いざ決戦の場へ
王城内でアイリスに会うことはまず無い。彼女は第二王妃宮の主に呼ばれることはあっても、それ以外の用で王宮を訪れる事がなく、私は正王妃宮や王太子宮の他に王宮の政務室辺りに呼ばれる事が多いので、王城への出入り口から回廊に至るまで交わる事がない。
学院では学年も選択科目も違うために接点はまずなく、学院にいるのも長くて半日なので、食事は王宮の政務官が使う食堂を利用させて貰っているので会う事はない。時間が許すならばヒルダやシェリル様とも食事を共にしたいけれど、どこにアイリスの目が光っているかも分からない以上、不用意な会話をする訳にもいかず控えている。
学院内でも噂話は止まる事を知らずに居るけれど、他の候補者が対象になってはいないのが救いと言えなくはない。その様な状況なので異性からの受けは非常に悪く、同性の半分からも避けられている。避けているのは下級貴族が多く、上級貴族は避けるまではいかなくとも傍観を決め込んでいる感じだ。
もっとも必須科目はほとんど受けてはおらず、選択科目も一人で黙々とこなす事が多いので、特段困っていることはない。問題に成りそうなことと言えば。学院内でのアリバイを証明してくれる者がいない事だろう。
ヴィンセント殿下から贈られた衣装に身を包み、家族一人ひとりと抱き合って別れの挨拶をする。無事に戻ってくるつもりではいるけれど、計画が失敗に終われば今生の別れになる事は、前世の全てが物語っているのだから疎かにはしたくなかった。
「父さんたちは参加できないので、マーリアが無事に帰って来ることを祈る事しか出来ない。幼い頃からさみしい思いをさせ続けて尚、生死を分かつ場に一人で行かせる事しか出来ず、申し訳ない思いでいっぱいだ」
「ヴィンセント殿下が不在なのだから、無理だけはしないでちょうだいね。ジャックウィルも殿下にお仕えできる程に成長したのだから、遠慮せずに頼るのですよ」
「狩りに連れていっていただく姉上との約束、まだ果たされていないのですよ。約束を果たして頂けなくなったら、果たして頂ける場所まで付いて行きますからね」
「この九年余りで、できるだけの準備はしてきたつもりです。それに、ちゃんと私を求めてくださる方とも出会う事ができました。その幸せを簡単には手放す訳にはいかないのですから、しっかりと決着をつけて戻ってまいります。ですから、お父様、お母様、ブラウム、行って参ります」
馬車に乗り込み後ろの小窓から玄関を見れば、家族や使用人がずっとこっちを見ていて、それは馬車が門を出て見えなくなるまで続いていた。
もう後戻りはできない。ただジッと前を見て王宮までの道のりを黙って過ごした。
学院から直接出入りできる門を通って、卒業生たちが王城のホールに入ってくる。
それに先立ち、私はと言えば王宮の第二王妃宮に程近い門から入城し、王家の方々にご挨拶をした後は大ホールの控室に入る。ヘンリエッタ様以外の面子とは言え、婚約者候補が一堂に揃うのは何時振りだろうか。
アイリス以外は個別に会いもしたし会話もしているけれど、ヒルダやシェリル様でさえ落ち着いて話をするのは数週間ぶりだ。
「ヒルダさんは来年度Aクラスに入れそうなの?」
「どうでしょう。頑張ったので来年こそは同じクラスになれると良いのですが。でも、マーリアさんはスキップ試験も受けられたのでしょ? あまり学院にも来られなかったのに、凄いわ。私なら進級さえ怪しかったかもしれないもの」
「王太子妃殿下のお話相手など、そんなに長い拘束ではなかったもの。どちらかと言えば手紙の清書や翻訳、荷物の確認が多かったから時間はあったのよ。足らないところは、同じように呼ばれていた方々に教わったりもしたので助かったわ」
「それでもまだ十五歳なのに、大人に交じって政務官のようなお仕事に携わるなんて凄いわ。もうすぐ最上級生になる私でさえ、頼まれてもしり込みしてしまうわ」
「偶々、ネスポーネの文化や言葉に覚えがあってできたことで、これが古語の関係する神殿のお仕事ならばセシリア様が適任だったでしょうし、有事の際の支援ならシェリル様が、治療に関するお仕事ならばヒルダさんだって勤め上げられたでしょう」
水魔法が得意なセシリア様は、もともと神殿関係の仕事に興味をお持ちだったことから、学院に入られる前から古語の勉強をなさっていらした。水は神事の清めに欠かすことのできないもので、澄んだ水魔力をもつ者は神殿に仕えることが多いと聞く。
ヒルダは魔力量こそ少ないものの、稀有な光属性の魔力持ちで治癒魔法の正確さは学院一だと聞いている。
シェリル様は領地の関係で東方諸島に明るいと聞いていて、火と風の二属性持ちとしても有名だった。
「マーリア様の魔力は変わらず?」
「えぇ。魔力量は最高司祭様にもお墨付きをいただいているのですが、複数属性持ちらしく落ち着かないのです。シェリル様の様に併せ魔法が使えるとまでいかなくとも、初級くらいはすっと出来るようになりたいものです」
「こればっかりは感覚で覚えるしかないのだけれど、三属性以上となると使える者を聞いたことが無いわ。でもそれだけの知識があれば、王宮に政務官として仕える事も女主人として領地を治める事も、そつなくこなしそうだわ」
「王太子殿下に男児が誕生なされば、殿下は王位継承権を返上して公爵位を賜るのですからと、それを支えに頑張ってきましたから」
私のその発言を聞いた途端、それまで黙って冷ややかにこちらを眺めていたアイリスが、私たちの会話に割り込むように言葉を吐き捨てた。
「もう既に婚約者に決まったような口ぶりね! それは不敬なことではなくって?」




