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運命の分岐点

 明日は久しぶりに家族と会える、とウキウキしていたところに来客があった。

 その馬車は作りこそしっかりしているが装飾の乏しい箱馬車で、神殿関係者が良く使うものだと気付いた。ただ祖父母の邸に神殿関係者がお見えになった記憶は無いし、その様な用があるとも聞いてはいなかった。

 聞いていなかったのは使用人もであったようで、馬車が止まってから慌てた様子が伝わってきて、侍女が飛び込むように部屋へと入ってきた。


「お嬢様! お嬢様にお客様です。お召し替えを」

「神殿からの使者なのかしら? なら、改めなくても問題ない格好だと思うのだけれど」

「神殿関係者ですが、王都からの最高司祭様の使者だと伺っております。旦那様からお召物を改めてから応接室に来るように、との申し付けです」


 祖父がそう指示を出したのなら、相応のお客様なのだろうと考えて不安がよぎった。間違いなく魔力絡みだと思うが、魔力が無いままだと知れた場合の王宮の対応が全く読めない。

 いや、もしかすると王宮の使者も同席しているから着替えろということなのか。


 生地は上質だが装飾を抑えて襟の詰まったドレスを纏い、薄化粧で髪を軽くまとめてもらった出で立ちで応接室に赴けば、ソファーに座ったポーラと殿下がおり、その殿下の顔を見て息が止まった。

 理解はしている。そこに居るのはヴィンセント殿下で、刑を言い渡しにきた過去のベネディクト殿下でない事は。それでも彼の光景がフラッシュバックして息が詰まって呼吸ができず、冷や汗が流れて背中を濡らし、膝から崩れ落ちて蹲ってしまった。


「マーリア嬢。息を吐いて。ゆっくりと息を吐いて。そう、ゆっくりと深呼吸をして。大丈夫だから。心を落ち着けて、ゆっくり呼吸をして。そう、ゆっくりと……」


 いつの間にか殿下に抱きしめられるように胸の中に居て、落ち着けるかのように背中に添えた手がリズムをとるように軽く叩いてくる。

 はしたなくも、縋るように殿下の胸に顔を埋めた状態で呼吸を落ち着かせ、一旦瞼を閉じてそっと殿下の胸を押すように体を離す。


「申し訳、ございません。もう、大丈夫です。あの、ありがとうございました」

「そなたが謝ることではない。我らが犯す過ち故なのは承知している。逆に、こうなる事を予測しきれなかった私を許してほしい。貴女の心を乱してしまって、申し訳なかった」

「許すもなにも、殿下に非はございません。どうか……」


 躊躇いがちに差し出された手を取り、ソファーまでの数歩の距離をエスコートされて腰を下ろす。殿下も座られていた斜向かいに座りなおしたところで、祖父が口を開いた。


「マーリア。こちらのポーラ司祭が、改めて魔力測定を行いたいと訪ねてこられた」

「はい。お久しぶりですポーラ様。測定器を出すまでもなく、魔力は全くないようです。いろいろと試してみたのですが、全く魔法は使えませんでしたので」

「お久しぶりにございます、マーリア様。以前と同じようにお手を取らせていただけますでしょうか」

「はい、お願いします」


 私の前に膝をついたポーラが、私の手を取り軽く目を瞑る。魔力の放出訓練でやるように魔力を流し込んでいるのだろうが、その魔力さえ全く感じない事からも結果は明白だ。今生ではこれ程までに魔力に嫌われているのかと思うと、父が言ったように貴族に嫁ぐこともかなわないのだろうと思う。

 手を放して座りなおしたポーラが殿下に頷くと、殿下が人払いをと祖父に指示を出す。

 前もって聞いていた結果だったのか、祖父はなんの疑問も口にせず人払いを行い応接室には私たち四人だけとなった。


「マーリア様。あなた様には魔力が無いのではございません。前例のない事ですが、魔力を打ち消す能力をお持ちのようです」

「魔力を、打ち消す?」

「そうです。私の使う主な魔法は治癒ですが、生活魔法である火や水の初級魔法も得意なのです。最初は水を、次は火種をお嬢様の手に直接当てたわけですが、発動した気配がしませんでした。おそらく治癒魔法も、お嬢様には効果をもたらさないのではないでしょうか」


 魔力が無い者は平民の中には多く居る。しかし、魔法が効かない者がいるなど聞いたこともない。言われた通りならば、私には一切の魔法攻撃が効かないということになる。それは何という出鱈目な能力なのであろうか。

