婚約者の発表
突然口を開いたことで、皆の視線がアイリスに向く。
「不敬ではないの? 王家が定めた訳でもない事を軽々しく口にするのは恥ずべき事よ。今日私たちが呼ばれたのはその決定が公にされるためで、貴女が選ばれたのを祝福しに来たわけではないわ」
こちら側の皆はたぶん私と同じ。「その言葉をそっくりお返ししてあげる」って心境だろうと思う。だれも口を開かず冷めた目でアイリスを見つめる。
「やっぱり噂通り、寄って集って私を追い落とそうと画策したのでしょ。いくら貴族の血をひいてないとは言え、あんまりだわ」
ハッと息を飲む音が部屋に響く。居並ぶ近衛かメイドから発せられたのだろうが、呼び出したのが第二王妃殿下なのだから、ここに居るのは第二王妃宮付きの者なのだろう。これも私を貶める布石のひとつなのかもしれない。
そうは思っていても冷めた目でアイリスを見てしまうのは、仕方のない事だろう。
「アイリス様はこの二年、どのような目的で第二王妃宮に通われていたのですか? 私たちの誰もが個別に呼ばれることなく、貴女だけが呼ばれて何をなさっていたのでしょうか」
「入学前に知っていなければならなかった知識を得るためよ」
「二年分もスキップできる知識をお持ちなのに、ですか。私はてっきり、アイリス様が婚約者となられる出来レースなのかと思っていましたわ。だって、学院では殿下を含む殿方に囲まれ、放課後は王宮でお勉強ですもの。それでも陛下からの推薦を頂いている身としては、役目を全うするために勉学に励んでいたのです。それを不敬と言われても納得はできませんわ」
「殿下が貴女を選ばなくても気になさらないと?」
「殿下の御意思に従います。が、殿下をお慕いしておりますので、隣に立てなければ落胆はするでしょうね。これは私の初恋なのですもの。だから今夜は制御の腕輪も外し、ありのままの自分でその時を待ちます」
「そう、なら良いわ。なにが起きても恨みっこなしでね」
もともと魔力制御の機能など持ち合わせていない腕輪だけれど、アイリスにしてみれば計画の阻害要素のひとつだっただろう。こちらから外すと言った時に口角がわずかに上がったことからも、彼女の計画通りに進んだ事が窺えてホッとする。後はどこまで私の演技が通じるかにかかっている。
卒業生の移動が始まると衛士が伝えに来たので、外した腕輪を侍女に託して部屋を出て大ホールの大扉前に移動する。開かれた扉の両脇に分かれて立ち、移動してきた卒業生に祝いの言葉を述べていると、ジャックがヘンリエッタ様を護衛でもするような位置で歩いてくるのが見える。
ジャックは年明けから、約束の通りヴィンセント殿下の傍付きとして任に就くことが決まっていて、自身の卒業式にもかかわらず陛下の依頼で護衛を引き受けていた。
「ヘンリエッタ様、ご卒業おめでとうございます。ジャックもおめでとう。そしてお仕事ご苦労様」
「あぁ、マーリアもご苦労様。諸々片がついたら田舎に戻って、思いっきり馬を駆ってリフレッシュでもしようか。この先暫くは乗馬を楽しむなんて時間は取れそうもないんだ」
「よろこんで。だから最後までよろしくね」
全員の入場を見届け、私たちもホールへと足を踏み入れる。
集まっている者たちに別れの寂しさを漂わせる者はほとんど見られず、通過点を無事に超えられた達成感や上位の学校への期待感がにじみ出ている。領地をもつ貴族の嫡男でもない限り、男性は軍の士官学校や王宮政務官養成所へ進むことになる。女性に至っては、上位貴族家での行儀見習いや王宮侍女見習いとして働くことになるため、ほとんどの者が王都に残ることになるからだ。
ヘンリエッタ様はベネディクト殿下よりも年上であることを理由に、パーセル公爵家のタウンハウスで行儀見習いをすると聞いていた。この二年でセシリア様と一緒にいる時間が多かったことから、もうしばらくは一緒に居たいと二人が願った結果だと笑っていた。
ゆるやかに流れていた音楽が止み、王家の方々が入場されてきた。陛下に両妃殿下、王太子ご夫妻、ベネディクト殿下だ。ヴィンセント殿下は国外での公務により欠席だと改めて知らされたかたちだ。
卒業生たちが陛下からの祝いの言葉を賜った後、ベネディクト殿下が前に進み出て声を張る。
「諸先輩方、卒業おめでとうございます。さて、私事につき本来はこのような場を借りるのはふさわしくないのだが、候補者に本年度の卒業生が含まれるのでご容赦願いたい。一人を除いて甲乙つけがたいほど、すぐれた女性を候補に選んでいただいた陛下には感謝いたします。その中で私が選んだのはアイリス・ウィンザード公爵令嬢だ。彼女はこの二年で王家に嫁ぐに相応しいほどの淑女に成長し、私の傍で私の心を癒しただけでなく、友らとの間に笑顔が絶えない気配りも示してくれた」
人垣が割れ私たちと殿下の間に道ができると、そこを悠然とアイリスが歩いてゆき、二歩前に出た殿下の脇に立つ。満面の笑みを浮かべてはいるが、意地悪そうに持ち上がった口角には、私たちを見下しているのが窺えて不愉快だ。
「マーリア・プロミラル。問い質したいことがある故、我が前で膝をつけ」
一斉に視線が私に向けられる。膝をつけだのと罪人のような扱いと、甲乙つけられぬほどの劣った女だと明言されれば当然の反応だろう。少し先でこちらを見ているジャックに軽く頷けば、心得たとばかりにウインクを返してくる。私が進み始めればヘンリエッタ様を連れ、ヒルダたちの所に来てくれるだろう。近くには顔なじみの正王妃宮の近衛も居るので、彼女らの守りは問題ないはずだ。




