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フラれた秀才は最高の器用貧乏にしかなれない  作者: 他津哉
第4章『決戦!空見澤市動乱』編
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幕間その3「本当の決着」‐Side仁人&七海‐


◇――――Side仁人



「ぐっ、予定通り……時間は稼いだぞ、信矢」


 俺は手持ちの道具を全て使い切って男達を三人まで無力化した。だが敵は五人、しかも最初に倒した桶川まで復活していて俺を蹴り飛ばした。


「何をほざいてやがる死ね権力者ぁ!! あとは春日井も、あの金髪も皆殺しにしてやる!! いや、どうせなら春日井の前で嬲り者にする方がいいか!!」


「がはっ、それは……無理、だな」


「なんだとぉ!! 俺が、今は、上なんだよぉ~!! クソガキが!!」


 感情に任せて何回も蹴りが入る。他の二人は飽きたらしく信矢を追おうとしてるようでマズイ、少しでも時間を稼がなくては……。


「やはり桶川と一緒に、いるだけ、あって頭が悪いようだ……ごふっ」


「んだとガキ!! おい俺らもやらせろ!!」


「ぐはっ、うぅっ……ぐっ」


 どうやら本格的にマズイ、生命の危機が迫ると走馬灯が見えるとは本当らしい今度論文形式にして発表するのも悪くない。


「いけ、ないな……現実逃避なんて昔の、俺じゃないか」


 死を覚悟すると本当に過去を思い出すなんて思わなかった。これは研究してメカニズムを解明できるかもしれないと思いながら過去を思い出していた。





 幼稚園児の頃から俺は世間で天才児として紹介された。最初は両親が褒めてくれて発明や数式を解いて褒美に貰える菓子だけで良かった。そんな俺は小学校へ進学する時に周囲との圧倒的な差に気付いてしまった。


「社会性を持つのは大事か……群れで生きるのは僕には難しいようだ」


 天才は孤高になるとは言ったもので卒業する頃には腫物扱いだった。今思えば彼の、春日井信矢の調査報告書を見た時に興味を惹かれたのは同情心も有ったのかもしれない。


「ここがG機関、GENIUS機関とは随分と頭の悪い、英語へのコンプレックスが強い日本らしい名前だな」


「同感ですわ、気が合いますわね」


 当時は周囲に対して攻撃的だった彼女は中学生の頃の千堂七海、つまり後の俺のパートナーだ。俺は気付かなかったが当時は張り合っていたらしい。


「ああ、君は?」


「初めまして天才児の千堂 七海です。同じ天才同士よろしく」


 握手を求められて当時の俺はG機関の出資元が千堂グループで彼女がその縁者だと理解し敬語に切り替えていた。この時に俺は家から追い出されG機関に売られていた。つまり俺の飼い主だとすぐに理解したからだ。


夢意途 仁人(むいとまさひと)です」


 だが、それから一年は楽しかった。七海は何かと俺に議論を挑んでくるようになった。本人は俺に負けたと言うが俺は着眼点が素晴らしいと称賛する度に怒声を浴びせられた。でも俺はその時間が楽しいと感じていた。そして七海の態度も徐々に軟化していった。それは俺の夢を話した時からだと記憶している。


「仁人さんが夢……ですか? ずいぶんと抽象的ですね、私のような凡人に合わせなくても良いんですけど?」


「今日は一段とご機嫌斜めだな。もう機関には五人しか居ないんだ仲良くしよう。夢と言っても二つの意味だ。君はフロイトは知ってるか?」


「バカにしないで下さい。興味深い研究を残されてますけど最後は穴だらけの理論で完全に否定された古くて使い物にならない研究……ですね」


「俺も最初はそう思っていたがな……彼の理論を突き詰めれば俺の長年の疑問が解消できるかもしれない。そして最終的に『愛』という不可思議な感情を理解し物理的に存在させ定義が出来るんじゃないかと考えている」


 俺が言うと普段の彼女とは思えない間の抜けた顔をした後に思いっきり笑われた。だが俺はその後も真剣に『愛』について説いた。本当にこの感情だけは理解出来なかった。俺はその証明のために、かの研究の一部が使えると考えた。


