第107話「終わりと始まりの間で・・・」
「それで狭霧と霧ちゃんは僕の部屋の掃除を手伝ってくれると……」
「そうだよ……彼女として色々チェックするからね!!」
「その姉のお目付け役が私ってわけ、シン兄も危ないと思ったら遠慮なく隠していいからね~?」
そう言われても隠す物なんて特に無いから大丈夫と言って部屋の掃除を開始した。とは言うものの普段から整理整頓はしているから特に汚れていない。
「シン兄、じゃあまずはベッドの下からだよ、ギブなら今の内にね?」
「えっと……まあ大丈夫だよ」
霧ちゃんがベッドの下を探っていると何かを見つけたようで引っ張り出していた。それは小さいダンボール箱で埃を取ると僕の許可も得ずに開けていた。
「さぁ~てシン兄のお宝は何かなって……え?」
「あっ、これって私たちの自由研究?」
「うん、小学校の時さぁーちゃんがサボり気味だったアサガオの観察日記」
中学の頃に隠した後は狭霧と疎遠になってトラウマだったから開けないようにしていた。それでも大事な思い出だから封印していた。
「でも何で姉さんの分も有るの?」
「提出も僕任せだったから先生も返却は僕の方が良いだろうって、母さんにバレたら怒られるから僕の部屋に二人で隠したんだ」
「あ……そうだったね私が泣いてお願いしたんだ、懐かし~」
昔から狭霧はおねだり上手だったからねと言ったら霧ちゃんの目が死んでいた。
「そう言えばその頃からか、このダメ姉……じゃあこれは?」
「ああっ!! そ、それはダメだよ霧華!!」
なぜか僕の部屋から出て来たのは狭霧の忌むべき過去の遺物、さんすうのテスト用紙だった。
「うっわ……九九が出来てないじゃん姉さん」
「い、今は出来るから大丈夫だし……」
夏休みの宿題以外にも小学四年生までのテストの回答用紙が二セット分このダンボールには収められていた。これも大事な思い出で密かに見返したりしていた。
「今さらだけどシン兄の重さも尋常じゃないよ……これ思い出って言うかストーカーの収集物でしょ」
「まあ、情けない話……中学時代とか見返して一瞬ハイになった後に鬱になったよ、さぁーちゃんに会いたいって……」
「私もシンに週に数回しか会えなくて辛かったよ~」
同じ気持ちだったねと言って笑うと狭霧もニッコリと笑顔を浮かべていた。癒される至高の笑顔だと言えば霧ちゃんはまた呆れていた。
「文字通りシン兄にとって我が姉はドラッグ、いや特効薬か」
「上手い事言うね、僕にとって狭霧は元気の源だからね」
「私の方がも~っと元気の秘訣だから!!」
元気の充電と言って狭霧は抱き着いて離れなかった。その間にも霧ちゃんは僕らを無視して掃除を続けていくと最後に勉強机の下からお菓子の空箱を取り出した。
「じゃあ、これはどうかなっと……」
「霧ちゃん!? そ、それはダメだ!!」
忘れていた少し前までは普通だったが今はハッキリと危険物だと分かるあれを残したままだった。処分するのを忘れていた。
「おや、これは良い反応!! 姉さん当たりかも!! 抱き着いたまま取り押さえといて!!」
「シン、私だってもう大人だから男の子がそういうのを隠してるの知ってるからね? 大人しくしてて」
僕は離れない狭霧の前に抵抗を諦め禁断の箱が開けられるのを黙って見ていることしか出来なかった。
「さて御開帳~、シン兄の隠れた性癖が……え?」
「私、どんなのでも頑張るから……」
そして狭霧と僕も曝け出された箱の中身を見せられた。今思い出しても恥ずかしい僕の過去と思い出だ。
「これって、もしかして……」
「わたしの写真?」
ついに見つかってしまった僕の宝物は秘蔵の狭霧の写真コレクションと当時の状況の様子を書いた直筆の日記だった。
「うん、さぁーちゃんの写真と僕の日記です……」
これは僕の大事な思い出だ。そして人目についてはいけない危ない代物で昔のボクは何の疑いも無く狭霧の好きな所などを箇条書きで書いていたものだが、正直に言うと黒歴史とか生易しいものでは無く証拠物件にもなり得るものだ。
