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 今でも、時々思い出す。

 私たちを作り、そして勝手に滅んでいった、『ニンゲン』という種族のことを……。


 私は人工生命体である。

 私を発注したのは田舎に住むとある夫婦であり、彼らは自分たちの亡くした子供の代わりにと私を望んだ。私は彼らの子供の生前の姿をもとにデザインされ、その子と寸分たがわぬ姿に作られた。だから培養槽から出されたとき、私はすでに9つの子供の姿であった。

 そこから外見に釣り合うだけの知能と生活習慣を身に着けるために『街』で二か月間の基礎教育を受けた後、父母に会うために列車に乗せられた。

 この時代、私のような人工生命体はまだ数が少なく、私たちを生み出した人類は二回にわたる世界規模での感染症の爆発的流行(パンデミック)によって総人口数の三分の二を失った後だった。インフラはそのままの形で残っているが、それを運用する十分な人がいない。特に田舎に向かう列車など一週間のうちに片手の指で数えるほどしか運行しておらず、乗客は私一人だけだった。


 ――そう、ニンゲンは滅亡へと向かっていた。


 灰色のビル立ち並ぶ都会を抜けるとすぐ、車窓には緑があふれた。これは昔からこういう光景だったのではなく、住人を失って打ち捨てられた家々を突き破って木々が伸び、それを刈り取るものすらなく十年ほどもほっておかれた結果出来上がった、終焉の光景なのである。

 遠く、ニンゲンの作った大きな団地が見えた。コンクリートで作られたそれはさすがに朽ちてなどいないが、あの中に住むニンゲンはもはやいないだろう。白く塗られた外壁が日の光にまぶしいことが、逆にむなしく見える。

 そんな終焉の光景を眺めること二時間、私がついたのは田舎の小さな駅だった。この時、ホームの端で立って私を待っていた父の顔を、私はきっと死ぬまで忘れないことだろう。

 列車から降りた私を見た父は、まるで氷水でも浴びせられたかのように青ざめていた。髭を蓄えた武骨な口元が薄く震えながら私の名を呼ぶ。

「……ユウコ」

 私はそれを見ても、特に驚きもしなかった。『街』での学習にはニンゲンの細やかな感情といったものは含まれておらず、父の心情を慮るには、私はまだ幼かった。

 だが、いまになって思えば残酷なことである。私の姿は父が失った愛児と寸分違わぬ見た目に作られており、年もちょうどその子の死んだ時に合わせて調整されているのだ。父にとっては、死んだ我が子がそのまま生き返って目の前に現れたような、そんな気がしたことだろう。

 きっと父は、『ユウコ』が死んでから何度もなんども、生前の愛くるしい我が子の姿を心の中で反芻したことだろう。何度も何度も……日常のちょっとした仕草や、小さな手のひらや、『ユウコ』のチャームポイントであるぽってりと分厚くて小さい可愛らしい唇が自分を呼ぶ瞬間を、悲しくなるほど何度も何度も……。

 父はその場に両膝をつき、満面の笑みを浮かべて両手を広げた。

「おいで、ユウコ」

 しかし私は、そんな父に対して他人行儀に丁寧なお辞儀など返したのだ。

「初めまして、よろしくお願いします」

 今更言い訳がましいだろうか。この時、私にとって父は初対面の相手だったのだし、『街』でも、これから暮らす家の人には丁寧な挨拶をと習っていたのだから、これが私としては当然の挨拶だったのである。

 しかし父は、小さな体を抱き留めようと広げていた両手をだらしなく下げて、ひどく悲しそうな顔をした。

「ああ、そうか……そうだね、これからよろしく」

 そんな父に連れられて、私は駅からさらに車で30分かけて、今の家にやってきたのである。

 家で待っていた母は、これも私の顔を見ると驚いた顔をしたが、泣いたりなどせずにはっきりした声で言った。

「おかえり、ユウコ、お腹がすいたでしょう、手を洗ってらっしゃい」

 あとで聞いた話だが、私が手を洗っている間、母は父の胸に顔を擦り付けて泣いていたそうである。

 この母は泣き虫で、私は母から、ニンゲンは泣くものだということを教わった。特に我が子を思う親というものは、嬉しくても悲しくても、戸惑いがあっても泣くものなのだ。

 この時の母は、自分の思っていた以上に我が子にそっくりな私に戸惑って泣いたのだろう。我が子が帰ってきたような嬉しさと、我が子と少し違うよそよそしさに対する悲しみと……それは感情としてはとても複雑で、私も自分が子供を持つまで理解できなかった。

 特にこの時の私は、まだ幼い子供だったのだから、母の涙にすら気づかず、少しおびえながら食卓に着いた。

 母は……母は、あの時、どんな顔をしていただろうか。覚えていない……。

 ただ、その時大きな椀によそってもらったシチューがとても豪華だったのを覚えている。それはちゃんとした肉が入っていて、大きく切ったジャガイモもたっぷり入っていて、『街』で具などロクに入っていないソースばかりのシチューを食べなれていた私には、とてもぜいたくなものに思えた。

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