 近年は経済協力の為に同盟を組むことが多くなっているが、国同士の争いが無くなったわけではない。わが国も類に漏れず剣や弓による前線部隊の他に魔術師団を持つのだが、魔術師団の規模と戦力は他国のそれに比べ見劣りする。主な理由は魔力持ちが貴族に多く偏っているためで、それらは前線に出たがらないのだ。

 戦乱の時代は爵位や領土を下賜されたい者が多く、貴族が挙って参戦していたのだが、近年の状況を鑑みると功績をあげる機会もなく旨味が無い。統制の取れない軍隊ほど厄介なものは無く、後背を任せられないとなれば戦力とはとても言えない。


「殿下は以前、私にも魔力があるように過ごせと仰いましたが、御覧のとおりでございます。この先、王家は私に何をお望みになるのでしょうか」

「勿論、王家のため国の為に尽力するのが臣下の務め。既に学院卒業レベルの学力も有し、領地運営も安心して任せられる、と教師陣から聞き及んでいる。そこで是非にと思ったのだが……」


 なぜか視線を外して考え込んでしまった殿下は、視線を彷徨わせながら躊躇うように続きを口にする。


「マーリア嬢の正直な気持ちを聞きたい。貴女は私との婚姻を前向きに検討できるだろうか。先ほどのおびえた様子を見るに、無理ならば素直にそう言ってほしい。トラウマも有ろうし無理強いはしたくない」

「お気遣い感謝いたします。先ほどは彼の日のベネディクト殿下を思い出してしまったゆえの醜態でした。お許しください。ヴィンセント殿下に思うところはございませんので、殿下が望まれるのならば否はございません」


 彼の日と言った時の殿下の苦い表情に、私が怯えた理由を正確に把握なさっているのではないかと思えた。幾度となくベネディクト殿下から突き付けられた刑の執行。それは誰にも話したことが無いのに、それを知っているような様子に戸惑う。

 ふと別の疑問がわいて、それを口にする。


「殿下にはご婚約者様はいらっしゃらなかったのでしょうか? 私の為に他の方に不利益など……」

「それは無い。元々が兄上に何かあった際のスペアーだ。王妃教育を受けている兄の婚約者がスライドしてくるか、公爵となった後にバランスを見て妻をとるかだからな」


 貴族の令息令嬢は御家繁栄の道具だと言われることが多いが、王家のそれは国の存続を担う道具なのだと改めて解った。


「やはり貴女は心優しい方なのだな。承諾と心遣いに感謝する。近いうちに父君であるプロミラル伯爵にお許しを得に伺おう。許しが出たならばだが、貴女の身の振り方を選んでいただきたい。ひとつは私が得る予定の領地に早々に来てもらい、領主代行として領地を治めてもらう。いまひとつは次の年より学院に入学し、魔力持ちの普通の生徒として卒業までを過ごしてもらう。卒業後には結婚式を挙げて領地を共に治めることになる。いかがか?」


 学院になど入らず、領地でひっそりと過ごすほうが心安らぐとは思うけれど、強制力によって予想外の被害が出てしまっても困る。直轄地を公爵領として切り分けるとは言え、そこには領民が居て日々生活しているわけで、私を利用しようとする者によって生活や命を脅かされてはたまらない。ならば、答えは一つしかない。


「学院に入学したいと思います。ただ魔術の授業に関しては、魔力の制御が不安定などを理由に個別授業にしてください。そうしていただければ、魔術が使える演技くらいはして見せましょう」

「それくらいなら便宜を図ろう。だが良いのか? 学年が違うとは言え、ディックが居る。実は本件の詳細を知るのは、陛下と正妃殿下、王太子殿下、最高司祭殿とポーラ司祭しかない。訳があってディックは、あの日のやり取りしか知らないのだ。だから貴女の事は、妄想癖の強い少女とか演技上手のように思っているのだ。その、迷惑をかけるかもしれない」

「大丈夫です。大事にならないよう、殿下の婚約者にしていただけるのでしょ?」

「いや、その為に婚約するわけではない。ましてや私は卒業してしまうのだから、傍で守ってやることもできん。ただ君には幸せに成ってもらいたいのだ。それを我が手でなし得られるのなら、私にとっての幸せにもつながる」


 そこまで思ってもらえているなら、何も怖いものは無い。この人の優しさに応えるためにも、もう一度運命に抗ってみようと思う。



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