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噂の元と包囲網

 春の訪れと共に、王太子妃殿下のご懐妊が広く国内に公示された。

 安定期に入ったとの事で悪阻も落ち着き、王宮外での公務もこなされる様になっていて、私も少しは王宮より解放されつつあった。

 相変わらず王宮に賜った部屋を使わせてもらっているけれど、申請さえすれば家に帰ることも容易になっていて、今日もドレスの採寸のために帰っていた。この時期にドレスを新調することはあまり無いのだけれど、今回は予定外の、それでいて想定内のイベントに向けての用意となる。


「本当に卒業するわけでは無いし、結果を聞きにいくだけなので、あまり目立たないデザインが良いのだけれど」

「ご依頼人様からもその様に言付かっております。こちらの二点でしたら肌の露出も控えめですし、いつもの仕込みも問題なくできます。特にこちらのエンパイアラインでしたら、胸下から切り返しを入れてありますので、背中の開き具合も抑えられます」

「そうね。もう少し裾まわりを抑えてもらえるなら良いわね。こちらのAラインも、ボレロを合わせてあるから融通も利くのでは無いかしら」

「こちらの方がお好みでしょうか。いっそ、ジャケットを合わせてしまいましょうか。ご依頼人様と刺繍の意匠をお揃いにしてしまうとか」

「エスコートいただく事は叶わないのだけれど、大丈夫かしら」

「まだデビュタント前ですし、学生なのですから問題もないのではないでしょうか」


 表向き、婚約者候補の最年長であるヘンリエッタ様がご卒業なされる機会なので、卒業レセプションがベネディクト殿下の婚約者の発表をする場となった。それを推し進めたのがウィンザード公爵だと言うのだから、私の断罪の場にしたいのだろう。

 順調にいけば日程的にエリーゼ様がご出産なされていて、ご体調がよろしければご家族で参加なさると聞いていた。仮に男児であれば、王位継承権がヴィンセント殿下以下の方々が繰り下がることになるし、王太子殿下が王位を継承なされればベネディクト殿下の継承権は消滅してしまう。

 そうなってしまえば、アイリスが王家に食い込むこともウィンザード公爵の発言力が増すことも、不可能になってしまうので仕掛けたいのであろう。だから、婚約者を公表する建前で私が参加せざるを得ない状況を作ったのだろう。


 ドレスに合わせて靴とアクセサリーも決めてしまえば、ドレスの出来上がりまでする事もない。ヴィンセント殿下からの贈り物として用意されるものなのだから、分不相応なまでに上等の生地が使われていて、ドレスに散りばめられる宝石も本物が用いられるそうだ。

 問題があるとすれば、おそらくヴィンセント殿下は国外での公務が振り当てられ、レセプションの場で手助けを乞う事ができないだろうと思われることだ。まあ、卒業生として従兄のジャックが居てくれるので、全くサポートがない訳ではないのが救いだった。


 仕立て屋が帰るのに合わせた様に、ジャックが先触れも無しにやって来た。


「従兄殿は、いつの間にやら礼儀を軽んじる様になってしまったのですね」

「嫌味は止してくれ、マーリア。いや、礼儀をわきまえていないのは重々承知しているが、君に会えるタイミングなど最近無かったのだ。申し訳ないが時間を作って欲しい」

「良いですよ。内容もおおよそ見当が付きますので。それより、昼食がまだですのでご一緒しませんか」

「あぁ、すまない。話は食後で構わないから」


 母や弟を交えて昼食を済ますと、自室にジャックを招いて話を聞くことにする。おそらく母の耳に入るのは好ましくない内容のはずだからだ。当然、従兄とは言えども男女が二人きりでは外聞が悪いので、城でも傍に仕えて貰っている侍女を伴っている。この侍女は正妃殿下よりお借りしているので、ここでの会話を聞かれたとしても問題にはならない。


「学院での噂話に関してでしょう。詳細は聴いてはいませんけれど、そんなに酷いものなのかしら」

「殿下に文句を言ってやりたいほどのな。そもそも、ヴィンセント殿下とお前は何をやっているのだ。マーリアを守れとは言われたが、俺が守ってやれる範囲に王宮は含まれないのだから、そこは殿下が守ってやるべきだろう」


 複数の噂話がある様だけれど、特に酷いのが王太子妃がご懐妊なされたのを受けて、夜のお相手をしているとの内容だった。その様な話、噂だとしたって不敬罪で処罰されかねないのに、どうして拡まるのだろうか。

 他には婚約者候補なのに、殿下以外の殿方に色目を使っていたとか、特定の令嬢に対して意地悪をしているなどの可愛いものまで含まれる。


「良いのでは? 事実無根ですので放っておきましょう。出所はアイリス様の取り巻きなのでしょう?」

「それもあるが、パーマメント子爵令嬢が出所の噂もある。アリステル嬢だったか? 彼女とはどう言った諍いがあるのだ」

「会った事もないわ。ただ、そのお嬢さんもアイリス嬢と繋がりがあるはずよ。二人共に養女に迎えられる前は平民だったのだし、迎えられた時期も同じくらいだと聞いたわ」

「で、アイリス嬢から恨みを買った理由は? 学院で一緒だったのは一年間だけだろ。他の候補者とはうまく行っている様なのに、なぜ彼女だけがベネディクト殿下に近いところに居る」

「そもそもは、ウィンザード公爵が仕掛けた派閥抗争なのは知っているでしょう。孫に養女を嫁入りさせる事で発言力が上がるとは思えないのだけれど、王位継承権の上位が失脚すれば末は陛下の祖父にして妃殿下の父。摂政として大きく勢力を広げられる」

「だから王太子殿下との噂となるのか? だが、噂を流した側のリスクが大きすぎるだろう。下手を打てば、家族をも巻き込んで没落人生だ」


 それでも噂は流れ、学年を問わずに拡がっている。流した側を庇護する者が学院内に居て、相応の地位を持つことが窺える。残念でならないが、あの方々が控えているのだろう。


「ジャックも聞いているでしょうが、卒業レセプションで婚約者の発表があるわ。その時に全ての決着がつくでしょう。私は大丈夫だから、他の候補者を守ってあげて。お願いよ」


 不承不承ながら承諾してくれたジャックは、「身内なのだから、お前も守ってやる」と言い残して帰って行った。


 そして決戦を目前に控えたタイミングで、ヴィンセント殿下は隣国に向けて出国なされた。

 公務として赴く期間は、一年間との事だった。


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