第104話「最高の聖夜に向けて」
◇
「春日井くん、おめでとう、宣言通り学年一位を取り返しましたね」
「ありがとうございます教頭先生、今回は漢語と数学だけ98点か……他はパーフェクト……良い感じだ」
「シン凄い!!」
「竹之内さんも頑張りましたね、苦手な理系科目も50点以上、他の科目も最高点で75点です、正直ここまで劇的に点数が上がって驚いた」
僕たちはテスト返し後に呼び出されていた。あの大事件に巻き込まれ、すっかり忘れていたが狭霧は今回の期末を乗り切らなければ退学だった。
「狭霧も本当に頑張ってました……期間もギリギリだったし少々不安でした」
「だが君の方は例の空見タワーの防犯訓練に巻き込まれて全治二週間の怪我を負っていたのに学年一位とは大したものだ副会長」
「いえ、全ては狭霧のためです……教頭先生には改めて僕たちのために色々と骨を折ってもらって感謝してます」
教頭先生に再度お礼を言って廊下に出るとすぐ家に連絡をする。今回は親も来ておらず教員側も教頭だけだった。まずは一安心、これでも昨晩は緊張していた。
「だから昨日は寝れなかったんだ……霧ちゃんにはそれがバレてたのかも」
「そう言えば霧華と遅くまで話してたよね、ま、まさか浮気!?」
「しないから、僕は狭霧が一番だから……奈央さんとリアムさんの話を聞いてたんだ、二週間くらい入院して僕だけ別居の詳しい経緯とか聞いてなかったし」
そんな話をしながら気付けばクラスの前に到着していた。二人で入るとシーンとしてクラス中がこちらを見つめる中で澤倉と河井が声をかけてきた。
「おっ、それで……春日井、結果は?」
「え? ああ、そうだったね……僕も狭霧もこのクラス残留が決まりました」
「平均点越え何とか出来たよ~!!」
そして歓声が上がった。わざわざ放課後なのにクラスメイト全員が残って心配してくれていた。こんな経験は生まれて初めてだ。
「よっし、じゃあ打ち上げ行くぜ」
「あ~、じゃあオケ行こう狭霧」
「ツッチー!! 行きたい!!」
今日は家族に報告が有るんだけどな……と視線を向けるが完全にカラオケモードなのが見て分かってしまった。
「仕方ないですね……家には僕が連絡しておくよ」
「うんっ!! じゃあ皆で行こう!!」
テスト返し最終日で午前上がりという条件も相まって打ち上げが決まり、最終的にクラスのメンバー全員参加のカラオケ大会になって大盛り上がりとなった。
◇
「それで遅くなったのね、ちゃんと連絡はもらってたから良いけど……そう、学校の友達と、信矢にもやっと友達が……お嫁さんの心配はしてなかったけど友達がいないのは心配していたのよ」
「まあ僕だってクラスメイトとカラオケくらい行くさ」
狭霧は別として僕は何をやっていいか分からず椎野や澤倉に幹事をしてもらって回ってくるマイクと狭霧の選曲で歌わされていただけだったのは秘密だ。
「私が連れて行ってあげてシンは今回で二回目なんですけどね!! シンママおかわり~!!」
「はいはい、たくさん食べなさい。信矢は友達とか本当に見た事無かったから狭霧ちゃん、ありがとうね」
狭霧それは言わないで本当に、これでも今日それなりに話せる友人も増えたしアプリの連絡先だって一気に増えたと内心喜んでいると霧ちゃんが喋り出した。
「あ~、そう言えば例のアニキさん達とカラオケとか行かなかったのシン兄?」
「アニキとは買い食いと喧嘩が基本かな……後は鍛錬だった、ファイトマネーをいかに母さん達にバレずに使い切るかだったから高級店巡りが多くて」
あの頃は喧嘩に明け暮れたから……そして中学三年から高校一年はほとんどの記憶が無かった最近までは……。
「Oh……シン兄もだいぶ危ない方向に……本当に帰って来て正解だったわ」
「信矢、喧嘩とかもうしてないでしょうね、お願いだから本当に、本当に危ないことは止めてちょうだい」
また母さんの小言が始まって原因になった狭霧を見るが満面の笑みでカレーを食べていて気付いてない。
「分かってる……父さんも睨まないでよ」
