじみと思う。
でも今のシンは信矢だ。私を守るためにシンが残してくれたもう一人の信矢だから、でもこの信矢を倒さないとシンは帰って来ない。
気を引き締めて行かないと……だって目の前の信矢は私を良く知っているはずだし、さっきからの会話は凄い安心した。まるで小さい頃の二人に戻れたみたいで楽しかった。
さすがは信矢……だけど私もあれから二年間アイツに言われてから色々頑張ったからキチンと言っておかないといけない。
「ね、信矢?」
「何ですか?」
「絶対に信矢を私に夢中にさせてあげるからね!!」
そう言うと信矢は急に顔を赤くすると周りを気にし出した。少しは効いたのかな?それともやっぱり二人で歩くのが恥ずかしいのだろうか?どっちにしても恥ずかしがったのなら成功なのかな?そんな事を考えていると冷静になった信矢が意識の飛んでた私を気にして……近い!!顔が近いよ!!
「どうしました? 狭霧?」
「だ、大丈夫、何でもないから……」
内心を悟られないように信矢と話しているとついつい流されそうになる。私はシンが好き……そのはずなのに……。そして話題は私の友達の凜と優菜の事になっていた。
二人については昨夜に既に話し合いは終わっていて方針は決まっていた。取り合えずお昼を食べながらさり気無く話をしたいから二人を連れ出し学食か人気の少ないところで四人で食事を摂れないかと言う。だけど私はなぜか不満だった。
「別に連れ出すのは簡単だけどさぁ……」
最優先事項はシンの奪還だからその為に二人に事情を話してそのついでに私のお弁当を食べてもらえば良い、そのはずなのに私はなぜかお弁当をついでにされるのが気に入らなかった。だから気付けば勝手に口が動いていた。
「あのさ、今日は恋人…………のフリの初日なのにいきなり他の女の子と一緒だと私が寂し……じゃなくて、そうっ!! 説得力が無いと思うの!!」
少し顎に手を当てて考えると信矢は私の方を見て納得してくれた。その方が不自然では無いと考えてくれたようだ。別に二人きりの方が信矢を早く攻略出来るからで、それ以上の意味は無いとなぜか慌てて言い訳していると信矢がまた顔を近づけて……だから近い!!近いよ信矢!!
「本当は私も初めての昼食は二人きりが良かったんですよ? それでは、お互い授業をしっかり受けましょうね? 狭霧?」
「え……うんっ!! あと信矢……今日のお昼、楽しみにしててね!! 私、すっごい頑張ったんだから!!」
恥ずかしくて横を見ると教室内の優菜と目が合ってしまった。その瞬間、私は信矢に頭を撫でられた。やっぱりこれだけは耐えられない……へニャッと力が抜けちゃう。
そのまま半分ニヤけたまま教室に入るとすぐに凜と優菜に捕まり私の机まで拘束され連れて行かれた。見ると周りから注目の的だった。なんかいつも以上に見られてる。
「ちょっとタケ!! あんた達やっぱり付き合ってんの!?」
「え、えへへ、そう見えちゃったぁ~? も~困っちゃうな~」
「最後に見た時はヤバかったけどあの後も凄かったんでしょ? なんか千堂先輩の黒服の人には他言無用って言われちゃったけどさ? どうなの実際」
それについては信矢と自分から話すから昼まで待って欲しいと言うと二人は一気にニヤニヤし出した。反対に周りの人間は不思議なものを見る目で、他には睨む人、困惑する人が居て騒然となった。
そのすぐ後に担任の赤音ちゃんが入って来て事態は一応の収束はしたけど問題は授業が終わった後の休み時間だった。信矢から通知が来ていて、こっちに迎えに来てくれるらしい。