「だから信矢が利用出来ると思った……だが結果は大失敗……笑えるな。両親に売られた時と同じくらいのショックを受けるとは思わなかった」


 そんな事を最後に思いながら俺の走馬灯は覚めていく。なるほど生きてはいるようだな俺は……どこか遠くで女性の声が聞こえるが母か、いや売られた俺の身近に女性なんて一人しかいないはずだ。





「仁人さま!! 仁人さまぁ!! どうか目を、お願いします起きて、起きて下さい、お願いします何でもしますから、どうか!!」


「あっ、く……な、なみ?」


「仁人様!! お気を確かに!!」


「だいじょ、ぶだ……お前の声が大きい、から、せっかくの走馬灯も……途中で見れなくなってしまった」


 目を開けると走馬灯で見た七海よりも少し成長した彼女が俺の胸で泣き腫らしていた。周囲を見ると黒服と見覚えの有る二人、秋津勇輝と各務原愛莉の二人もいた。


「お嬢さま、天才はお目覚め?」


「全員縛って転がしておいたがシンが気になる、そろそろ行っていいか?」


 どうやら二人と一緒に再び戻って来たようだ。まったく、なすべき事をしろと言ったのに見ると七海は泣き腫らした瞳で俺を覗き込んでいた。


「ぐすっ、はい……どうぞ、お行き下さい。今回は、感謝します」


「いつも、そうやって殊勝ならいい女なのにな? じゃあ行くぜ」


「あなたに、いい女などと言われても……」


「ま、好きな男に言われるのが一番よね? じゃあお嬢、急いで行こう」


 各務原さんに言われ俺達は下の階に降りると未だに戦いは続いていた。途中の階でも戦いが続いてて通り過ぎる一瞬見たのはロングソードを振るう《《男女》》だった。


「本当はヘリでお送りしたかったのですが屋上が使えないため地上からになります」


「待って、くれ七海。出来れば最後まで見届けたい。頼めるか?」


「ダメだと言っても聞いてくれないですよね?」


 しょうがない人と言われた瞬間に心臓が跳ねたような不思議な感覚が有ったと同時に、今は七海と一緒に信矢が戻って来るのを見たいという気持ちになった。


「これは、七海の私兵にしては人が多過ぎる……」


「ええ、完全にしてやられました。お爺様が注意しろと珍しく口出ししてきた理由を理解しました……秋山英輔、ここまでなんて甘く見過ぎました」


 一階のロビーから出ると警備員風の服を着た人間とヤクザ風の人間さらに街の人間たちの三つ巴の乱戦が起きていた。その中で目を引いたのは後方で負傷した男性と寄りそっている頼野綾華だった。


「お父さん、お父さん!!」


「泣くなぁ綾華、こんなのに刺された程度だ……いてて」


「そうよ綾華、お父さん昔の抗争で蜂の巣にされても生きてたから大丈夫よ~」


 今の会話で物理的に頑丈な人物なのは分かった。話を聞くと戦いが始まってすぐに乱入して来たのが栄田一派で頼野さんを守ろうとした際にヤクザの銃撃から彼女を守ろうと栄田が盾になり肩を負傷したそうだ。


「あの人間も最後まで想定外でしたから。ある意味で今回の騒動の中心に頼野綾華は居ました」


「なるほど、娘を思う父親の思い。これも愛か……難しいな。一生かかっても俺には解き明かせないかもしれない、あいつに……信矢に思い知らされた」


 そう言ってため息をついて苦笑していると横の七海は真剣に俺の目を見て口を開いていた。


「仁人様、今回は失敗でしたが次は必ず解き明かせると私は信じています。ですので今回のような無茶は二度となさらないで下さい」


「いや、無茶をした覚えは……」


「嘘です。今回のあなたは……完全に自暴自棄で破滅願望が見透かせるほどでした。私だって伊達に六年も傍に居ないんですよ」


「ふっ、そうか……。だが今回の信矢を見たら俺には荷が重いと思ってな」


 七海に言われ俺は改めて考えていた。そもそも天才と呼ばれるのは伊達では無い。自分のスペックは理解出来ているし当然、己の限界についても理解している。


「ならば……」


「ん?」


「ならば成功するまで何度でも挑戦して下さい!! 資金ならいくらでも私が用意します。それに、それに……私がずっと、ずっと傍でお手伝い致します!! ですから、どうか夢を、私に語ってくれた夢を諦めないで……」


