公開裁判①
あの事件の翌日、ヴィンセント殿下の婚約者として大々的に私の名が公表された。
「婚約式に至っては学院の入学前である二年前に済んでおり、国内情勢や諸々の安全面確保の観点から、このタイミングまで誤解を放置せざるを得なかったことを心苦しく思っていた」
などと陛下のお言葉まで添えられていれば、貴族からの反発が出ようはずもない。王太子妃エリーゼ様の話し相手を務め、その母国との友好関係向上にも一役買っていたと政務官から漏れ伝えられれば、王宮の下働きを通して王都へと口コミで広まっていく。
国を挙げての歓迎ムードは、あの日に起こった王子殿下と公爵親子の謀反を隠す狙いも含んでいる。
一週間がたって学院が本格的な休みに入った今日、陛下御臨席のもとで被告人に対する沙汰が下されることとなった。
見届けとして集ったのは伯爵以上の当主と司法を管轄する部署の役職者、正妃殿下とヴィンセント殿下に私と言った面々となり、被告は四名の主だった者たちである。
陛下が開廷を宣言すると、司法長官がアイリスの罪状を並べ立てた。
「被告アイリス・ウィンザードは、隣国バラスで訓練を受けたスパイである。本任務に抜擢されたのは予知が行える能力を持ち、ウィンザード公爵の懐に忍び込みやすかったからである。任務の目的はこの国に混乱を招くことであった。以上、相違ないな」
アイリスは黙って頷き、私に対して深く頭を下げた。
「被告ロベルト・ウィンザードは、国内の発言力を欲するがあまり、養女アイリスを第三王子妃にすべく学院などに圧力をかけた。また、アイリスからの進言とは言えバラスの姦計に手を貸し、王宮内の大ホールへ爆裂の魔法陣を仕掛けた。以上、相違ないな」
「バラスなど知らん! アイリスが、あの女が私を嵌めたのだ!」
「証拠や証言は貴様の邸や立ち寄り先から押収してある。虚偽をもって法廷を汚すならば酌量の余地は無いとするが、良いか」
「……」
黙り込んでしまった公爵を一瞥し、司法長官がヴィンセント殿下に席を譲る。
「さて、義母上。いくら実父の頼みとは言え、王宮の人事に口を出し、実の息子を甘やかしてきた償いをしていただかなくてはなりません。貴女の息子が何を考え、いかにして愚行に及んだかをお聞きください」
怫然として座っていた第二妃殿下は、実子をチラッと見ただけでそっぽを向いてしまった。おそらく事の重大さを分かってはいらっしゃらないのだろう。
ため息をひとつ吐いた殿下は、表情を厳しくしてベネディクト殿下に相対した。
「ベネディクト・ファル・エンディバルトは、我が婚約者マーリア嬢を貶めるようなデマを学院内で流し、アイリス・ウィンザードの狂言証拠さえ捏造した。学院生を集めた狩りを主宰し、その過程でマーリア嬢に怪我を負わせるために破落戸を雇った。レセプションにて不当にマーリア嬢を断罪し、あまつさえ王太子夫妻への殺人犯に仕立て上げようとした。そう、魔法陣の威力が想定通りに発動していれば、二人は死亡していただろう。更には私にも刺客を放っていた。そんなに王位が欲しかったのか」
「欲して何が悪い。目的のためには手段は択ばぬ性格なのは知っているだろう」
「以前、答えを貰えず切り捨ててしまったが改めて問おう。なぜ彼女だったのだ。なぜ、惨たらしい死に何度も追いやった」
場が騒然とする。『彼女』とは誰の事なのか、『切り捨てたとはいったい』などとヒソヒソ声が聞こえてくる。それらをあざ笑うかの如く、ベネディクト殿下が愉快そうに笑い声をあげた。
「ふっ。ふははっ。兄上も記憶をお持ちだとは気づかなかった。二人して随分と上手に演技していたものだ。最後の仕上げだと思っていたのに、失敗したのも頷ける」
そして表情を落とし、私に射殺すような視線を向けて話し出す。
「すべてはお前がいけないのだ、マーリア。あの時私に抱かれてさえおけば、こうも回りくどい事などせずに済んだのだ」
「あの時とは、殿下の卒業レセプションの事でしょうか」
「せっかく情けをかけてやろうと思ったのに、ハワードなぞに操を立てて拒んだうえ、宰相にまで告げ口なぞしおって。だから幸せの絶頂でどん底に落としてやろうと見張らせていてアイリスに会った。だからアヤツの思惑に乗ってやったのだ。それでもお前は折れなかった。牢につながれ垢まみれになろうが泣きもせず、『散らされるくらいなら、舌を噛み千切り、あの世で家族に詫びる』とまで言いよった。だから最後に俺から最大の辱めを受けさせ、泣き叫ぶお前を犯して下賤の者どもに与えてやることにした。そこまですれば、いけ好かない兄上にも仕返しができる」
言っている事は聞き取れているけれど、全く理解できない。それは私だけでなく、大半の者が思っている事だとその表情が物語っている。第二王妃殿下など目を見開き、口を閉じる事さえできずにいる。




