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王宮に部屋を賜る

 狩りの後しばらくして、週の半分ほどを王宮で過ごすことになった。

 まだ公にはされていないのだけれど、王太子妃のエリーゼ様がご懐妊なさった。エリーゼ様は北部山脈の向こうにあるネスポーネ王国の第五王女殿下であった方で、言葉も文化も全く違う環境で育たれた。

 通常の生活で不便を感じない程度には言葉も話せるし読み書きもできる。それでも、初めてのご懐妊でナーバスになられていることもあって、咄嗟に母国語を話されてしまうことが多くなってしまっていた。

 素性の不確かな者や身分の低すぎる者、ウィンザード公爵に近しい者をお傍に上げることに消極的であった正妃殿下が、白羽の矢を立てたのが私であった。なにしろ父は中立派の中核に居り、私自身も商売の基本だと彼の国の言葉にも文化にも精通していた。ヴィンセント殿下の生母でもあらせられる正妃殿下に頼られれば、できる限りの事はして差し上げたいと思うのは当然のことだと思う。


 学業の方はスキップしていることもあって、留年も視野に入れられていたそうだが、他の生徒と一緒に試験を受けることで合意している。成績さえ落とさなければ進級は約束していただき、再スキップの試験も受けさせてもらえることになっている。こちらも正妃殿下の口添えによるものだ。


「本当によろしかったのでしょうか。訳ありの私などがエリーゼ様の話し相手などをしてしまって、ご迷惑をおかけしていないのか不安になるのです」

「承知の上で為人を見て判断したのですから、胸を張ってしっかりと務めなさい。あの子が唯一欲したのが貴女なのですから、それを叶えるためには貴女を守り、叱咤激励し、相応しい妃となるように見守らせていただきますよ。その手始めなのですから、失敗を恐れずに力を貸してほしいの。まあ学院の方は疎かになってしまうでしょうが、心配いらないのでしょ?」

「もったいないお言葉です。誠心誠意努めさせていただきます」


 まったくもって正妃殿下の私に対する信頼が、どのような形で伝わった情報から導き出されたのかは分からないけれど、きっと私は知らぬところでもいろいろな方に守られているのだろう。


 初めてお会いしたエリーゼ様は、記憶にあるより随分と幼く感じた。前世では十八歳で輿入れし、二十歳でご懐妊なされた。アイリスが仕掛けた魔法陣が吸いきれなかった私の魔力は、魔法陣の外で荒れ狂った末にエリーゼ様を傷つける。せっかく身籠ったお子は助からず、次の子を身籠ることが叶わぬ体となってしまったと聞かされた。それ故の斬首なのだと。

 今世のエリーゼ様は十六歳で輿入れし、十七歳に満たぬ体でご懐妊となった。これもまた、加速させてしまった終焉による強制力かと思うと、なんとも遣る瀬無い思いが募る。


「この国の成人が十八歳だと知っていますが、祖国では十六歳が成人なのです。ですから、この歳での出産なんて当たり前なのですよ。ただこの国ではそれを是としない方が、王宮内にも多く居て心休まらないのです。マーリアさんならそこまでの偏見は無いとお聞きして、どうしてもと頼ってしまったのです」

「この国でも、これ程寿命が長くはなかった昔には十六での出産などは当たり前でした。それでも出産は命がけで、体が育ち切った頃の方が母子ともに影響が少ないと言われ始めて、今の成人年齢になったと聞きます。世継ぎを必要とする立場の方と婚姻を結び、求められれば否はございませんでしょう。その結果、愛する人の子を授かったのであれば、喜ばしい事だと私は思います」

「ありがとう。貴女の方が年下なのに、どうしてか安心できてしまう。だから、どうかよろしくね」


 記憶にある生きた年数はエリーゼ様よりも長いせいなのだろうが、所詮は十八歳までしか生きられなかった私なのでいろいろな面でギャップはあるはず。それでも安心していただけるのならば、誠意をもって尽くそう。もしも良い結果が得られたならば義姉となるのだから、前世で何度も奪ってしまったお子への謝罪を含め、今宿っているお子は必ず守り通そうと誓った。


 残念なことに、王宮や学院の図書館には他国の読み物などは収められていない。他国の本は有れども、この国の運営や文化の比較に使われる資料として収められているので、恋愛物などの流行の読み物を読もうと思えば、商会を介して本国より取り寄せる必要がある。

 この時期で取り寄せようとすれば、おそらく春先にならないと王宮までは届かないだろうと馴染みの商会に言われ、ならばとテンパートン領の祖父の伝手を頼って収集をする一方、自宅に持ってきていた少し古いネスポーネの冒険譚を持参する。


「少し古いものとなってしまいますが、御国に伝わる有名な冒険譚になります。いま少し取り寄せられないか打診をしておりますので、お暇つぶしにでもなればと持参いたしました」

「まぁ、懐かしい。兄達が好んで読んでおりましたの。これをマーリアさんも読まれたのですか」

「はい。馬を駆り野山を駆け回るほどのお転婆でしたので、祖父が将来は冒険者にでもなるか等と言って、この様な書物も買ってくれていたのです。今にして思えば、外国語を覚えるように仕向けた餌のようなものだったのだと思います」

「なぜ外国語を覚えさせようとなさったのかしら」

「テンパートン領のもっとも有名な商品は馬です。その取引先は国内に止まらず、諸外国にもお得意様を抱えております。そうなると会話や読み書きだけでなく、文化や宗教、価値観やタブーも知っていなければなりませんから。それに、領地にいる伯母が西方のトワンバ連邦から嫁いだことも、影響しているのかもしれませんね」


 その後も持ち込んだ読み物はエリーゼ様の心を癒す足しにはなったようで、言動も落ち着き公務もこなせるようになってきた。

 それなのに、比例するように私が王宮に詰める時間が増えて行った。ネスポーネからの祝いの品が届くようになり来訪者も増え、代筆や通訳、食材の相談までされるようになってしまったからだった。その仕事量は残念なことに、王宮の正妃宮に部屋をひとつ賜るまでになっていた。




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