「……そう、だな。ああ、一度失敗した程度で諦めるのは違うか……助かった七海、これからも傍で俺の助手をしてくれ…………ずっとな」


「はいっ!!」


 少しだけ理論や研究それに伴う事象以外を信じる事が出来るかもしれない。そんな不確かなものを俺が信じようと思うなんて……だが悪い気分じゃないのは七海のお陰なのかもしれない。


「今日はいくつもの発見が有った。七海、感謝する」


「それが、あなたの役に立つと決めた私の決意ですから……で・す・が、今後は自分が矢面に立つような事は本当にお止め下さい。あなたの身に何か有ったら……私は」


 また泣きそうになる彼女になぜか焦って俺は気を付けると言って咄嗟に騒ぎが落ち着いたら二人きりで話し合おうと言っていた。


「えっ? 二人きりで……はいっ!! では日程を調整致します」


 その後、争いが落ち着いてしばらくすると信矢と竹之内さんを迎えに行った秋津勇輝や他のメンバーも降りて来た。一緒に工藤警部補と女性も一人、捕まっていた人質だろうか。


「あれは確か冴木梨香……主犯か共犯かと思われていたのですが……」


 隣で呟く七海の言葉を聞いていると信矢がやって来て話をするが複雑な気分だ。結局、俺は目の前の器用貧乏と思い込んだ秀才の演技に二年以上も騙されていた。


「お見事だよ。まったく」


 七海が招集した学校の人間や彼らの両親や知り合いに囲まれる信矢を見て改めて思う。ただの器用貧乏ならここまでの人望は得られないし人は集まらない間違いなく才能だ。


「次こそは使える被験者を探しましょう」


「そうだな。だが今度は少しだけ穏便な方法でアプローチしよう」


 たった一人の少女のために貫いた信念と矢のように真っ直ぐ貫いた生き様が今の状況を招き寄せたのだと素直に称賛できる。同時に俺には絶対に真似できない所業だ。今のお前を誰も器用貧乏などと呼べないだろうよ信矢。



◇――――Side七海



「取り合えず今ので最後ですね……春日井くん達よりも仁人様の方が聞き分けが悪いなんて……ふふっ、しょうがない人です」


 怪我人が大量発生するのは想定していたので仁人様以外の有象無象にも救急車を手配しておいたのが功を奏した。


「七海様よろしかったのですか」


「何がです佐伯」


「はい。夢意途様に付き添わなくてよろしかったので」


「ええ、仁人様に事後処理を頼まれましたので、あと仁人様の部屋だけは一番安全な個室に手配しましたね?」


 秘書に尋ねて確認すると私は最後に現れたイレギュラーの竹之内リアムを見た。本名リアム・T・バーネット、竹之内狭霧の実の父親で弁護士だ。


「では工藤くん栄田氏の弁護は私がする。娘の友人の父なら助けるのは当然サ。だが何より彼は怪我人だ。処置が終わってからノ連行がベターだと思うガ?」


「はい。ただ……さっきから署の方に連絡してるのですが誰にも繋がらなくて」


「ふむ、では私もそろそろ信矢の方に行きたいのだガ……」


「病院の場所も分かってますし大丈夫です……現場保存は……なぜか秋山さんの部下の方々がしてくれるので」


 部下に調べさせた情報によると何名かは警察出身者がいるらしい。何より各務原さんの祖父と秋山英輔氏の二名は元警察官つまり警察OBだ。


「その辺りはこちらに任せてくれ……私も事情聴取を受けよう」


「秋山さん。ですが今回の騒動にはあなたの尽力が大きいのに……」


 工藤警部補と秋山氏の二人の話を聞いて私も事後処理の話をしようと動いた時だった。サイレンを鳴らしてパトカーが一斉にタワー前に止まり中から次々と警官隊が出て来た。


「本命のせいで随分と遅いご到着ですこと」


「千堂グループの七海さん、だったね? 何か知ってるのかな」


「事情は把握していますが……お話してくれそうな方が来ましたよ」


 そして警官隊と秋山総合警備保障の面々がにらみ合いを続ける中で制服姿の男性が降りて来た。工藤本部長……つまり工藤警部補の父親で少し前までお爺様と密約を結んでいた黒幕サイドの人間だ。


