取り巻きの拙い追及
殿下たちから十歩ほど手前で立ち止まり、最上級の礼をして無表情に徹した顔を上げる。
「ご婚約者様を定められましたこと、お慶び申し上げます」
「膝をつけと言ったのが聞こえなかったのか。よい、なぜ呼ばれたのか分かっているのだろうな」
「いえ。まったくもって思い当たる節がございません」
「婚約者候補にあるまじき行為の数々、私が気付いていなかったと思っているのか」
「なんの事だか全く覚えがございません。それに、それはこのような場で詮議すべきことなのでしょうか。皆様の門出を祝う場です、自重なされては如何でしょうか」
もっともこの様に呼び出されてしまえば、大方の関心は私が詮議される内容になってしまうのは致し方ないであろう。ひそひそと話される声は、学院で広まっていた噂の真偽に関するもののようだ。
殿下たちの後ろに目を向ければ、陛下の渋い顔と王太子妃殿下の戸惑う表情が見える。それ以外の方々は表情には出さないものの、心の中で笑みを浮かべているのだろう。
「いや、千載一遇の機会だ。これを逃せば貴様に逃亡の機会を与えてしまうのだからな」
ベネディクト殿下が発した声で意識が引き戻される。殿下はアイリスの腰に手を回して引き寄せ、空いている右手を軽く上げて合図を出す。すると、ホール横の扉が開き取り巻きたちが登場した。ため息を吐きたくなるような想定通りの展開になった。
追及の一番手はセドリック様だった。
「貴女はアイリス様の教科書を盗み、風魔法を使って切り刻んで捨てたであろう」
「覚えがございません」
「刻まれた教科書に微量の魔力残滓が検出された。その魔力痕は在学生の誰とも一致しなかったが、貴女のサンプルだけが見つけられずに検証出来てはいない」
「ご自分で持ち出し、校外で第三者に魔法を行使してもらった可能性は否定できませんよね。そもそも切り刻むなんて細かなこと、私には出来そうにありませんもの」
「アイリス様に罪を擦り付けるつもりか! この悪女め!」
「では、日時を明確にしていただけませんか。それと、その刻まれたという教科書は今どちらに。そうそう、事件なのですから学院への届け出は出されているのですよね。その回答もお聞かせください」
そこまで言われたセドリック様はただ怒りに任せて睨みつけるだけで、証拠の提出も出せずにとんでもない事を口にした。
「正確な日時は覚えてはいない。アイリス様が大事にしたくはないと仰ったので、学院にも被害届を出していない。それだけ庇っていただいたのに、恩を仇で返すとは貴族としての矜持もないのか!」
「貴方様は、如何様な権限をもって生徒の個人情報にあたる魔力痕のデータを入手し、どの伝手を頼って鑑定なされたのでしょうか? 殿下の名を使った? お父上の名を騙った? どれもこれも在り得ません。そこまでの調査をするためには、陛下や宰相閣下、学院長、軍の佐官級三名以上の承認が必要となり、全ての結果は調書として纏められるのです。犯人を放置しておくこともないですし、調査中であるなら容疑者として拘束されていなければなりませんが、そのどちらでもないのに犯人扱いとは恥をさらすのも大概になさいませ」
みるみる青くなって黙り込んでしまったセドリック様を下がらせた、追及の二番手はブライアン様だ。
「殿下に近づく手段としてセドリックやコンラッドと同じ授業を選択しただろう。更にはセドリックをコケにして、ハワードにも近づいた。ハワードに取り入れば殿下と昼食をとり易くなるからだ」
「セドリック様やコンラッド様と同じ科目を選択したのは偶然です。そもそも面識がございませんでしたでしょ。ふたつも年下の娘にコケにされる方が殿下の補佐候補とは、上の者は苦労なさるとは思いますわ。いえ、恥晒しだったと今証明なさいましたね」
「口を慎め、あばずれめ! 我々の隙を突くように擦り寄り、話に割り込み、あまつさえ意見までしていたではないか。その場所をアイリス様に奪われたと逆恨みし、手下を使って意地悪を繰り返したうえ、アイリス様を階段から突き落としたであろう。ご自分の魔法で完治なされたからいいものの、命の危険さえあったのだぞ!」
階段から突き落としてどうしたかったと言いたいのだろうか。いや、それよりそっくりとお返ししてあげなければ気が済まない。
「それは脅しで? それとも殺害目的で? いずれにしましても、効率の良い方法とは言い難いですね。目撃者もおらず彼女一人のタイミングを狙ってなど、常に付きまとっていなければできない事でしょう。生憎、王宮へ呼ばれたりもしていましたから、ほぼ不可能だと言わせていただきます」
「手下に見張らせていれば可能だろう」
「好きにしてください。それと、私から貴方達に声をかけたことは一度もございませんでしょ? 学院内で男性に触れたのは、最初のお誘いの際にハワード様のエスコートを受けた際と、ダンスの授業で従兄のジャックに触れただけです。二学年分スキップできるところを、勘違いされても困りますので一学年で抑えたのですよ、私は。アイリス様はどうでしょうか? 貴方達と同じクラスに入り、積極的に声をかけ、個別でお会いしている事もしばしば見受けられ、不特定の方の腕に縋っていたではないですか。彼女の方こそその呼称が似合うのでは?」
口は開いたものの、二の句が継げずに沈黙してしまったブライアン様を、ベネディクト殿下が下がらせる。アイリスがすすり泣き始めたのを気にしてか、どうやら殿下自ら断罪に加わるおつもりのようだ。
でも気付いて欲しい。すすり泣くアイリスの口角が少し持ち上がっていることを。心の中では予定通りの展開にほくそ笑んでいることを、気付いてほしかった。




