表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/38

殿下からの挑発

 アイリスの腰から手を放して一歩前に出たベネディクト殿下は、ちらりと後ろにいる王太子殿下を見て視線をこちらに戻す。


「随分と口が達者なようだな。彼らが問い質したことについての答えは、確かに一定の理解は得られよう。私と言葉を交わしたことも数回のみで、昔会った時の妄想少女然とした雰囲気が無いとは思っていたが、よもや全てが演技であったとは恐れ入るよ。その演技力で義姉上に取り入ったか」

「私も貴族の端くれなれば、少なからず演技もしましょう。ですが、妃殿下に演技で近付いたことも嘘を申し上げたこともございません。妃殿下が嫁がれたことにより交流が深まると見越して知識を得ていただけのことです。もっとも他の隣国に対しても、文化交流ができる程度の読み書きはできますが」

「近づくために知識を得たことは認めるのだな」

「より深く、でございます。そもそも、会話や読み書きなら十歳にも満たない頃からできますし、証明ならばウェイル先生にお尋ねください。王太子殿下がご婚約された際の先生だとお聞きしております」


 王太子殿下がエリーゼ様と婚約なされた際にネスポーネ王国に関する教育をなさった方で、正妃殿下に付けていただいた外国語の先生の一人がウェイル先生だった。王太子殿下よりも上達が早いと褒めていただいたこともあるし、現在はフィッシャー侯爵領に戻って余生を過ごされていると聞いていた。

 名前くらいは聞いたことがあるようで、苦々しい顔で別の追求を始められた。


「政務官の仕事に横槍を入れていたとも聞いているぞ。ネスポーネからの荷を勝手に開き、処分と言う名の横領をしたとも」

「文化の違いがございます。こちらで好まれる物が先方では好まれない場合も有りますので、相談を受けた場合に限りアドバイスをさしあげたまで。荷を開いたのも同じ理由にございますし、妃殿下には了承を頂いておりました」

「殿下。確かにマーリアへ処分をお願いしたものがございます。祖国では貴重なたんぱく源として虫を煮た物を食す習慣がございます。されど気候の違い故、王宮では日持ちしないのです。処分を頼もうにも嫌がらせと勘違いされるのは好ましい事ではありませんので、マーリアに相談して開ける前に処分してもらいました」


 エリーゼ様が私を庇う様に、殿下との間に割って入って説明をしてくださった。食べ物だけでなく、産着なども一部処分させてもらっている。あちらでは生命力の象徴として赤が好まれるが、この国では血を連想させるので使われることは無い。

 そして、王太子殿下がエリーゼ様を守るように進み出てこられ、私への視線を遮ってくれた。半分だけ見えるアイリスからは、蔑む視線がビシビシ飛んできてはいるけれど、彼女は高みの見物を決め込んでいるようだった。


「いったい何がしたいのだ、ディック。君等のしていることに何の意味がある」

「禍の芽を摘もうとしているのですよ、兄上」

「禍もなにも、お前はアイリス嬢を選んだ。マーリア嬢が今後、お前達に対して何をするというのだ。そもそも禍などと大げさな物言いも気に食わない」

「そこの女が兄上の子を孕めば、取り返しのつかない事態を招くことぐらい想像できるでしょう。それとも、すでに手放せない程に味わったのですか? 兄上も随分と節操のない事をなさる。既に孕ましているから庇っているとか」

「下種な勘繰りはよせ。お前の方こそ妄想癖があって現実が見えていないようだな。これ以上恥をさらすならばこの場から去れ!」


 これ以上の言い争いは禍根を残しすぎると思い、割って入る事にする。彼らが挑発したいのは私なのだから、矢面に立ってシナリオを進めなくてはならない。


「私の不貞が疑われ、それが禍につながると申されるならば証明いたしましょう。これより神殿に参って処女であるか否かの検査を受ければご納得いただけるでしょう」

「そう言って逃げるつもりなのだろう。いや、司祭さえも誑かしたか」


 殿下が言い終えた瞬間、私の足元に魔法陣が現れた。その拘束力は前世で受けたものと同じ強さのようで、魔法陣内に居られる王太子夫妻が動くこともできないようだ。


「本性を現したな。人質を取って逃げ出そうとしても、思い通りにはさせぬ。おとなしく魔法陣を解け」


 そのセリフは隣にいるアイリスに言えと言いたいが、どうせ通じないだろうとため息をひとつ吐き、アイリスに向けて意地の悪い笑みを浮かべてあげる。当然ながら怪訝な顔をされるが、構うものかと魔法陣のサイズで力を行使する。


「え!」


 声を出したのは、アイリスだったかエリーゼ様だったか。

 魔法の無効化によって魔法陣は消滅し、王太子夫妻の束縛が解けてエリーゼ様が座り込み、四つの事が同時に起きた。


 殺気を感じられた王太子殿下がエリーゼ様を庇う様に抱きしめてこちらに背を向ける。お腹の子の安全を最優先にしたかったようだ。


 ベネディクト殿下は、後ろに控えていたハワード様に右腕をねじ上げられて膝をつく。二番目の標的だっただけに、先に片づけてもらえたのは有難かった。


 コンラッド様はアイリスを後ろから蹴倒し、その背中に膝を当てて動きを封じると髪を掴んで顔を引き上げる。まことに容赦がなく、なにかあれば首でもへし折りそうだった。


 私はと言えば、殺気を放って背後から切りかかってきたセドリックの刃を軽く躱し、足を踏み抜いて浮かないように固定してから掌底を顎に見舞って意識を刈り取る。首が変な向きになっているけれど折れてはいないだろう。床に転がったバタフライナイフは拾い上げ、手首のスナップひとつで刃をたたんでおく。


「なぜ!」

「なぜでしょうかね。繰り返しすぎて魔力が底をついたのかもしれませんね」

「お前、記憶があったのか! なら、お前も破滅の道連れにしてやる」


 鬼の形相を浮かべたアイリスの意を汲んだ誰かが、セドリックを沈めた私に火球を放ってきたが届く前に消滅する。別の場所からも光の矢やら氷の礫も飛んでくるが、力を行使している私に届くことは無い。

 いい加減うんざりしたので無効化の範囲をホール全体に広げると、魔法が使えなくなったことに対するものなのか感じるものがあったのか、あちらこちらで呻くような声が上がった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