「あっ……ガチでマズイやつだ、これ……」
「小学校の時のもいっぱい有るね!! 懐かしい」
「露骨に中学から写真が減ってるのが二人の歴史って感じで……あ、高校から増えてるね……ん? このアングル……まさか盗撮」
そう、小学校の時や中学の写真はまだギリギリセーフだ。しかし問題なのは高校に入ってからだ。
「え~と、うっわ……学校での一時間ごとの行動データと資料って……バスケの朝練の時だけ異様に写真が多い」
「シン……」
さすがに狭霧でも引いただろう。欲望と良心の間でおかしくなっていた第三人格の私が狭霧をストーカーしていたようなもので悪いと思いながら我慢出来なかった。
「ごめん……狭霧、欲望を抑えきれなかった……」
「ま、まあ、どんな完璧超人でも穴は有るから……姉さんもシン兄のいい所を……」
「す、素敵……」
なぜか目の前の幼馴染は目を潤ませて情熱的な目を僕に向けていた。可愛い。
「「えっ?」」
「常に私を見守ってくれてたんだね……シン、愛してる!!」
「えぇ……こ、この流れでか……さすが我が姉ね」
さらに抱き着いてキスまでされてしまったが霧ちゃんは死んだ魚のような目をしていた。恋人にキスされただけなのに罪悪感でいっぱいなこの気持ちは何だろう。
「さぁーちゃん、こんな情けない僕を許してくれるの?」
「許すも許さないもGWの時にも言ったけど幼馴染の範囲内だよ!!」
「いや、あれは前の僕がおかしいからで……」
あの時は頭がおかしくなってたし中二病が継続中の歪んだボクの過ちだ。今や成長して僕になったから全て正常で過ちにも気付いている。
「でも、私だってシンの後を付けてたし付きまとったりしたけど嫌だった?」
「そんなことは断じてない!!」
「でしょ? ならこれで良いんだよ!!」
そうか、これで解決だと思って互いに抱きしめ合うと狭霧越しに霧ちゃんと目が合ってしまった。
「アハハ……良いのかな?」
「もう好きにしたら……誰も訴えないでしょ、それじゃ大掃除も終わりにする?」
霧ちゃんが完全にやる気を喪失したので下に降りると今度は母さんと父さんの大掃除を手伝うことになって僕らは手分けして手伝う事になって一日が過ぎて行った。
◇
「そして今日は大晦日……今年は皆で初詣だよ!!」
この日は僕の家に両家が揃っていた。数年振りのお隣さんなのに集まるのは我が家のリビングなのは、もはや定例で狭霧は開口一番こんな状態だった。
「神社に皆で行くのは久しぶりね……初詣も何年振りかしら奈央たちは行ってた?」
「行ってませんよ、あの事件の後だから五年振りです先輩」
「五年振りか……父さん達は大丈夫なの?」
今でこそ分かるのだが何度か父さんは年末年始に仕事で行けない事が多かった。あれは秋山さんの護衛や親族の周辺警護だったそうだ。
「ああ、会長が気を使ってくれてな……今年は会長も家族で会食をするから家族水入らずを楽しんで来いと言われてな、しかしなぁ」
「どうしたユーイチ? 何かあるのか」
「ああ、会長の家族が気になってな……お孫さんのことで手を焼いているらしいから他人事とは思えなくてな……それに――――」
そして昼は狭霧たち女性陣は明日のおせちを用意したりするために買い物に出るので俺は置いて行かれ初詣のことも考えて夜のために仮眠を取る事にした。
「それで、これは夢でいいんだよね?」
「決まってんだろ……お前の都合のいい夢だ」
「その通りです。よくある脳内会議とかいうものと考えて下さい」
目を覚ますと夢の中だった。いや実際に目を覚ましておらず今も寝ていると思う。そして目の前には目つきの悪い一人称が俺の自分とメガネをクイッとさせている自分がいた。
「改めて君たちには助けられたよ」
「何言ってんだ他人がお前を助けたんじゃねえよ、一人遊びしてて勝手に助かっただけだ、理解してんだろうが」
そう言って不貞腐れたのは俺の方で私の方もフッと笑いながら冷静な視線をこちらに向けて言った。