「彰人……お前はいつまで家に迷惑をかける、やはり源二に預けたのは間違いだったか、独断専行ばかり覚えて」


「ゲンさんは関係無いだろ、第一今どこにいるかも分からない」


「あいつなら今朝方に蛇塚組の事務所に一人で乗り込み組長の三津を確保した。そうかお前にも言わずに単独で……あいつらしいな」


 なるほど厄介なあの刑事が居ないのはそれが理由、中学の時は随分と私を妨害してくれましたから今回は対策を講じていたのですが無駄に終わった。


「ゲンさんが……なんで」


「因縁だよ。お前が知らないな……源二は三津を連行中に事務所前で撃たれ今は病院に運ばれたよ」


「源二が撃たれた!? 本当か透真」


「英さん……いえ、一般人の秋山さんにお話できません。お分かりですよね」


 やはり二人は知り合い、それも旧知の間柄のようだ。この辺りの関係は調査が進まなかったので資料は無いけど元同僚と見るべきでしょうか。


「ふむ、無事かどうかすら教えられんのか透真よ」


「各務原さんまで……なんでお二人が揃って、まさか彰人が!?」


「お前の息子は関係無い。強いて言うなら俺達二人はある少年を助けに来ただけだ。もっとも最後は自力で頑張ったようだがね」


「それはどういう――――「それこそお前に話す必要は無いだろ透真?」


 そう言うとムッとして本部長は詳細は親族には後ほど伝えると言って居住まいを正すと再び工藤警部補を見た。案外と小物ですね表情が簡単に読める。


「そういう訳で源二は倒れた……そちらに人員を出していてこちらに遅れたのだ。理由は分かったな彰人」


「手柄のために一般人の誘拐や監禁を見過ごしたと聞こえましたが本部長?」


「蛇塚組を潰すのは私の悲願だ。奴らを潰すために三年前から計画も有った……それを待ったのは政治的な取引、そうだろう千堂グループの?」


「ノーコメントですわ。私はお爺様の代理ですので……」


 私が言うと工藤本部長は頷き工藤警部補を見て最後に隣にいた冴木梨香さんを見ると意地の悪い笑みを浮かべた、実に下品な男だ。


「だが彰人でかしたぞ。お前は一人で人身売買組織の検挙に貢献した。あとは隣の主犯を拘束すれば終わりだ」


「なっ、何を言ってるんだ……父さん、梨香は巻き込まれた被害者で……」


「この事務所の人間は全員が被疑者……そういうシナリオだ彰人。それにしても貴様も私の前にまた顔を出すとはな、この売女ばいため」


「そ、それは……私は……」


 冴木さんの顔色がだいぶ悪い、ここも何やら因縁があるようですが不愉快な人間だ。仮にも自分の息子が愛している女性にこの言いよう反吐が出ますね。


「まあいい彰人、今回の件でお前を昇進させるための準備が整う。試験の推薦状も書いてやれる。教師など遠回りをしたがこれで、お前もやっと警部だ……」


「え? アキ君、先生になったの?」


「ああ、色々あって今は刑事をしているんだ。説明が遅れたね……」


「そっか……先生になれたんだ、良かった……」


 しかし二人は二人で目の前の本部長を無視して昔話に花を咲かせている。意外とマイペースなのかしら二人揃って……なんて少し呆れて見ていると案の定怒声をあげたのは本部長だった。


