【閑話】二人目の転生者
アイリスは貴族向けの牢屋、それも重罪人用の房に入れられていた。その房は塔の高い位置にあり、外に大きく張り出している。爆破魔法等で房を壊したとしても、空を飛べるような魔法は無いので、転落死以外の結果は迎えられない。
「気分はどう? アイリス」
「あんたは誰! 司祭なんか寄こしたって、懺悔することなんてないわ! それより此処から出しなさいよ! 公爵令嬢にこんな仕打ち、許されないんだからね!」
「私の名前は藤森千里、と言えば見当は付くかな」
「あんたも、転生者? なら、早く出してよ。シナリオが歪んでるの。正すべきでしょ!」
「歪んでんのはあなたの存在。だってあなた、ひとつもシナリオをクリアしていないじゃない」
「クリア、していない? 嘘よ、ちゃんとハッピーエンドを迎えたでしょ! 全ての攻略対象でクリアしたじゃない! だから隠しルートが出て、逆ハーエンドに……」
「いいえ。あなたは其々のルートで生涯を終えてはいない。エンドロールの途中で強制リセットしたのよ。マーリア様の魔力を媒体にして」
そもそもが、この世界はゲームではない。ゲームと同じ世界観だしキャラも居る。でも、みな生きているのだ。NPCなんてものはどこにも存在しない。
私に前世の記憶が流れ込んだのは七歳の時。魔力測定の結果がよくて、平民の私は中央神殿に司祭見習いとして連れてこられた。そこで神の依り代に初めて成功したとき告げられたのだ、歪みを正して欲しいと。私と同じ世界から迷い込んだ魂が、この世界の少女の魂を傷つけているので救ってほしいと。
前世の私は警察官だった。難しい試験や厳しい訓練を乗り越えて地域課に配属された私は、その不規則でブラックな勤務時間と市民からの横暴な要求に疲れ果てていた。その支えだったのがスマホの乙ゲーだったわけだ。短期間で交通課や刑事課なんかも経験させられ、挙句の果てに事故処理中にトラックに撥ねられて殉職したのだった。
「なんであなたはヒロインに成り代わろうとしたの? 私みたいに、モブはモブなりに傍観者で居さえすれば幸せだって掴めたかもしれないのに」
「それにはこの国に戻ってこなければならなかった! 貧民の戦争孤児だった私には、軍の犬にでもならなければ不可能だった! 生き残るには私が王子ルートに入らなきゃダメで、あの魔具を発動させなきゃならなかったんだ。だから……」
「そうだったの。それでも、あなたが余計な情報を敵国に与えたから、歪みを生む下地ができてしまった。子爵令嬢として学院に上がった後でも、保護を求めれば変わった可能性だってあった。味を占めたのではなくて? イケメン揃いだもんね、全てのルートを攻略したくなるのも解るよ。でも、やり過ぎだよ。マーリアの尊厳を踏みにじって殺し、その家族にも後を追わせるなんて許されない!」
「あれは違うの! あれは……」
聞き出せるだけの情報は聞き出した。傍で隠れて聞いていた影は、聞き出したことを書面に起こして師団長の所に走った。だから最後にこの言葉を残した。
「今度生まれ変わった時には、前世なんて忘れていて、身の丈に合った幸せを掴めると良いね」
彼女にとって何が幸せだったのかは分からないけれど、静かに神に召されることを祈った。




