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淡く不確かな思い

 両親と弟のブラウムが予定通りに遊びに来てくれた。

 抱き合って再会を喜び、祖母がブラウムと席を外してくれたタイミングで昨日の事を話すと、父が苦笑いを浮かべる。


「実は今朝早く、殿下が宿を訪れて婚約の承諾をと請われた。マーリアがここで過ごし始めたころから陛下やヴィンセント殿下と度々お前の話をしていて、早いうちから殿下にマーリアを娶りたいと請われていたのだよ。陛下も家庭教師からの評判を聞き及んでいて、正妃殿下共々大変乗り気でいらっしゃった。当人の気持ちを優先させたいと先延ばしにしていたのだが、よもや此処まで直接聞きにいらっしゃるとは思いもよらなかったが」

「私を望まれた理由が分かりませんが、臣として否はございません。なにか事が済んで白紙撤回を望まれれば従おうと思います。残念とは思いますが」


 そう返した私を複雑そうな表情で見ていた両親は、揃ってため息を漏らすとこれで終わりとばかりに席を立った。そろそろ荷解きも終わった頃だろうから、旅装を改めて寛いでもらいたかったのもあって黙って見送る。


「マーリアは、殿下が仰った昨日の話をどう捉えた」

「どうとは?」


 唐突に祖父から質問されて戸惑う。


「そのままだよ。殿下がお前を娶る理由は、道具としての価値だと思っているのか、と言うことだ」

「魔法が効かないことは昨日分かったことですから、魔力の無い娘を道具とは捉えないでしょうし……」

「殿下自身の手でマーリアを幸せにできるなら嬉しいと仰ったのだよ? そこに感じるものは無いのか?」

「それは、でも……」

「少しはお慕いする気持ちがあるのではないのか? だから先ほど、残念に思うと口にしたのではないのかい? 王子妃の座が欲しいなんてことは無いのだろ?」


 関係が切れてしまうことを、確かに残念に思った。それは慕う気持ち故だったのだろうか。

 少なくとも王子妃、後の公爵夫人の座など欲してなどいないのだから、ただ殿下のお傍に居たいと思った故に漏れ出た言葉だったのだろう。


「正直なところ、同年代の異性と親しくさせてもらった事もありませんし、恋しいとかの感情が解らないのです。取り乱した際に優しく抱きしめられて安心できたのが、殿下だからだったのか、あれ以上の醜態を晒さなくてホッとしたからなのかも判断が付きません。でも、殿下が義務などでなく求めてくださるのなら、この上なく嬉しいと思います」

「なら、せっかく繋いだ縁だ。時間をかけてしっかり育んで行けば良いのではないかな」


 四度の前世で婚約者がいたものの家同士で決まったことであって、そこに恋愛感情があったかと言えば微妙である。お慕いする気持ちは当然あったと思うけれど、求められたのは相応しい嫁であって私でなくとも良かったはずだと常に思っていた。なにしろ婚約者ではなかった生では、それぞれ特定の婚約者が居たのだから。

 十七歳でまた潰える運命かもしれないし、それまでの間に育めるほど会える機会があるのかもわからない。それでも胸に灯った今までにないこの気持ちは、誰に何を言われても大切に守っていきたいと思った。


 着替えを済ませて降りてきた両親や弟と近況を伝えあい、いつもより少し豪勢な晩餐を皆で共にする。ブラウムも九歳になって随分とマナーが良くなってきていたので、王都の邸で厳しくされているのだろうと思う。

 これはと思ってダンスに誘ったのだけれど、そちらは全然上達していないと断られてしまった。少し脹れて見せれば、父が名乗り出て三曲ほど踊った。足捌きはずいぶん前から褒められていたけれど、背が伸びた分踊りやすかったと言ってもらえた。その後は父と母が踊り祖父と祖母も踊ったことで、渋々ながら一曲だけブラウムと踊ることができた。


 翌日以降は遠乗りをしたりピクニックをしたりと楽しんで、あっと言う間に家族が帰る日を迎えてしまった。


「学院の入学手続きは行っておくよ。マーリアの部屋はいつ戻って来ても良いようにしてあるが、学院に通うなら本を少し書庫に移したほうが良いかもしれないね」

「制服の採寸もありますから、時期を見て一度戻りたいと思います。ただ婚約の件もありますから、お茶会などに誘われる前にはこちらに戻りたいと思いますが」

「その辺は陛下や殿下と相談のうえで決めよう。ではまたしばらく会えないが、息災で」

「はい、お父様も。お母様もブラウムも健やかに過ごされますよう」

「戻ってくることを楽しみにしていますよ。マーリアも体には十分気を付けて」

「姉さまも息災でお過ごしください」


 両親が帰ってから程無くして、殿下よりお手紙を頂いた。


 親愛なる婚約者殿は息災でいるだろうか。

 件の令嬢と弟は、今のところ接触している形跡はない。おそらく学院に入ってからでないと出会う機会は無いだろう。

 婚約書類には陛下とプロミラル伯の署名を頂き、最高司祭殿に直接手渡して王城内の神殿に保管してもらった。教義上、国が無くなろうともマーリアの訴えがあった場合のみ婚約が白紙撤回され、決して破棄されることは無い。

 本来であれば私の婚約者として発表したいのだが、陛下が「監視対象が分散するのはよろしくない」と言い出し、『王家の婚約者候補』として名を出すことになった。私に婚約者を置かないでいる事は理由を含めて周知の事なので、大方の者はディックの婚約者候補と思うことだろう。弟にもその婚約者にも悪いと思うが、そうせざるを得ないのだ。貴女の気を悪くする行為かもしれないが、未来を掴み取るためと思って許してほしい。

 こちらに戻ってくる際は近衛を行かせる。無論、私もお忍びで同行するがね。

 では、再会を楽しみにしている。


 殿下の直筆であろう少し硬めの文字は、私に少しの勇気と大きな安らぎを与えてくれた。



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