【閑話】測定者の真相
親書を携えた使者が王城より神殿に来たのは、昨晩の礼拝中の事だった。送り主は王城で神事を司るフィリップ最高司祭からだったが、その内容と使者に違和感を禁じえなかった。
「失礼ですが、あなた方のお立場を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」
「私はフィリップ最高司祭様のお傍で魔術を研鑽する者、と言えばご理解いただけますでしょうか。彼女は正妃殿下付きの近衛師団に籍を置く者にございます。神殿祭事の際にお傍に控える任務ゆえ、魔力の測定などにも精通しております」
「手紙にあるようにお連れするのは構いませんが、理由をお聞かせ願えないでしょうか」
「私も詳細は。ただ明日測定を受けられるお嬢様が、後に王家にかかわる禍に関与なされる可能性があると。その見極めの為に私が遣わされた次第です。それ以上の事はご容赦ください」
「王家と中央神殿の総意と言うことですか。分かりました。ただ、お相手は五歳の少女です。確かなる悪意が無いのであれば、いかなる結果が出ようと行動に移すことは許しませんよ。分かりましたね、ポーラ司祭」
明日向かうプロミラル伯爵家は法の番人として国家の天秤を担う御家。土台が揺れてしまえば国を揺るがし、国民への影響は計り知れない。有事の際に救済の矢面に立たされるのは神殿である。不用意な軋轢は何としても避けなければならない。
翌日。約束の時間に出迎えてくれたのは、あどけなさの裏に凛とした意志を感じさせる少女だった。貴族の邸を回って魔力測定をしたことは多いが、これ程までに歳不相応の佇まいを年相応に装っている令嬢を見たことが無い。普通に育ったご令嬢ではない雰囲気に、昨日ポーラが洩らした『後の禍』がどうしても思い起こされて表情が引きつりそうだった。
しかしだ。思いもよらぬことに魔力測定器が反応を示さない。貴族相手にこんな事は初めてであり、文献や口伝でも聞いたこともない。
これはポーラが、いや最高司祭様が何かしらの思惑をもって仕掛けをしているのではとも疑い、私自身を測定するも問題なく作動している。であるならば、本当に目の前の少女には魔力が無いというのか。養女をとったとも聞いてはいないし、顔立ちや髪色は伯爵夫妻との血のつながりを感じさせる。ましてやこのオッドアイで替え玉なりの手段を用いれば、これまで全く噂にならないはずなどないだろう。
「後程ご説明を。今はただ問題ないとだけお伝えください」
少女の手を取って首を振ったポーラが、下がる際にそう耳打ちしてきた。いろいろ問い詰めたいのを我慢し、貴族相手では当てはまらないのを承知の上で誤魔化して辞することになった。
神殿に戻るとポーラを自室に呼びつけ、副司祭と共に話を聞くこととなった。
「最高司祭様や王家は何をご存じなのですか? そして、貴女の役割は?」
「すべては神のみがご存知の事です。が、それではご納得なさらないでしょう。事は新年に行われた王家の神事で起こりました」
新年を迎えると王城内の神殿で祭事が執り行われるのは、建国以来の恒例行事である。そこでは依り代に耐えうる巫女が神を降ろし御言葉を国王に伝える。
今年も通年通りに王家の行いに賛辞と助言が行われたそうだが、最後にある少女に関する話がなされたそうだ。その詳細は聞き出せなかったが、ポーラはその確認の為に今回遣わされてきたと話してくれた。
「それで、あの子がその啓示の少女なのですね?」
「間違いありません。厄災を回避するために王家が動きますので、マーリア様に魔力が無い事はご内密にお願いいたします。もし他家から問い合わせなどがございましたら、『さすがは伯爵家のご令嬢ですね、想定外の魔力でした』とでもお答えください。ことは王家、王国の問題になりうるのですから、くれぐれも……」
「えぇ、分かりました。王家へのご報告も含め、最高司祭様へのご報告はお願いいたしますよ」
一体全体なにが起こるというのだろう。たかが伯爵令嬢でしかない少女に対する啓示、王家や最高司祭様の動き、なにより魔力を持たない貴族令嬢など前代未聞で、自身の安寧のためにも地方への移動を願い出るべきではないかと深いため息が漏れてしまった。