第17話「決戦用装備-ES276抑制試験薬-」
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あの後、無事に狭霧を家まで送り届けるとすぐにスマホに通知が入る。アプリを起動すると先ほどIDを交換した狭霧からの通知と他に一件通知が入っていた。狭霧に返信すると、もう一つの通知を確認する。それは懐かしい名前からだった。
「あれから二年しか経ってないのに……懐かしいな」
すれ違ったのは一瞬だったが二人とも元気そうだった。最近は色々上手く行ってる……いや、行き過ぎている。今日なんてまるで狭霧と昔の関係に戻れたくらい楽しい時間が過ごせた。このまま昔のように……そう思っていたら別な通知が入る。それは七海先輩からの通知で明日、朝一でいつもの部屋に来るようにとあった。了承の旨を送るとその日は興奮で少し寝つきが悪かったがいつの間にか眠っていた。
そして朝が来た。少しゴタついたが、いつものようにジョギングに出るために柔軟をして公園まで走る。そして公園の入り口まで来ると昨日の連絡通りに彼女がいた。
「遅いよ!! シン!! こっちはもうアップ終わってるんだけど?」
「申し訳ありません。少し家から出る時にゴタゴタしていて」
「何かあったの?」
「ええ、実はなぜか今朝は母が起きていまして。これを持たされました」
そう言ってペットボトルケースに入れられた二本のスポーツドリンクを見せる。いつもの自販機で買うものでは無く粉を溶かして作ったものである。なぜか母は早起きして、それを二本用意して待っていた。そして『毎回買うのはお金の無駄、あとこれゼロカロリーじゃないからね』と念を押してきた。
「詳細を聞こうとしたのですが勝手に朝食の準備始めたりして色々と問答をしていて遅れました」
「あ……ゴメン。昨日のこと母さんに話したんだ」
「なるほど……昨夜のうちに全部筒抜けですか……しかし走る時、邪魔ですよね? これ」
ここまで走ってくる途中で思ったのだが、ペットボトル二本を持ったまま走る図は割と滑稽でそれに何より走り辛い。フォームも乱れるし良い事があまり無いが、どうしたものかと見ると狭霧も肩をすくめてお手上げらしい。
「リュックとか用意した方が良かったかもね。今日は私の分持つよ? ジョギングだし、ゆっくり走るなら大丈夫だから」
「ありがとうございます。では行きましょう」
実はこのジョギングは前回狭霧と私が朝に会った二回目の時、つまりベンチで話したあの朝から毎日続いていた。つまり昨日の朝も普通に二人でジョギングはしていた。そこで昨日、朝練が再開される今日まで一緒に走る事にしていた。
「さて、では今日も園内を三周で良いですか?」
「えっと……今日は二周じゃダメかな?」
「理由をお聞きしても?」
「今日が一応最後だし、久しぶりに1on1やらない?」
これは意外な提案だった。昔ならいざ知らず今の私は恐らくもう狭霧の練習相手にはなれない。それだけ技術差が出来ているはずだ。つまり今の私は何の役にも立たない。
「なるほど、ですが私はあれ以来ボールにすら触れてないズブの素人ですが良いのですか?」
「もちろん!! ただ気分転換したいだけだし!」
「分かりました。では走った後に」
その後、ジョギングが終わり1on1をしたのだが、結果だけを言えば私の完敗だった。男女の体格差などをものともせずに華麗にシュートを決めた後に、ドヤ顔してキメる彼女に惚れ直したと言えば分かってもらえるだろうか?つまりそれだけ圧倒的だった。
「お見事、手も足も出ません」
「ふふん。これでも特待生だからね。あと、今度の連休の練習試合なんだけど都合とか合えばで良いんだけど。観に来てくれたりすると……その」
「ええ。元々生徒会として行く予定でした。必ず応援に行きますから」
その後、いつもの分かれ道まで二人で歩いてそこで別れた。わずか一週間で私と彼女の関係は改善されたように見える。定期的に来る頭痛も最近は控え目で安心する反面、これからも続くとなると少しだけ億劫だ。だがそれは意外と早く解消される事になった。私は登校すると朝の七海先輩から、おそらくドクターからの呼び出しのために第二生徒会室へと急いだ。
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「やあ!! 信矢朗報だよ!! 完成したぞ!! アレが!!」
「大変ハイテンションなところ申し訳ありませんが、順を追って説明して下さると助かります」
「そうだったな!! 俺は要点だけしか言いたくないから七海頼む!!」
するとドクターの横にいる七海先輩がテーブルの上に赤いケースとプリントアウトした紙の束を置いて私に見るように促した。そして先輩自身も別なプリントを持って解説を始めた。
「まずこの赤いケースの中の錠剤は名称『ES276抑制試験薬』です。本当は別な名称が有るのですが面倒なのでこちらで分かり易い名前にしました。由来はプリントを確認して下さい」
「二百七十六番目の動物実験が成功した薬ですか……それでこれを私に?効果は私のストレス軽減及び頭痛の抑制……さらに自我変更の際の発作の軽減?」
プリント、もはやレジュメ下手をすれば学術論文並みの中身に軽く驚きながら慎重に読み解いていく。曰く、完成したのは三日前で私専用のハンドメイドの薬であること、他人には絶対に使用はしていけないと言う事、一日に服用できるのは二回まで、効果は約二時間弱、場合によってはそれよりも短い場合なども有り効果が現れるのは服用後約三〇分後からとなっていた。
つまり狭霧に会う三〇分前に薬を飲んで二時間以内に会話を切り上げるのがベストと言う事になる。つまり短期決戦用の装備とも言えるものだ。