『分かりました。早く迎えに来てね……待ってます……』
最後に迷った末にハートを付けて送ってしまった。最近はよくアプリで連絡を取り合っていたけど、ハートなんて初めて使った、必死にニヤニヤしないようにしていると後ろからスマホを取り上げられる。
「ふっふっふ……油断し過ぎだね狭霧……ほほぉ……副会長迎えに来るんだ……てか何よこのID名……」
「タケがハートなんて使ってる……いつも『了解』と『分かった』しか使わないタケが!?」
これに驚いて他のバスケ部の部員が二人やって来てスマホを見ると軽く悲鳴を上げている。
「この間の乱闘の時の副会長カッコ良かったもんね……私も少し見直しちゃったし」
「ほんとほんとあの不良倒してた時すんごい強かったよね」
「ふふん!! だって信矢だもん。柔道とか古武術とか合気道とか昔から色々習ってるからすっごい強いんだよ!!」
思わず知っている情報を言ってしまった。人づてに聞いた情報だけど……。今は恋人……のフリ状態だから色々話しても問題無いはず……話の種にもなるだろうし。でも今度私の知らない二年間を教えてもらうのも悪くないかも。
その後も信矢がいかにカッコいいか優しいかを喋っていたら凄い人だかりが出来ていた。そして授業も終わり教室で待っているけど信矢が来ない。
「ね~ね~こっちから迎えに行こうよタケ!!」
「でも信矢と入れ違いになっちゃうかも知れないし……」
「そう言って連絡しても返って来ないんだから行くしかないよ? もう五分も過ぎてんだしさ!! レッツゴー!!」
そして信矢のクラスに到着すると信矢がクラスの後ろの方のたぶん自分の席で七人くらいの生徒に囲まれてる。それを見た凜がその中心に声をかけると、私は凜と優菜に両脇を掴まれ引きずられて目の前まで来てしまった。
「ごめん、信矢ぁ……捕まっちゃったよぉ……」
私はすぐに二人の拘束の隙をついて信矢の左腕に抱き着いた。いつもなら少しだらしない顔になるのに今日はキリッとしたままの信矢を見て分かったのは、かなり真面目な話をしてるという事だと理解した。
ネクタイの色から一年生の子と言い合いになってるみたいで、話を聞いてると、この間の乱闘騒ぎの事を信矢に取材に来ているみたい……。だから私とのランチがお預け……は?次の瞬間わたしの黒い何かが一気に心に溢れ出た「ソレハダメダヨ」だからつい口から出てしまった。
「信矢!! ねえ、私と仕事どっちが大事なの!? そ・れ・に!! 今日は私たち二人が恋人になってから初めての一緒のお昼だって朝、約束したんだから~!!」
大声でこんな事言ったせいで学年中にさらにこの後のちょっとした事件でさらに学院中に知られてしまうんだけどそんな事を考える余裕がこの時の私には無かった。その後にも色々あって、なぜか芸能人の婚約会見みたいな感じの中で信矢にお弁当食べてもらった。
「どれも懐かしいし美味しいです。料理も上手になりましたね……狭霧」
「よっし!! やったっ!!」
凜と優菜に他にも色んな人から見られてる事なんて気にならないくらい嬉しくて思わずガッツポーズしちゃった。料理も信矢が好きな物で私たちの思い出に関係有る物ばかり用意したから完璧だ。こんなに優しい顔して褒めてくれたの初めてかも。
その後のウサギりんごの「ア~ン」も凄い恥ずかしかったけど効果は抜群で信矢は平気そうな顔をしていたけど気付いてないの?顔が真っ赤だよ……大成功!!