「彰人いい加減にしろ!! その女に手錠をかけろ、さもなくば……」


「さもなくば何ですか父さん、俺は……」


「何だ、その目は……お前はいつまで親に、家に迷惑をかけるのだ」


「アキ君、私が関係者なのは事実だし……仕方ないのよ」


 確かに状況から考えれば彼女は事務所でも上層部、何も知らなかったは通らないだろう。実際に何も知らなかったとしてもだ。


「とにかく彰人、その女を連行しろ!!」


「それは出来ない……もう俺は、梨香を守れないで後悔するのはごめんだ!!」


「アキ君……」


「はぁ、お前はとことん貧乏神だな冴木梨香……仕方ない私が直接手を下そう」


 そして工藤本部長が一歩踏み出した時だった。また別な数台のパトカーが止まると中から背広の刑事が数名出て来た。中心には中年の刑事二人と明らかに若い一人の刑事の三名がいた。





「残念ですが工藤本部長、あなたにその権限はもう有りません」


 そして車から降りて来た三人組の中の刑事の一人がピシャリと言った瞬間に場が固まり、ここで初めて工藤本部長の顔に焦りが出た。


「なっ、本庁の車だと……」


「工藤透真警視正、あなたを中国系マフィアとの臓器密輸及び売買さらに複数の犯罪への関与の疑いで本庁まで連行する」


「バカな……それに、お前が、お前がなぜそこにいる優人!!」


「今の私は警視庁監察官室員の工藤優人警部です父さん……このまま連行します」


 三人組の中の一人の一番若い刑事も工藤と名乗った。なるほど、お爺様の答えがこれですか。見てるだけでいいと言われた時は疑問でしたが本当に恐ろしい人。


「優人、お前……」


「工藤警部補あとは僕らに任せて……父さん、いや工藤本部長、大人しく連行されて下さい」


「バカな……私が連行されたらお前の出世はなくなるんだぞ!! 我が家の工藤家の悲願が!!」


 既に両脇を固められ、さらに他の工藤本部長に従う部下も拘束され似たような罪状で捕まって行く。なおも抵抗するのは状況が分かってないようで実に滑稽だった。


「そんなものに興味は無い……いい加減に大人しくして下さい、父さん」


「くっ!! いいのか千堂グループの!! 私が捕まれば……」


「ノーコメントと申し上げましたわ……ただ一言、全て計画通りだと、お爺様に言われました」


 私が言うとガックリ項垂れて工藤本部長は連行されて行った。そして残された人間は現場に残った工藤優人警部の指示で次々と動き始めた。


「兄さん、それに梨香さんもお久しぶり。ギリギリ間に合いましたね」


「優人、お前……今のは一体……」


 困惑する工藤警部補と冴木さんを尻目に優人警部と私は種明かしを始めた。


「父さんは自分の正義に溺れて最後は非合法なことまでしていた。海外マフィアつまり中国の裏組織と結んだことだった……警察の内部情報と引き換えにね」


「工藤本部長はやり過ぎたのです。最近はこちらの足元を見て要求も激しくなって来たので……少し目障りでしたので……ね」


 春日井くんの中学時代の事件の揉み消しや仁人様の実験の被検体の一部は本部長の手引きによるもので見返りに様々なバックアップを行っていた。しかし、ここ数年で工藤本部長は千堂グループとの関係を対等なものから変えようとしていた。


「ですからお爺様がいらないと判断したのです」


「父さんは力に溺れて虎の尾を踏んでしまったんだよ……兄さん」


「そうか……優人いや工藤警部、それで梨香の処分はどうなる?」


「残念ですが兄さん、いや工藤警部補の証言だけで彼女の拘留を無しにするのは難しいです。分かるよね兄さん」


 捕まった父親よりも隣の思い人ですか。さすがは春日井くんの先生、弟子の方も大概な恋愛脳ですから羨ましい限りです。


「そう、よね……うん」


「何とかならないのか優人……」


「今回の現場の混乱を鑑みて本庁から特別にお目付け役が派遣されるんだ。ま、それ僕なんだけどね。だから兄さん、じゃなくて工藤警部補に命令です。冴木梨香さんの取り調べお願いします専属でね」


