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王都に向けて

 雪解けが進み野草が顔を出したころ、王城よりの迎えがやって来た。

 当初の予定では一週間の帰省であったが、身辺の護衛として派遣されていた兵の入れ替えに不都合が生じたとの事で、そのまま王都に残ることになってしまった。祖父母は残念がってくれたものの、行ったり来たりの度に護衛をとなれば国費の無駄遣いにもなってしまうので、伯父とも相談のうえで応じる判断をしたのだ。

 荷造りは比較的簡単に済んでしまった。私の部屋はそのまま残してくれるそうなので、ドレスと日用品、お気に入りの本と思い入れのある小物が荷の全て。ドレスだって茶会などに出る予定もなかったから、普段使いの物と少しかしこまった程度の物しか持ってはいない。

 昼前には迎えが来るとの事だったので、朝から馬車に荷物を積んでもらって馬の手入れをしてしまう。


「その馬がマーリア嬢の愛馬でしょうか?」


 突然後ろからそう尋ねられて、驚きと嬉しさで心臓が飛び跳ねる。振り向けば騎士服にサーコートを羽織ったヴィンセント殿下が独りで立っていた。


「お迎え恐れ入ります、殿下。この子はエラと言って、十歳の誕生日に祖父から頂いて世話をしてきた愛馬です。ずっと一緒に野山を駆け回り、時には狩りにも出かけました。最後に毛繕いをしてあげようと思って」

「連れてゆけばよいではないか」

「え?」

「学院には乗馬のカリキュラムもある。学院にも馬房はあるが、心配なら王宮で預かるでも良い。その馬は良い目をしているからね、連れてゆけば貴女の気も紛れるだろう。二人でとはいかぬが、折を見て遠乗りを一緒にしてみたいものだ」


 そこまで言ってもらえるのならば、連れて行かないという選択肢は無い。馬丁に声をかけて馬具一式を馬車に運んでもらい、手綱を引いて馬車のところまで連れてゆく。すると侍女頭が飛んできて「なにしているのです、お嬢様! 早く着替えてください!」と雷を落とされてしまった。

 すぐに着替えて応接室に向かえば、祖父母と伯父夫婦が殿下と談笑していた。どうやら私が幼い頃の暴露話をしていたようだ。


「伯父様、伯母様。あまり殿下には恥ずかしい話をしないでくださいませ」

「でもこんな機会でもなければ、貴女の幼い頃の話など出来ないでしょう」

「いつもは大人びているのに、変なところで幼くお転婆になるなど、我々以外の誰がご報告するというのだ。良いじゃないか、ちゃんと知ってもらったほうが良いよ」

「そうだぞ。マーリア嬢の事は婚約者としていろいろと聞いておきたかった。いや、有意義な時間が持てて良かった。それもこれも、貴女が出がけにもかかわらず馬の世話などしていたからだがな」


 そう言われてしまえば返す言葉もなく、一度俯いて気を落ち着かせて出発を促すしかなかった。


 実家から付き添ってくれていた侍女二人と荷は子爵家の馬車に、私と近衛兵二名が王家の馬車に乗り込む。もっとも近衛の一人は女性兵であり、残りの一人は殿下である。

 残りの近衛と子爵家の護衛騎士は騎乗で前後左右を進んでゆく。そのうちの一人が私の愛馬エラの手綱を引いてくれていて、おとなしく付いて来てくれていることにホッとした。


 旅の最終日、馬車の中は殿下と私の二人きりとなっていた。本来ならば未婚の男女が二人きりで密室に籠るのは宜しくないのだけれど、秘密の話があるとかで護衛は御者台に移っている。


「マーリア嬢。このまま王都に戻り伯爵邸へと送り届けるのだが、私はそのまま馬車を降りずに王宮へ戻ることになる。陛下へ報告する義務があるのと、少々執務がたまっているはずなのでな。伯爵にも話はしてあるが、立場もあって王都に留まれば茶会に呼ばれることも多くなるわけだが、参加の是非は王家の判断を受けて欲しい」

「承知いたしました。けれど、理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「内輪の話で申し訳ないのだが、ウィンザード公爵家から傍系の姫を婚約者候補に入れろと催促があった。それを第二王妃殿下が支持しているものだから、彼の派閥が支持者の取り込みを図っている。それとは別に、宰相であるパーセル公爵からはコンラッドの妹にあたるセシリアも候補にと言ってきている。いまは静観を決め込んでいるトンプソン公爵家とて、成り行きによっては候補者である娘のライバルは蹴落としにかかるやもしれん」

「ならば素直に貴方様の婚約者と発表すればよかったのでは? いえ、それはそれでヴィンセント殿下を中心としての構図に置き換わるだけでしょうね」


 考えたくはないが、その結果として第一王子殿下とその婚約者に危害が加えられるかもしれず、最も避けなければならない案件のはずだ。案の定、殿下は苦笑いを浮かべて肯定される。


「察しの通りだよ。ところで、二人の時はヴィンスと呼んではくれまいか。親しいものはヴィニーと呼ぶので、貴女だけに許す愛称だ」

「いえ、それは……。あの、怖い顔はなさらないでください。それでは私の事はリアと。亡くなった祖母の愛称だったと祖父に聞いて、夫になる方に呼んで欲しいと思っていましたので」

「分かった。今後はリアと呼ぼう」

「はい、ヴィンス様」


 リアと呼ばれてくすぐったい感じがしたけれど、ヴィンス様と呼ばれた殿下は口元を手で隠して視線を外したので、同じ思いを抱いてくれたのだと思った。

 しばらく無言でいると、殿下はおもむろに懐から小箱を取り出した。開いたそこにはブレスレットが収まっていて、嵌った石の色は殿下の瞳と同じ榛色だった。


「これは本来、魔力制御に用いられる魔道具だが、魔術刻印を変えて場所を特定できるようになっている。監視するつもりはないが、いざとなった時に場所が分かるようにと思って用意させた」

「ありがとうございます。直ぐに着けても?」

「ではお手をどうぞ、お姫様」


 左手を出せば、殿下がブレスレットを嵌めてくれる。少し悪戯心がわいてしまい、魔力遮断の範囲を広げてみる。実は魔法を無効化する能力と言われてから、その有効範囲を広げる鍛錬を積んでいた。今では苦も無く、全体的に纏わせることができている。なので、この応対ならば探知はできないはずだ。


「ヴィンス様、探知はできていますか?」

「目の前にいるのに探知はしていないよ。あれ? 反応していない! 申し訳ない、王宮に戻ったら調べさせよう」

「いえ、これならどうでしょうか」

「あ。反応する。リア、もしかして……」

「そうです。私の能力範囲を薄くしたのです。いつもは厚く覆っているので、反応しないのでしょう。決してヴィンス様から隠れようとしているわけではありません」


 吃驚して目を見開いた殿下のお顔を、少し可愛いなぁと思いながらも顔には出さず笑顔を返す。殿下は眉を下げて何か言いかけたが、何も言わずに笑顔を向けてくれた。



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