「信矢……? もう私に夢中になっちゃった?」
「ええ……正直完敗でした。ですが一つだけ私は最初からあなたしか目に入ってませんよ? 今日は特にね?」
「もうっ!! そう言うの禁止っ!!」
恥ずかしくて精一杯の強がりも言うけど、信矢も負けずに反撃してくるからお互い真っ赤で、そんな言い合いをしてると昼休みは終わってしまった。楽しい時間はあっという間で私は来た時と同じように凜と優菜の二人に連行されて教室まで戻る事になってしまった。
◇
そして事件が起こったのは放課後だった。今週は例の乱闘事件のせいで女子はともかく男子のバスケ部は負傷者も出ていたので全体で部活は中止になっていた。つまり……。
「これは放課後デートのチャンスだよ!!」
「誰に言ってんのよ狭霧……って私たちかぁ……でもすっかりリア充だからねあんた……私たちとは別の世界の住人よね」
「で? 新しいデートスポットでも教えて欲しいの? 彼氏居ないアタシらにそれ聞くのって嫌味?」
そこで私は二人に自分で考えたデートプランを披露しようとしていた。最近、信矢としたデートや会った場所などを簡単に説明している時だった。
教室の後ろのドアが開けられて大柄な人、たぶん信矢より少し背の高い人と他に二人、合計三人の男子が入って来ると私の前に来て凄い顔で睨んでくる。
「え? え?」
「ちょっと、アンタ達……あ、コイツら……優菜、赤音ちゃんか山せんを!!」
凛がそう言うとすぐに優菜は頷いてどこかへ走って行ってしまった。えぇ……二人には何が起きたか分かってるみたいだけど私は目の前で何が起きたのか分からない。
それに三人に囲まれるのは連休の事件のあいつらを思い出すから少し怖かった。
「たっ、竹之内さん!! 少々伺いたい事が!!」
「我らが金色の女神にぜひとも!!」
「美しい金髪に触れているこの男は誰なのですか!?」
え? え? これってさっき信矢に頭を撫でてもらった時のだ。何か私だけだらしない顔してるなぁ……それに比べて信矢はキリッとしててカッコいい(狭霧目線補正済み)。
「あの、この写真くれませんか? 信矢のとこだけ……カッコいいから……」
「「「うがあああああああああああ!!!」」」
「タケ!! ヤバイ連中だから刺激しないの!!」
どう言う事なんだろうか?凛が色々言ってるけど意味が分からない。見守るだけだから見逃してたとか、いい加減にしろとか言っている。
「井上には感謝しているがもう我慢の限界だ!! 先週から、いや四月から動きの変だった我らが女神の不穏な動き、七番目の使徒ナンバー192の告白の失敗から、誰にも興味を示さない我らが女神に何かあったと!!」
「め、女神って……まさか男子まで私のことそんな風に……」
「そうです!! 美しい金色の女神!! ぜひお答えを!!」
嫌だ。怖い。この人たちは何?女神とか金髪とか金、金ってそんなに好きなら外国にでも行くか他の外国人のとこに行って欲しい。良い意味でも悪い意味でも聞きたくない。それに答えって何なのよ……主語が無いから分からない。
そんな頭が混乱していた時だった静かに教室のドアの開く音が背後で聞こえ、すぐに一番安心する人の声が聞こえた。
「失礼。それでそこのあなた方は私の狭霧に何の用ですか?」
「信矢……どうしよ……」
信矢のとこにすぐ行きたいけど動けない。だって腰が引けて……そんな私の近くまで信矢は来ると私を囲む三人の間に腕を無理やり入れて私の手を引くと強引に引き寄せられて、気が付けばそのままスポっと腕の中に納まっていた。
「きゃっ……もう信矢。強引だよぉ……えへへ」
「失礼。まずは狭霧の身の安全が第一だったので少し強引に行きました……井上さんも離れた方が良いかと……ご用件は私と狭霧に有るのでしょう?」
私を腕の中に抱きしめながらメガネの奥がキランと光る。こんなの好きになっちゃうよ……さらにメガネをクイッと直すと三人に向かって信矢は言い放った。
「まずは井上さんに感謝を、ここまで私の狭霧を守ってくれてありがとうございます。ここからは……ふぅ……恋人である私の仕事です!!」
あ、私ここで死んでも良いかも。月が綺麗な時間帯でも無いけど信矢と仮とは言え恋人でここまで言ってもらえたら……いいえダメよ狭霧!!簡単に死んじゃうなんてダメ!!将来の幸せな結婚生活が待っているんだから!!
