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それから父は畑の真ん中で塩柱になっているところを発見され、棺に入れられた。葬儀の間、誰も父の棺を覗く者はなく、そして私も……。
見る影もなく塩の柱になった父の姿など記憶したくない。私はすでに父の姿を十分に瞼の裏に焼き付けた。それは畑仕事の最中に飴を差し出してくれる優しい笑顔であったり、図書館でふと見上げた寡黙な横顔であったり、そして最期の一瞬まで私に優しかったあの……だから私は、父の棺の中をのぞき込もうとはしなかった。
父が死んで、私と母の生活は少しだけ変化した。
目が覚めて食卓に着いても、そこには私のための書き取りノートは、もう置かれていない。私はそれが悲しくて、テーブルに着くたびにため息をこぼした。
母はそんな私を気遣って、『街』に引っ越すことを提案してくれた。もはや残り少ないニンゲンは、その大半が『街』に集まっている。広い地球の上で滅びゆく身を寄せ合って、パンデミック以前の『ニンゲンらしい暮らし』を守ろうとしていたのである。
だが私は、たった二か月暮らしただけだというのに、『街』にいい思い出がない。電気や水道といったインフラは最優先で『街』に回されて暮らすには便利だったけれど、あそこには美しい小川も、ふかふかの土を抱いて横たわる畑もない。何より食事がおいしくない。
初めてこの家に来た時の温かいシチューの味を覚えている私は、『街』へ引っ越そうという母の提案をすぐに断った。
私は父の代わりに畑を耕し、この土地を守ることを選んだ。女手一つで土を耕し、草を引いて出来上がった作物を刈り取ることは重労働だったが、食料供給の乏しいこの時代、畑で採れたものはいくらでも売れた。
かつて父がそうであったように昼は黙々と土を耕し、休日には図書館に潜り込んで本を読み漁る。
ここでの生活は静かで、なんの変化もない。ただ、私の書き取りノートに武骨で几帳面な父の、角ばった文字が増えないことを除いては。
もっともその間に、世界は大きく変化していた。ニンゲンはいよいよその数を減らし、その代用として作られた人工生命体が政府の中枢を担うようになったのである。人工生命体同士での結婚、出産が成功し、私たちが『第一世代』と呼ばれるようになったのもこの頃だ。
人工生命体による新政府は食料供給の礎となる農地の整備を急務とし、私の農場にも町育ちの青年が送り込まれてきた。もちろん彼も、人工生命体の第一世代である。
私はこの小さな変化を喜んで受け入れた。女手では十分な畑仕事はできないし、少しは家事も手伝って母の負担を減らしたかったからだ。
彼はこの田舎の暮らしにすぐに慣れた。無口で武骨な……父に少し似た人だった。
私はいつしか二十歳になっていた。私はこの青年と結婚し、子供を産んだ。