「ま、効能はそんなもんよ。悪かったな。薬作るって言って二年もかかってさ。しかもまだ試験薬だ。出来たのも七海んとこの会社の製薬会社で作った二十錠だけだ」
「とんでもない……僅か二年で試験薬とは言え新薬を作るなんて異常でしょう。十年以上かかるって聞いた事有りますよ」
「ま、それは色々理由があるんだが臨床試験すっ飛ばしたりほとんどの過程を飛ばせるからな。だってお前のデータだけが必要で、お前の副作用さえ無けりゃ問題無いからな去年の今頃とかずっと色んな投薬したろ?」
そう言えば私が暴走した後に色んな薬を飲まされた覚えが……でもその期間は確か三ヶ月も無かったはず、その後は血を抜かれたり、唾液を採取される等、とにかく昨年度は治療や実験の合間に学院に通っていた感じだった。
「それと当然ながらこの薬に関する事象は一切口外してはいけません。色々と世間に公表できない、本来は存在してはいけないものですので」
「分かってます。最近……その、狭霧に会う事が増えたんで正直助かります。話題も私の記憶が曖昧な頃のも有るもので……」
「まあ、そこは仕方ないだろ? ……だってそこは意図的に封じたのだからな? 君の希望で」
その後、更に詳しく薬効や諸注意を聞いたところで予鈴が鳴ったのでそこで解散となった。なぜか私だけ部屋を退出したのだが二人は授業受けなくて大丈夫なのだろうか?いやそんな心配は杞憂だな……あの二人には。
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そして放課後、今日は薬を渡すだけと先ほど言われていたので本来の生徒会業務に向かおうと廊下を歩いている。実は朝に狭霧と会うようになってから放課後の見守り業務は中止している。生徒会の他のメンバーに申請用紙が余分に使用されているのがバレたのだ。幸い私の処理は完璧で紛失で済ませてある。その上で事前に七海先輩には報告をしていた。
報告した時の七海先輩はいつものようにニヤニヤして『いつもストーキング工作お疲れ様』と、謂れの無い皮肉を言われたものだ。生徒会室に行くとこの後の連休、即ちGWの予定の最終打ち合わせやらで、てんてこ舞いだったらしく久しぶりにキチンと業務に参加した。
「ふぅ……他校のリストアップ完了しました。連休中にこちらに来校予定はそこそこ居ますね? 吉川さん、それぞれの学校側への再度の確認のために生徒会アカウントからの通知連絡と一応、ここのPCから直接メールもお願いします」
「分かりました先輩。あと連休中の割り振りなんですが先輩は体育館で良いんですか? 先週までは武道場と校内巡回メインで応援に回ると聞いてたんですけど」
「ええ。それで問題有りません。大会予選前の親善試合やら、練習試合がメインでしょうからね。もしかしてこちらが良かったですか?」
カタカタとキーボードを叩きながら必要事項を入れて最終確認をしていく、会長と書記の両先輩は学校側と例の二人にそれぞれ報告に行っている。彼女、吉川さんには今回が初の大型イベントなのでなるべく負担が少ない校内巡回を任せた……と言うのは大嘘だ。もちろん狭霧の予定に合わせただけだ。職権濫用紛いの先輩で申し訳ない後輩。
「いいえ。むしろ移動は多いけど見る場所少ないんで武道場とか後は屋内のマイナー競技なんで楽ですよ。剣道とかボクシングとかは顧問の先生がやってくれるんで見なくていいらしいですし」
彼女は非常に真面目で人手の足りない生徒会に自主的に所属してくれた稀有な人物で、まだ入って三週間弱なのに頑張ってくれている。部活に入っていない私にとっては初めて出来た後輩なので大切に指導している。
「吉川さん。そろそろ帰宅準備を、最終下校時刻になりそうです。あとは現地で直接調整して臨機応変に対応しましょう。分からない事があれば連絡を下さい」
「はいっ!! ありがとうございます先輩!! あの、この後なんですが……」
吉川さんが何かを言いかけた時にコンコンとノックをする音がしたので「どうぞ」と言うと「失礼しま~す」と聞き覚えのある声がして生徒会室に本来居ない筈の彼女が入室してきた。そして吉川さんがポツリと言った。
「嘘……女バスのGG……何でここに?」
「やっぱまだ居たんだ……シン……電気付いてたから気になっちゃって」
「さぎっ……竹之内さん? どうし――「さ・ぎ・りっ!! てか今言いかけたでしょ!? 昨日ご飯食べた時に普段から名前呼びにしてって言ったよね?」
入って来たのは、ご存知マイ幼馴染の狭霧だった。人前なのでつい苗字で呼ぶ癖が出たのだが、そう言えば昨日IDを無理やり聞き出された上に私のID登録名を『春日井信矢@竹之内狭霧の幼馴染』として設定され、更に普段から名前呼びにするように言われたのを思い出した。
「ああ。そう言えばそうでした。狭霧……こうして人前で意識的に呼ぶのも久しぶりなのでブランクが有りまして」
「ま、今回は許してあげる。その代わり明後日の予選の祈願のためにこれから神社に行きます!! だから付いて来て!! 幼馴染命令!!」
「今からはちょっと……あそこは無人ですから着く頃には真っ暗なので少し危ないですよ?」
「あ、あのっ!! 先輩方!!」
いつものように狭霧ペースで会話をしていると置いてけぼりの吉川さんがたまらず割って入ってきた。そうだった、彼女の存在をすっかり忘れてた。今学期に入ってから先輩としての自覚をもたないといけないのに迂闊でした。私は取り繕うようにメガネの位置を直した。
お読みいただきありがとうございました。まだまだ拙い習作でお目汚しだったかもしれませんが楽しんで頂ければ幸いです。読者の皆様にお願いがございます。
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