「彼の言う通り、いや私の言う通りかな……私達は一心同体以前の妄想で全て君の演技の副産物だからね」
「つまり今話しているのも僕の演技?」
「そう言うことだ、ついでに言うと会議風にしてるのもオメーの趣味だ俺らは付き合ってるだけだ、お前のママゴトによ」
「なるほど……じゃあ狭霧のことで相談かな……」
そして僕たち三人は狭霧のことを脳内で褒めちぎるという意味不明な会合をした。そして夢が覚める直前に凄い事を言われて僕は飛び起きた。
◇
「きゃっ!? シン大丈夫?」
「ああ、変な夢を見ててね今は……もう17時か」
「うん、そろそろ下降りよう? 母さんとシンママが年越しそば作ってくれてるよ」
そして二人で下に降りると一番遅かったのは僕達だったようで初詣に行くまでに各々まったり過ごす事になったのだが問題が起きた。
「あらら、狭霧眠ってるわね……」
「姉さん、お昼におせち選んでる時に何品か明日作るからって張り切ってたからね」
今度は狭霧の方が眠ってしまった。昼の買い物は奈央さんらが言ったように張り切ったからか疲れ切っているようで揺すっても起きず眠りは深そうだ。
「じゃあ朝からに変更する?」
「私は久々の日本だし、初詣行きたいな~、姉さんにはシン兄が居るでしょ?」
確かに霧ちゃんとしては久々の初詣に行きたいだろうし、狭霧一人のために予定変更も本人が罪悪感を感じるだろうから僕が残るという話で決着した。しかし霧ちゃんの目が一瞬キラリと光った気がしたが気のせいだろうか。
「じゃあ、後は任せたゾ、将来のマイサン、私の眠り姫を守ってくれよ?」
「戸締りはしっかりね信矢」
両親たちが出て行く中で霧ちゃんだけは意味深な顔をした後に「ごゆっくり~」と言ってドアが閉まる。それから数分もしたら今度は狭霧が目をパチリと開けた。
「狭霧? えっと起きたのか? じゃあ急いで温かい恰好に着替えて……狭霧?」
「シン、部屋……いこ」
うつむいた狭霧の表情が読めず言われるがまま僕は部屋に戻っていた。部屋の電気を付けようとしたら大丈夫と言われる。幸い月明りで互いの表情は見えているから問題は無いが不自然だ。
「狭霧、皆を待たせてるし今から行けば間に合うから……」
「ね? シン、初詣と私のどっちが大事?」
ベッドに座り込んだ狭霧は真剣な顔をしていたから僕も真剣に答えた。慎重に言葉を選んで自分の思いを伝える。
「狭霧? いきなり何を? 家族と行くという意味で初詣も大事だよ……でも」
「でも?」
「一番は狭霧だよ。これだけは譲れない」
「私も……だから霧華に頼んだんだ……シンと二人きりにしてって」
僕もベッドに腰掛けて隣を見ると狭霧は決意を込めた表情をしていて月明りで照らされた綺麗なヘーゼル色の瞳に僕は吸い込まれそうになる。そして静寂な室内にゴーンと除夜の鐘の音が響いた。
「なんで?」
「言わなきゃ……ダメ?」
「言って……欲しい」
「いや」
短い言葉の応酬が続くが理解していた。いや理解出来たと思う。自惚れていいのだろうか……その時に僕が思い出していたのは夢の話だった。
「さぁーちゃん……実は今日、昼に夢を、見たんだ」
「うん……」
ゴーンとまた除夜の鐘が鳴って僕たちの視線は自然と窓の外に向けられる。窓から見えるのは遠くの建物の光と夜空と月だけだった。
「そこで別な人格の俺や私に言われたんだ」
「何を?」
夢の最後にまた彼らに後押ししてもらった。いや、させたんだ僕が彼らを使って言わせた僕の本当の意思なんだ。
「狭霧を待たせるなって……僕自身が分かってない訳が無いのに……また言わせちゃったんだよ二人に……情けないなって思ってさ」
「そっか……ふふっ」
僕は狭霧を抱き寄せた。少し驚いたような息遣いが聞こえて体越しに鼓動が伝わる。僕の鼓動も伝わってると思う。
「皆をだいぶ待たせると思う……でも狭霧が……欲しいんだ、全部」
「うん……抱いて、シン」
僕たちはその日、心だけじゃなくて体も結ばれた。そして抑えが効かなくなった僕らは翌朝までノンストップで気付けば初日の出を二人で拝んでいた。