「それって……」


「久しぶりに積もる話も有るんじゃない? 二人でさ、これは職権濫用じゃないから大丈夫だよ上司命令さ~」


 どう見ても身内びいきの権利の濫用なんですが余計なことは言わぬが花というやつだと内心で苦笑していると警部補が口を開いた。


「ありがとう。ただ優人にこれ以上迷惑はかけられない。この件が片付いたら俺は警察を辞めるよ……」


「兄さん……本気?」


「ああ、少なくとも俺はお前のように立派に刑事は出来ない。それに今回は銃の無断使用も……捕まる事も覚悟してる」


「そっか残念……僕も出世コースから外れるからこっちに戻るのが決まっててさ二人で刑事やりたかったんだけど……じゃあ僕はこれで」


 それだけ言うと工藤警部は行ってしまった。若いのにテキパキと指示を出しているし本庁で揉まれたのだろうと見ていると、この場に残った人間は三人だった。


「いつの間にか秋山さん達はいないな……梨香と俺は署に出頭するけど君は?」


「秋山会長と話が有ったのですが既に動かれてしまったので情報統制に回ります。ただその前にお二人の時間を少しだけ頂けませんか?」


「俺だけじゃなくて梨香も?」


「警戒なさらずに、今日はあなた方にいい話を持ってきました」


 そして私の提案を二人に話すと二人は了承してくれた。最後の最後に実に良い話が出来た。


「では詳細は後日……今日は弟さんの提案通り逢瀬をされてはいかがです?」


「なっ!? これからするのは事情聴取であって……」


「そんなに二人でガッチリ恋人繋ぎしていては説得力有りませんよ。では、ごきげんよう工藤さん、そして冴木さんも」


 歩き出す私の横に黒服が付くと耳打ちされ明日、秋山会長との会合の場が持たれる事が決まった。場所はバー『SHINING』そこで決まった事は三つだった。


「一つ、今回の一件は全てが秋山警備保障と商店街、そして空見タワー運営との抜き打ち合同防犯訓練であると公表すること」


「その上で全責任を首謀者である私、秋山英輔が取る事とし各関連企業の全ての役職及び秋山総合商社の会長職を辞任する」


「一つ、今回の騒動『S市動乱』事件と呼称し関わった人間は全て何も無かったとすると同時に一切の口外を禁ずること」


「その際の保障及び賠償は全てが秋山家のグループ企業各社が連動して行う。この街の人間の要望は可能なだけ答えることとする」


 私はこの二つの条件を見ただけで眩暈がした。こんな全ての損を背負い込むなんてあり得ない。同時に任される人間はかなりの激務に追い込まれ、それこそ寝る暇も無く家に帰る事も難しくなるに違いない。


「最後に今回の件は全てが秋山英輔の独断であり千堂グループは一切の責任を問われないよう全面的に働きかけ裏と表の世界双方で共通認識となる」


「もちろん関係者の口は徹底的に封じる……その際の情報統制は全て千堂グループの主導とし我らは全面的に従う……だな?」


 確認するように秋山会長、いや現時点からは元会長が言った。何でもリアルタイムで本社の方では後継者が後処理を開始しているそうで悲鳴を上げているらしい。


「はい……以上の三点です。ですが本当によろしいのですか?」


「ああ責任を取ると言った以上は『全て私が持つ』と秀一郎には言ってくれ」


「はい、お爺様にはそのように……それと祖父から言伝と私個人からも申し出が有るのですが」


 今回の一件は祖父と何よりこのお人好しの老人が居なければ千堂グループは大幅な弱体化を招き私の責任も問われ家を追い出される可能性すら有った。


「何かな七海さん」


「まずは祖父から。今回の借りは全て孫娘に付けておいてくれとのことです」


 お爺様はこんな事を言ったが本心が全く分からない。ただこの老人と私を結び付けたかったのではと察する事が出来た。


「はっ、奴らしいな……相変わらず食えん奴だ」


「そして、その借りは私が千堂グループ総裁になった暁には秋山さんのご要望を全て、最優先で一切の事情を省みずに協力をさせて頂くというのでいかがですか?」


「そうか、では君には早く総裁になってもらわなくてはな、老い先短い私のためにも頼むぞ七海さん」


 私と秋山元会長は握手をしてこの先何十年と続く密約が完成してしまった。この密約が最初に機能するのがそう遠くない未来だと、この時の私は知る由も無かった。

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