「睨んでるつもりは無いが心配なんだ俺も翡翠も……お前は狭霧ちゃんの事になると行動力がな」
父さんが言い辛そうに見て来るが僕はそこまで酷いだろうか、ただ自分の思うままに真っ直ぐに生きて来ただけなんだけどな。
「そうかな……さぁーちゃんのために今までした事なんて普通じゃないか」
「シン、それは違うよ無理し過ぎ、ビルに突っ込んでヤクザと戦ったり、多重人格の振りしたり、学校の先生と論戦してクビにしたり、やり過ぎ……嬉しかったけど」
「それが盛ってるなら笑い話なんだけど全部やったのよねシン兄……」
霧ちゃんにもさっきから呆れた顔をされている。だけど狭霧のためならこれくらいは必要なことだ。
「狭霧ちゃん関連になると覚悟が決まってるのよね……うちの息子」
「だが好きな女性のために戦う姿勢は悪くはない……男だな」
「母さん、父さん……これからは無茶はしないよ……そう言えば今日は父さんが休みなのは知ってたけどリアムさんもでしょ、奈央さんも居ないしどこ行ったの?」
実はカラオケから帰って来たらリビングには父さんと霧ちゃんがいてキッチンには母さんだけで二人の両親の姿はどこにも無かった。
「あの二人ならデートですよ娘二人を放っておいて、夫婦に戻った瞬間これだから」
「ええっ!! ズルいズルいよ~、シン私たちもデートしよデート!!」
霧ちゃんが言うと父さんと母さんは苦笑していて「昔からそうだったから」とか言っているが狭霧はデートしようと騒ぎ出して僕の手を放さなくなっていた。
「デートか、じゃあ行きたいとこ有る?」
「二人で一緒ならどこでもいいよ」
「僕もだよ……じゃあイブのデートを二人で考えようか」
「うんっ!! じゃあ一緒にお風呂の中で考えよ~」
頷きかけたけど母さんと霧ちゃんに全力で止められ、僕はなぜか父さんと二人で風呂に入ることになった。久しぶりに二人で入った風呂はかなり狭かった。
◇
「はい、では今からイブのためのデート会議を始めます!!」
夜も更けて狭霧たちを家まで送ると両親が帰ってくるまで一緒にいたいと言われ僕たち三人はなぜか会議をすることになっていた。
「Shit、なんで私がバカップルのデートの計画を手伝うはめに……」
「霧ちゃん、汚い言葉はダメだよ」
「大丈夫よシン兄、どうせ日本じゃ分からないから」
霧ちゃんは向こうに行ってから成長したけど同時に口が悪くなった気がする。チョイチョイ向こうのスラングも出て来るし心配だ。
「私は夜景の見える高級ホテルのレストランでディナー!! そしてスイーツルームで朝まで……ついに私にもイブの熱い夜が!!」
「はぁ……お小遣いが先月までピンチだったのに夜景の見える高級ホテルは無理でしょ、あとスイートルームねお菓子の家にでも泊まる気なの、それにシン兄の家には門限あるからシンママが許さないと思うけど」
完璧な論破だった。そして妹に泣かされた狭霧は僕の腕の中にいた……可愛い。
「よしよし、確かにお金はあんまり無いからバイトを頑張るしかないね、狭霧は今回のテストで英語は64点だったから大丈夫、少しづつ勉強すればミスは無くなるよ、朝帰りはまだ早いかな?」
「シン兄は本当に姉さんに甘い……スイーツの意味はそっちでしょ」
「ううっ……今日も妹が厳しい、綾ちゃんが恋しいよ~」
「そう言えば頼野さんは元気なのかな、連絡は来たの?」
狭霧の話では新しい事務所の方針でアパートに一人暮らしになってからは両親との接触も制限されているからマネージャーに手伝ってもらって無事に新生活を開始したそうだ。
「姉さんより立派ですね……少し話したけど良い人でした」
「でも実は寂しがり屋で意外と甘えん坊なんだよ、昔の霧華みたいで~」
こんな感じで話していると結局デート計画なんて忘れて失っていた時間を埋めるように雑談に花が咲く。そして話題は自然と二人の両親の話へとシフトしていく。
「それにしてもパパも母さんも悩んでたんだね」
「ええ、そりゃパパなんて渡米して一週間でグランマに愚痴って怒られてたから」
「え? お婆ちゃんが……滅多に怒らないのに」
