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心安らぐ一時

 軽めの晩餐を皆で済ませ、部屋に戻って湯を使った後にヴィンス様の訪問を受けた。

 前触れが無かったために湯を使った後は夜着を着てしまっていて、少し厚めのストールを体に巻き付けて迎え入れることになった。部屋付きの侍女は着替えを用意すると言ってくれたけれど、すでに着替えるのも億劫なほど疲れを感じていた。


「夜分にすまない。少し良いだろうか」

「今日は大変疲れましたので、好いお話でなければ明日にしていただきたいのですが」

「なら、これで我慢してくれ」


 ゆっくりと近付いてきたヴィンス様が、優しく包み込むように私を抱きしめてくれる。ヴィンス様も湯上りのようで、石鹸の香りがお互いの体から立ち上る。背中に回した手に力を籠めれば、旋毛にキスを落としてくれた。

 そろそろ離れなければと力を緩めると、抱き上げられてソファーまで運ばれて膝の上に座らされてしまって恥ずかしさに頬が熱い。


「あの」

「無事であったことを、もう少し実感させてくれないか。今度は間に合ったと、心底ホッとしているのだから」

「今度、は?」

「あぁ……」


 視線を彷徨わせたヴィンス様は、部屋付きのメイドが影の者だと確認してから話してくれた。


「私も前世の記憶をひとつ持っている、リアがブライアンの婚約者だったものだ。初めて会ったのは君の入学式が終わった後、講堂から出て行く人混みから弾き出されてしまった子に駆け寄った時だった。足を庇う様に立ち上がったその子に座るように促し、教師に助けを求めただろう」


 そうだ。あの一件でヒルダと仲良くなれたが、その時はお互い名乗りもせず、来てくれた教師に任せて救護室に運んでもらった。残った私を教室まで案内してくれたのが、貴賓席から駆けつけてくれたヴィンス様だった。


「あの後、君の事を調べてガッカリしたものだ。なにしろ婚約者が決まっていて、仲睦まじいと聞かされたのだからな。しかし調べたこと自体を母上に報告されてしまい、揶揄われもしたし婚約の結びなおしも提案されたが、君の幸せそうな顔を曇らせたくなくて断ってしまった。それでもずっと、忘れられずにいた」


 もし結びなおされていたら、あの結末は無かっただろうが幸せになれたかは分からない。既に未来を変える事を諦め、死をただ静かに受け入れようと感情を殺して笑顔を張り付けていたのだから。きっと、ヴィンス様にも本性はあらわさずに冷めた関係でいた事だろう。


「君が捕まったと聞かされたのは、帰国の目途がまだ見通せない頃だったので立場上すぐには動けなかった。それでも駆け付けたつもりでいたが、王都に入った時には君は家族と共に埋葬された後だった。君の家族はね、何度も直訴したそうだが陛下に目通り叶わぬうちに、邸に押し入った賊に皆殺しにあったと聞いた」

「やはりそうでしたか。王家に連なる者に怪我を負わせ、その理由が隣国からの指示だと言われました。否定しましたが、認めなければ一族郎党死罪だと脅され受け入れたのですけれど、おそらく無実を訴えるであろう家族も無事では済まないのではと思っておりました」

「それで私は怒りに任せ、ブライアンを、ディックを、アリステルを切って捨てた。アリステルを切ったとたんに十二歳の自分に戻っていて驚いたよ。随分とリアルな夢を見たものだと。けれども確認せずにはいられず、父上に聞いたのだ。マーリア・プロミラル嬢をご存知か、と」


 さぞかし陛下は驚かれたのだろう。舞い戻った日が同じであれば、まさしく前代未聞の訴えに騒然としていたのだろうから。それなら、あの日邸を訪ねて来られたのは、ご自身の記憶を確認しに来られたのだろうか。それとも。


「おや、顔に出ているよ。あの日訪ねたのは、君への思いがいささかも揺らいでいないか確認するため。もし君に記憶が無いならば、私の婚約者にしてしまおうと思っていた。でもリアには記憶があった。だから、正しい判断をしてもらうために時間を空けたのだよ」

「お爺様も知っていらしたのでしょうね。家庭教師の先生方が行う授業が年相応でないにもかかわらず、それを後押しした上で身を守る手段を与えてくれたのですから」

「そうだね。陛下からの勅命として、お父君と伯父君には警護などが通達されていたのだから」

「ありがとうございました、ヴィンス様。おかげさまで、こうしてお傍で幸せを感じられています」

「ならば愛しきリアに、改めて願おう。私の妻となり公爵領を正しく治め、国を支える一柱として生涯隣で支えて欲しい」

「はい。妻として生涯を領民と国に捧げ、ヴィンス様に変わる事のない愛を誓います」


 生まれて初めてのキスは殿下の膝の上に抱かれ、長く啄むようなものだった。侍女が止めてくれなければ、溺れてしまっていたかもしれない。ヴィンス様は止めに入った侍女に苦笑いを返しつつ感謝の言葉を口にし、この件だけは上司への報告を留めてもらっていた。

 ふとヴィンス様の女性関係はどうなのだろうと、モヤっとした感情が湧いてしまったけれど、健全な成人男性に我慢しろと言うのも酷な話だとも思うので留めておこう。


「それでは名残惜しいが、そろそろ戻るとしよう。ゆっくりと眠ってくれ」

「はい。ヴィンス様、お休みなさいませ」


 扉の前で頬にキスを貰い見送る。扉の外にはいくつもの気配があったので、警護もしっかりなされているようだ。第二王妃殿下は宮で軟禁状態だそうで、ベネディクト殿下は王宮地下の水牢に囚われていると聞いた。ウィンザード公爵家にも王都守備隊と内務査察部門の手が入っていて、正妃宮や西宮が襲われるようなことは無いだろう。

 暫くは不穏な空気が王国内に漂うだろうが、今この時だけはゆっくりと眠りにつきたい。明日からまた気を張り詰めなくてはいけないのだから。




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