できる事を増やしたい
少し重い空気の中での夕食を終えて弟のブラウムが乳母と共に退出すると、談話室に場を移して両親への報告を行う。
「本日はベネディクト殿下とヴィンセント殿下がお見えになり、今後の身の振り方を指示されました」
「ちょっと待ってくれ。ヴィンセント殿下も来たのか。いや、本命はそちらか」
「その様です。魔力の事は隠し、お爺様のいるテンパートン子爵領にて淑女教育を受けるように、と。家庭教師の方は王家の方でご用意いただけるそうです」
天井を仰ぎ見た父は、母に手を握られて顔をこちらに向けた。どうやら詳細を話してくれるようだ。
「マーリアの魔力の件は、最高司祭様より国王陛下に伝えられたそうだ。王家としては、第三王子殿下の後ろ盾であるウィンザード公爵の発言力を抑える意味合いも含め、マーリアとの婚約をと聞いていたのだが、正妃殿下の御子であるヴィンセント殿下がお見えになったとすると、別の意図があるのかもしれない」
「この先十二年間に起こることを知りたいようでしたが、確定していることは無いとお答えしてあります。私の記憶の事も含め、何方までをご存じなのでしょうか」
「最高司祭様と国王陛下、宰相閣下までだと思っていたが。ただ、これで諦めてもらえるのならばお爺様のところへ身を寄せるかい。もちろん、好きな時に帰って来ても良いし、こちらからも遊びに行くよ」
このまま王都に残っていれば、歳の近い令嬢との付き合いとして茶会に招かれることも多くなる。いくら学院に入ってから魔術の使い方を教わるとはいえ、魔力の高い子供ほど家庭教師についてもらって幼少期より魔力を扱う訓練を始めるものだ。大きな魔力を秘めていたなら、私にも教師がついていなければ疑いの目が向けられることもあるだろう。
家族を、家名を守るためならばここは指示に従って田舎に引きこもるのが、妥当な選択だと私には思えた。
「お父様、お母様。離れて暮らすのは寂しいですが、疑惑の目を向けられないためにもお爺様のところへ行こうと思います。勉強を疎かにする気はありませんが、馬術や護身術などに力を入れたいのです。魔力の代わりとなる自信が持てるものを習う許しを頂きたいのですが、難しいでしょうか」
「いや。マナーやダンスはおさらい程度とし、近代史や最近時の政治経済を中心にしてもらおう。そちらは私の方から王宮へ打診しておく」
「私からもお父様に文を出しておきます。マーリアが不自由しないよう、家を継いだ兄様にも協力いただけるようにお願いしておきますからね」
「マーリアが幸せになれるなら、相手は貴族でないほうが良いだろう。大店の商会などに嫁入りできるくらい、幅広い知識を身に付けるといいよ。当然、伯爵家の令嬢としてのマナーも忘れずにいて欲しいがね」
こうして私一人が伯父の治めるテンパートン子爵領へと移住することになった。
もっとも、住むのは領主邸ではなく少し離れた祖父母の暮らす邸となる。それ故メイドや侍女も領主邸や自宅から少人数ながら移ってもらい、不自由のない生活を手助けしてもらえている。
祖父の邸は大きくはないとは言っても、王都にある我が家に比べれば広くもなる。
客間だった六部屋のうちの一部屋をあてがわれるのだと思っていたけれど、泊りに来た際に両親が使っていた二間続きの部屋をあてがわれた。両親が来た時にどうするのかと聞いたら、客間があるだろうと普通に返されてしまった。短くもない期間住まうのだから、ちゃんとした部屋を用意するのは当たり前だ、と笑っていた祖父に涙したのは両親には内緒だ。
王宮の依頼でやって来た教師陣は、正妃殿下の御実家であるフィッシャー侯爵家に長く仕えた方々だった。すでに引退なされているそうだが、王家の依頼であり、伯母に当たるテンパートン子爵夫人がフィッシャー家の傍系であることから、対外的にも問題ないと引き受けていただいたそうだ。
周りの大人たちは親から離された幼子のように私を扱うけれど、当の本人は十七歳の成人のつもりでいる。寂しいだろうとか言われるけれど、そんなことは少しも感じない。ただ、私には両親と育った十七年分の記憶があるものの、両親にはそれが五年で止まってしまっている事には申し訳なさを感じている。
万に一つでも斬首を免れるのならば、その先の人生で償わせてもらいたいと思う。
一番迷惑をかけてしまっているのは、従兄のジャックだろう。ジャックウィル・テンパートンは子爵家の嫡男で、歳は私の三歳上だ。ダンスのレッスンを受けるのに、体格の合う異性が彼しか近くにいないので必然的に一緒に受けることになるのだが、私の方が断然上手いのでよく怒られている。踏んだ場数が違うのだから勘弁してあげて欲しい。それでも、三年も厳しくされれば文句のつけようも無くなり、学院に入った今ではレッスンでのリードが素晴らしいとパートナーに事欠かないと笑顔で感謝されたので、罪悪感は少しだけ薄れた。
早いもので、こちらに来てから既に六年もの時間が過ぎていた。
両親や弟は時間を作っては、事ある毎に遊びに来てくれた。都度の滞在日数はそんなに長くは無いのだけれど、手紙では伝えきれない近況を報告して実際見てもらえるのは励みになる。
乗馬も上達していて、昨年の誕生日には栗毛の牝馬を祖父母からプレゼントされて、毎日の世話と定期的な運動を欠かさずしている。父と遠乗りをした時は弟に羨ましがられたが、王都にいると練習する機会もあまりとれないので学院に入ってからになるだろう。もしも上達するまで生きていられたならば、狩りに連れて行ってあげたいと思う。
護身術は無手と短剣を使ったものを、その他に弓とレイピアの扱いを習っているせいか、前世に比べて胸の発育がよろしくない。魔力って胸に蓄えられているのかな、なんて考えたこともあるけれど荒唐無稽だったと反省している。狩りの経験も増えたので、もう少ししたら捌き方も教わりたいと思っている。伯爵令嬢が覚えることではないと言われそうだけれど。
何度もやり直している人生だけれど、この生は新鮮でいて楽しい。
だからこそ、悔いの残らないように今を一生懸命生きている。