「信矢……は、恥ずかしいよぉ~♪」
さっきまでとは違うドキドキで相殺されてすっかり落ち着いた私は信矢の腕の中から相手の話を聞いているとどうやら性質の悪い集団ストーカーらしい。
「そうだよ!! ストーカーとか犯罪だよっ!! 相手の気持ちも考えないでそんな事するなんてサイテー!!」
思わず言った後に信矢が少しジト目で見てる気がしたけど気にしない。なんか私が大声を出したのに相手が驚いてるようで顔面蒼白になっている。その後に凛と信矢が連れて来た男子が言うには、この人達が私のファンクラブの人間だと聞かされた。
そう言えば何か真ん中の人見覚えがあったら去年私に告白して来た人……のような気がする。ちなみに私のファンクラブは二〇〇人を越えてるらしい。
「我が校の二〇〇人弱の生徒が犯罪者予備軍だと言う事態に軽く眩暈がしましたが、それはこの際放っておきましょう……それで?」
「これからは我ら使徒が常にお前を見張ると言う事だ!! そして!!」
「もちろんルールを破ったのなら集団制裁だ!!」
「三人に勝てるわけないだろ!?」
三人がケンカの構えを見せたので信矢は少しだけ名残惜しそうに私を見ると危ないからと凛の方に放して歩かせると五分で片付けると言う。たぶん信矢なら簡単に倒しちゃうと思ったから思わず言ってしまった。
「信矢……怪我とかさせないであげてね。よく覚えてないけど一応告白してくれたっぽい人だから」
「分かりました。では狭霧は少し嫌がるかも知れませんが……制圧します!!」
それだけ言うと教室の中の空気がピンと張りつめた。教室内では私たち以外の人もまだ残っていて廊下に逃げる人やその場で動けない人も居る。なるべく巻き込まないようにしてあげて欲しい。
「よ~し行くぞ!! 同士田中と同士安達はターゲットを囲んで叩け!! 我らが金色の女神のために!!」
「涼月学院生徒会副会長……春日井信矢!! 狭霧の不安を解消させてもらう!!」
信矢が一瞬イラっとした顔をした瞬間に三人組の一人が宙を舞っていた。そのまま強かに床に叩きつけられるとそれだけで呻き声をあげて動けなくなる。
早いけど私には見えていた。一人に組み付いた後に柔道の一本背負い?みたいな技で投げられて宙を舞っているように見えていたんだ。
「がはっ!?」
「はっ? ええっ!?」
いきなり一人が制圧されてビックリした二人がキョトンとなった瞬間に後ろのドアから五人の生徒が入って来た。雰囲気から私のファンクラブの人っぽい。
「使徒長助けに来ました!!」
「我らが相手……だ……」
「ん? どうした? 使徒有田?」
入って来た五人のうちの何人かが信矢を見て急に震え出していた。どうしたんだろうか意気揚々と助けに来た雰囲気じゃない。
「ま、まさかっ!! あれは……生徒会の暴力会計~!?」
「えっ、えええええ~!!」
その混乱を信矢が見逃すはずも無く混乱している五人の方に狙いを定めた。信矢は手の平、掌底で二人を同時に突くと二人を倒して追撃に移る。するとその背後から攻撃……が来るのを分かっていたように首だけ動かして簡単に拳を避ける。
そのまま背後の人間に肘鉄を打って倒してしまった。たぶん私以外に効くって言う『気配探知』で避けたんだと思う。
「ふっ……後ろにも目は付けて戦いませんとね? はぁっ!!」
そのまま残った二人も、見澤たちを倒した柔道技とは違う投げの技で教室の床に倒してしまった。さらに残りの一人も背後に回り込んで相手の制服の襟を掴むと素早く相手の体勢を崩して倒れている他の五人の上に投げつけた。
「今のって……もしかして柔道……いや合気道の技か?」
「たぶんそう。信矢は古武術と合気道とか、後はお父さんに柔道を教えてもらってるから」
いつの間にか凜と私を守るように立っていたのはさっき信矢が連れて来た男子の一人で昼休みに話した河合さんだった。空手部の彼は信矢を凄い熱視線で見ていた。少し心配になるなぁ……。
信矢は、あっという間に六人を倒し、対する相手の二人は驚愕の表情を浮かべていた。ゴクリと唾を飲む音が聞こえた瞬間、それまで教室の隅に居た生徒と椅子に座って様子を見ていた生徒が信矢の背後と右から同時に襲い掛かった。
「ふぅ、やっと出て来ましたか……雉も鳴かずば撃たれまい……出て来なければやられなかったものを……はっ!!」
後ろから迫る相手に逆に後ろ向きのまま飛び込み相手の腕を自分の脇に挟んで動きを封じて、そのまま反対の肘鉄で腹に一撃。
咳き込んで倒れた相手をそのまま離すと右から迫る相手のパンチを避けながら相手に近づいて顎に掌底を当ててアッパーみたいに打撃すると倒れた二人を他の倒れている人たちの山に投げ込んだ。
