予期せぬ邂逅
七年振りとなる王都の邸は、記憶にある通りのはずなのに距離感のわからない不思議な感覚かと思ったが、思いのほか七年前よりしっくりとするものだった。十七歳から五歳に戻ってしまったのだから、邸だけでなく体の感覚もズレズレだった思い出があって、もう少しで十七歳時の身長に追いつこうかという今の方が違和感も無い。
使用人総出で出迎えられたが、今は解散して各々の仕事に戻ってもらっている。こちらも、最近雇用した使用人まで見知った顔をしていて把握できているわけで、七年前の朧気な記憶を引っ張り出して対応している。間違っても前世の思い出話などしないよう、細心の注意を払っている。
使用人の中には記憶にない者も数名いるので、後で父に確認しておく必要があるだろう。もしかすると殿下が手配してくれた護衛兼務の者かもしれないのだから。
自室はあの日のまま何も変わってはいなかった。掃除も行き届き、まるで今朝出かけて今戻ったかのように記憶が繋がる。けれども、前世との違いが違和感として心の奥底に痛みを感じる。カーテンとソファーは、落ち着いたものに変えてもらう方が良いだろう。さすがに子供っぽい。
それ以外は……。そう、殿下が仰っていたように『ゆっくりと今の状況になれる』ことを優先しよう。
翌日には伯爵家御用達の仕立て屋が、お針子二人を伴って生地を大量に持ち込んだ。
学院の制服はデザインが決まっているので、通常であれば採寸するだけで終わるはずである。現に、前世の記憶ではそうだった。
「あの、この生地は?」
「奥様よりご依頼いただきまして、茶会用のドレスを新調すると伺っております。デザインもお持ちしておりますが、まずは採寸からで宜しいでしょうか」
「そうですか。はい、よろしくお願いします」
下着姿になって立てば二人掛かりで採寸され、ワンピースを纏ってソファーに座るころには母も部屋へとやって来ていた。母の話によれば王宮での茶会に招待されることになるとの事で、それに相応しいものをとの事だった。
持ち込まれた流行のデザイン画をベースに、生地や色味を確認しながら新たなデザインが起こされてゆく。五着ほど決まったものの、そのほとんどは母とマダムで決めてしまった感じで、私の意見など出来るだけ動きを妨げないものとしか述べていない。
奥ではお針子と侍女が、着られなくなったドレスを広げて採寸している。まだ成長期にあるので、これまでの各部のサイズ変化を確認しているそうで、制服はある程度緩やかに作られるものだが、シルエットが崩れないようにするには予測補正も必要なのだそうだ。
そうこうしている内に宝石商が訪れ、ドレスのデザインと私を見つつ希望の色味を聞かれる。
「お恥ずかしい話なのですが。魔力を上手に扱うことが出来ずにいまして、制御用の魔道具を身に着けているのです。このブレスレットがそうなのですが、ここに嵌っている石が気に入っていまして、同じ色の物はあるでしょうか」
「ヘリオドールのようですね。近いものにシトリンもありそちらの方が在庫も豊富ですが、ちょうどヘリオドールのイヤリングがございます。ええっと、こちらにございますが如何でしょうか」
「まぁ、素敵。着けてみても?」
「ぜひ。あぁ、大変お似合いですよ。ドレスとも合うでしょう」
「そうですね。ブレスレットが浮かないようにデザインいたしましたから、よろしいかと思います」
マダムの太鼓判ももらい、母も微笑んでくれているので決めてしまおう。ネックレスはダンス用ドレスに合わせて一つ選び、後は髪飾りを数種類選んでもらった。前世に比べて胸周りが寂しく、デコルテは目の細かいレースを入れてもらっている関係でネックレスは着けないことにした。見せる相手がヴィンセント殿下でないならば、できる限り肌は晒したくないし目立ちたくもない。
入学まで三か月を切ったタイミングで、王宮から茶会への招待状が届いた。名目は婚約者候補の顔見せとの事だが、登城したことのない伯爵令嬢がライバルたるかの見極めとなるのだろう。併せて届けられたヴィンセント殿下の手紙には、苦労を掛ける事への謝罪といくつかの注意が記されていた。
王家からの迎えの馬車に乗り、記憶の中でも数度しか来たことのない王宮へと足を踏み入れる。案内されたのは西側にある第二王妃宮のサンルームで、すでに全員揃っているようだった。
主催者の第二王妃殿下を筆頭に、トンプソン公爵令嬢シェリル様、パーセル公爵令嬢セシリア様、ブレナン侯爵令嬢ヘンリエッタ様、ダルトン伯爵令嬢ヒルダ様、そして何故か彼女が居た。忘れることなど出来ない相手、アリステル・パーマメント子爵令嬢が妃殿下の横に座っていた。
初めから少しオドオドした風を装っていたので、彼女に気付いたことは悟られてはいないだろう。しかし接触は無いと聞いていたのに何故?
「お初にお目にかかります。エルマー・プロミラル伯爵が娘、マーリア・プロミラルにございます。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「楽になさい。ここに集まったのは皆が王子妃候補なのだから、切磋琢磨して王子を支えられるように頑張ってもらいたいわ。さぁ、こちらへ」
私以外は既に面識があるようで、端から自己紹介を受けていく。全ての者に学院内で会ったことがあり、ヒルダ様とは同い年で話をさせてもらった事があった。他はすべて年上で、ヘンリエッタ様は殿下より年上のはずだ。
そして彼女は、「アイリス・ウィンザード」と名乗った。パーマメント子爵の庶子だったはずだが養子縁組でもしたのだろうか? それとも他人の空似だろうか?
「マーリア様はこれまでどちらに?」
興味を示さなかったからか、ルートから逃げ出していたからなのか、アイリスから早速質問が飛ぶ。
「母方の祖父母が住むテンパートン子爵領に居りました。ご存知でしょうか? 良い馬が生まれることで有名な田舎なのですが、自然豊かで療養には良いところです。実は幼い頃に魔力暴走をしかけて、当時の記憶がほとんど無いのです。今もこうしてブレスレットをしていないと不安で」
「まぁ。それはお辛かったでしょう。私、元は男爵家の生まれで地方に住んでいたのですが、縁あって公爵家に迎えていただいたのです。同じ王都に慣れない者同士、仲良くしていただけると嬉しいです」
「こちらこそ、王都は初めてと言えるほど分からないものですから、大変に心強く思います」
その後は妃殿下を中心に当たり障りのない話をしてお開きとなった。
ベネディクト殿下がお見えになることは無かった事に、助かったと思う気持ちが強い。あの時ほどではないであろうが、動揺を隠すには心の準備をしっかりとしておく必要を感じていたのだ。それを出鼻でくじかれた格好になっては、嘘をついた意味が無くなってしまう。
家に着いたら手紙をしたためる必要があるだろう。
アイリスと名乗った公爵令嬢と、実在するパーマメント子爵令嬢の調査を殿下にお願いしなければならないのだから。