抗えぬ提案
お父様がひどく疲れた様子でご帰宅されたのは、あの測定から半月が経った頃だった。それまでも幾度か王城内で陛下に呼び出されていた様なので、私の身の振り方についての事だと推測できた。
「マーリア。明日、お客様がお見えになる。ぜひ話がしたいと仰せで、断り切れなかった。すまないが少しお相手をしてくれないか」
「私と歳の近い方でしょうか」
「そうだな。二歳ほどあちらが上だよ」
侯爵家以上の子息で二歳上だとすると第三王子とその御学友辺りだろうが、すでに御学友との婚約は前世ですべて経験済みである。ならば、王子殿下がお忍びでやって来るということだろうか。だが、既に第三王子殿下は公爵家の令嬢とご婚約が内定していたはずで、そちらを白紙に戻すはずもないと思うがどうなのだろう。
これまでの人生では、起きた事象に若干の誤差が存在していた。見聞きした事件や事故が必ず起きるとは言えず、対人関係でさえ確たるものは存在しなかった。私が死ななければならないことと、彼女が私の婚約者と仲睦まじくなること以外は。だから、彼女が王妃の座を願って繰り返させていたのだとすれば、このタイミングで王家との顔見せが行われるのは必然なのかもしれないが、王太子は婚約者がおり数年後にはご結婚される。そこに割って入れるだけの時間は無いはずで、第三王子との婚姻で得られる地位は公爵夫人が最上位だろう。王妃になれる見込みはほぼ無い。
『私が死んだ後に政変でも起こるのだろうか。いや、魔力暴走を誘発されて王太子一家の殺害までが私の役割となっているかもしれない。でも私には魔力が無いのだから、彼女の思惑通りにはならないはずだ』
強制力という不可思議な力は確かに存在する。それはこの身をもって証明しているのだけれど、それを他者に認めさせる手立てが無い。少しでも早く手を打ちたいが、七歳の王子に訴えたところで理解はされないだろう。どうにか王太子殿下なり陛下に御目通りがかなわないものだろうか。
迎えた翌日は手持ちの中で一番上等なドレスを身に纏い、私の気分を映し出したような曇り空を眺めながらその時を待った。
やって来たのはウィンザード公爵家の馬車だった。彼の家には同年代の子供はおらず、第三王子の生母である第二王妃の実家であることから、予想通りのお客様のようだ。馬車を降りたのは二名だったが、一人は背の高い方で御学友に該当する者はいなかったはずだ。
談話室の外に控えていた執事のショーンに頷き、開かれた扉から二歩入ったところで淑女の礼を行う。入室前から目線は相手の足元で固定したままでいて、王族であることを知っていると意思表示をしておく事も忘れない。
「エルマー・プロミラル伯爵が娘、マーリア・プロミラルにございます」
「伯爵はこちらの素性を話したのか?」
「いえ、二歳年上の方がお見えになるとだけ。ただ、話し口調で侯爵家以上の御子息である事が窺えましたので、ベネディクト王子殿下、ダンヴィル侯爵家のブライアン様、エリオット侯爵家のセドリック様、パーセル公爵家のコンラッド様、トンプソン公爵家のハワード様かと予想しておりました。車寄せに着いた馬車はウィンザード公爵家の物でしたので、殿下だと推測いたしました」
「とても五歳とは思えないな。面を上げよ、マーリア嬢」
ソファーに腰かけた男の子は予想通りベネディクト殿下で、相応の対応が取れたと安堵した。が、その後ろに控える方の顔を見て一瞬笑顔が引きつる。
「お初にお目にかかります。殿下の付き添いで参りました、ヴィン・ギブソンです」
「……恐れながら、この場はギブソン様とお呼びさせていただきます」
「いや、正体が知れてしまっているならば名でよい。だが、会ったことは無かったはずだが?」
「エリオット侯爵邸で、師団長閣下とご一緒のヴィンセント殿下を幾度かお見かけしたことがございます」
「侯爵邸に行ったことが?」
「今世はまだ、ございません」
二回目の生で婚約者であったセドリック様に呼ばれて訪ねた際、第二王子であるヴィンセント殿下を遠目でお見かけしたことがあった。セドリック様のお父上であるエリオット侯爵は、近衛師団長を務めておられた関係もあって両殿下に剣の稽古をつけていた。その絡みもあって幾度かお見かけしたことがあったわけだが、これまで学園に入ってからお会いした記憶はない。もっとも七歳違いなので、在学期間が被ることがなかった事も影響しているとは思う。
ベネディクト殿下の横に座られたヴィンセント殿下が、今日の訪問の主役といったところか。殿下方の護衛騎士は殿下の指示によって退室し、当家の侍女たちは会話の聞こえる範囲にはいないため三人での話し合いとなる。できればお父様にも入っていただきたいところだが、そう言い出せる雰囲気でもない。
「マーリア嬢は何年先までの事を知っているのだ」
「十二年先までにございます。学院の卒業後、一月も経たずに首を落とされましたので」
「ならば、こちらにその情報を寄こす事で延命する気はないか?」
「それは叶いません。人の死も厄災も、回避はできないものなのです。でなければ、この首が四度も落ちることは無かったでしょうから」
ベネディクト殿下は眉を寄せて黙って聞いているだけだが、果たして話のどこまでを理解しているのだろうか。いや、男児とは言え七歳の子供に話してよい内容でもないのだから、口を出してこないだけの分別をお持ちだとだけ考えよう。場を仕切っているヴィンセント殿下はしばらく天井をにらみつけるように考え事をしていたが、一言残して席を立ち連れ立ってお帰りになられた。
「伯爵夫人の実家であるテンパートン子爵領が良いだろう。魔力が無いことは隠し、彼の地で貴族としての教育を受けてくれ。家庭教師はこちらで用意しよう」
そうは言ってもらえたものの、教育に関しては繰り返して生きてきているので今更感が否めない。が、王家の指示に否は無いのもまた事実。彼の地は自然が豊富で馬の生産が有名だったことを思い出し、勉強は程々に馬術や護身術でも習ってみようかと思いを馳せた。