「よしっ!! 隙有りぃ!!」
「残念……まだまだ甘いっ!!」
と、今度は信矢が二人を掴んで放り投げた無防備な背中に竹刀が迫る。剣道部の人みたい。席に座ってたから同じクラスの人だと思うけど名前とか知らない。信矢は中段に構えた相手の竹刀の突きを華麗にいなして逆に武器を持った手を掴むとそのまま投げつけて地面に叩きつけ竹刀を奪って教室の隅に投げた。
「無刀取りは短刀じゃなくても、もちろん出来ます。むしろナイフの時よりこちらがメジャーな方ですね」
以前クズがナイフを持って暴れた時と同じような技らしい。背中から倒された相手は痛みで動けなくなったらしく静かに呻いていた。ちなみに後で聞いたらそれでも散乱した教科書やカバンの上に叩きつけているらしく、かなり手加減もしているので体に影響は出ていないように戦っていたらしい。
そして自棄になった最後の一人も突っ込んでくるが足払いで倒され腹を二発連続で突かれて、最後は倒れた人の山に投げ捨てられた。
「そっ、そそそそんな馬鹿なぁ!! くっ!! やるしか!!」
「もう諦めたらどうですか? 今なら一発で許してあげますよ?」
相手のやる気があるのを確認して信矢は相手に組み付くと襟を掴んで引き寄せそのまま足を外側から入れて両足ごと体勢を崩して地面に倒した。
その後に一発だけ鳩尾に決めて黙らせてしまった。これも後で聞いたけどこの十一人の相手自体かなり手加減してたらしく、本気を出したならカップ麺が出来るくらいに終わらせる事が出来たらしい。
「ウッソだろ……三、四、五……十一人!?」
「これが先輩たちが言ってた去年の空手部と柔道部の騒動を一人で抑え込んだ暴力会計の力なのか……戦ってみたい」
二人がポツポツとその凄さを語っている私は知っている。信矢にはまだ余裕が有るって……だってその証拠に息一つ乱れてない。信矢自身の話や愛莉さん達から聞いた話だと信矢は中学生の時にもっと強い相手と何度も戦って倒した事もあるらしい。私のために強くなるために……自分の心が壊れるまで、それが今の信矢なんだ……嬉しい反面やっぱり心配でそして辛い。
「信矢……」
「ふぅ……五分弱か……すいません狭霧。予定時間をオーバーしてしまいました」
「それはいいんだけど……こんなに……いつの間にいたの?」
後から来た五人と教室に潜んでいた三人と最初の三人の合計で十一人居たのは驚いたけど信矢は最初から全員を把握していたらしい。その後は優菜が山田先生を呼んで来てくれて色々ゴタゴタが落ち着いて来た。
ちなみに途中で襲って来た竹刀の剣道部っぽい人は私のファンクラブの人では無くて純粋に信矢と戦いたかっただけみたいで隙を伺っていたとか、でもファンクラブの人と同じ扱いで山田先生に捕捉されるらしい。そもそも信矢……いくら何でも狙われ過ぎだよ……信矢を狙うのは私だけで良いのに。
◇
そして今私は念願のカラオケボックスの前に信矢と凜と優菜さらに信矢の知人?の河合くんと澤倉くんの六人と来ていた。私はあれから色々と調べた結果カラオケでカップルデートは最初はハードルが高いと判断した。
なのでグループで一緒に来て帰り際に『今度は二人で来よう』と誘う高等テクニックを雑誌で読んで来た。その足掛かりに今回の集まりは利用させてもらおうと内心ほくそ笑んでいた。
「全ては私の計画通り……今日ここで信矢を落とす!!」
「これ以上落としてどうすんのよ狭霧……」
優菜が呆れ顔で見て来るけど私の決意は揺らがない、とにかく信矢を私に夢中にさせる、それだけだ。それと信矢とは一度もカラオケに来てなかったから実際どんな動きをするのかも気にはなっている。
実際見ると横の信矢は隠せないワクワク感と少しの緊張感がにじみ出ている。皆は気付いて無いけど私にはハッキリわかった。だから少しだけ、からかいたくなるのは仕方ないよね。
「あっれ~? 信矢ぁ? もしかして緊張してるのぉ~?」
「そう言うわけでは……初めての場所なので興味が尽きないだけ……。そう、それだけです」
これは大当たりだ。カラオケ初心者の信矢はにはこれから私の秘策を、凜と優菜と特訓したアレを披露する時……まだまだ私のターンは終わらないよ、信矢。
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ブクマ・評価などもお待ちしています。
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