「僕は小さい頃に一度しか会ってないけど温和な人だったよね」
狭霧たちのお婆さんも二人と同じく金髪碧眼つまり、アッシュブロンドにヘーゼルの瞳持ちで小学生の頃に会ったことがある。
「それもあって余計に仕事にのめり込んで今度は私が風邪ひいて叱られるっていうコンボが入っちゃってね、しかも私が家事をしてるのもバレちゃって……」
「パパって学生時代は一人暮らしで料理は出来たけど他の家事は苦手だったもんね、特に掃除とか……」
「それよ姉さん、パパの向こうの書斎は書類とダンボールだらけで裁判の資料とか凄かったから……」
「やっぱり弁護士って大変なんだね、今回も頼野さんのお父さんとか他にも秋山さんの方でも動いてくれたんだよねリアムさん」
頼野さんのお父さん、元ヤクザの栄田さんや今回の騒動で表向きは首謀者になった秋山さんの裁判も担当するのが決まっているそうだ。
「ま、栄田さんはともかく秋山ってお爺さんは弁護団の一人って扱いらしいけどね」
「確かに、あんな会社の会長なら弁護士くらいいるか……でも、じゃあ何で」
「パパからお昼に聞いたけど日本での顔見せと拍付けらしいよ」
「なるほど……秋山さんなりのお礼か……」
リアムさんが日本を去って約五年、こちらに戻って仕事をするために大きな裁判の末席に入れることで日本の法曹界に復帰のご挨拶か……なんか凄いな。
「あのお爺さんがパパにお仕事くれたのは分かるけど……それが顔見せ?」
「色々と大人の世界の話だね……それよりも、さぁーちゃんは他のデートプラン決まったの?」
「あっ!? そうだった……じゃあ――――」
その日は結局、二人の帰りを待って僕は狭霧の部屋で過ごす事になった。そして気付けば日付けは変わっていた。
◇
「それで、反省しているの二人とも?」
「「はい……」」
今日も朝から母さんのよく通る声がリビングに響いていた。そして現在リビングの床では正座で男女二人が説教を受けている真っ最中だった。
「いい年して朝帰りなんて……何を考えてるの!!」
「面目次第もナイ……」
「同じく……」
「子供たちに恥ずかしいと思わないの!! 二人とも!!」
そして僕と狭霧と霧ちゃんの三人は朝食を食べながらそれを見ていた。今朝こっそり朝帰りしてきたリアムさんと奈央さんは母さんに説教されていた。
「やっぱシンママいると違うわ緊張感が……私、日本帰って来たわ~」
「シン、わ、私、特別なデートとかよりも、お家デートが良い気がして来た……」
久しぶりに母さんが本気で怒ったのを見た。最近は本気と言っても半分泣いていたり心配されたりと違うベクトルで純粋に誰かを叱っているのは久しぶりだ。
「大丈夫だよタイムスケジュールは完璧にするから……でも夜景とかスイートとかは僕じゃ難しいかな?」
「そうよ、狭霧ちゃん、正にそのデートコースで朝帰りして来たのがこの二人よ」
大人の財力で狭霧の考えた定番デートを二人はして来たそうだ。帰宅時の二人は新婚当時のようだったと玄関前に仁王立ちしていた母さんは言っていた。
「で、でも先輩……二人も中学生と高校生だし……」
「そ、そうだヒスイ、俺たちもたまには……」
「た・ま・にぃ~? リアムくんは帰ってきたばっかでしょ!! そもそも昨日なんかうちの人と飲み比べしてゲロしちゃったじゃない!! 奈央も学生の時から私に何でも任せる癖を直しなさい、狭霧ちゃんと霧華ちゃんはあんた達の娘なのよ!!」
「「はい……」」
僕としては引き続き狭霧と一緒にいられたからとフォローに回ったが睨まれたので黙って朝食を終わらせると狭霧と登校する準備に入った。
「ちょっと姉さん、シン兄……この状況で私置いて行かれるの?」
「霧華……ファイト!!」
「大丈夫、今日も午前上がりでバイト無いから。それまで三人をよろしく霧ちゃん」
そして僕と狭霧は逃げるように家を出た。後ろに霧ちゃんの恨みがましい視線を受けながら……逃げるのも戦略なんだよ霧ちゃん。
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